第5話 学校の中で二人だけ その1
屋上にやってきた。
「屋上はね、あそこからの眺めが最高なんだよ」
飛鳥田が私の手を引っ張って、フェンス際へと向かう。
真っ昼間の今、太陽の光が海に反射してキラキラに囲まれていると、まるでこの学園まで輝いているように見える。
「すごいでしょ? ここからの眺め」
フェンスに手をかけながら、飛鳥田がにっこり笑みを向けてくる。まるで自分の持ち物を自慢するみたいだ。
「そうだね」
こればかりは否定しようもなかった。
学校のヒトたちとはちょっと合わないナニカを感じてしまっても、この島の綺麗な景観は違和感なく受け入れることができた。
「わたしね、純浄樹島民なの」
飛鳥田が言った。
「だから、この島全部がわたしの実家みたいな感じなんだよね」
飛鳥田が醸し出す、不思議な雰囲気の理由がわかった気がした。
まさか島生まれ島育ちな、箱入り娘ならぬ島入り娘だったとは。
「そうなんだ。それ、この学校でも珍しい方じゃない?」
「うん。2年生はわたしだけで、あとは1年生と3年生に何人かいるくらいかな」
浄樹島は人工の島であり、昭和レトロな雰囲気に包まれていて観光客からはとても好まれているらしいのだが、住むのに快適とはいえなかった。
本土とは橋で繋がれているけれど、交通の便がいいとはいえないし、「古き良き情緒を未来へ継承していくため」というコンセプトに縛られているせいか、モダンでシンプルな近代的な景観の建物を建設できない。タワマンなんて絶対ムリだし、田舎に住む老若男女の憩いの場であるショッピングモールを建てられないから、買い物も不便だし、娯楽も限られてしまう。
唯一、快適に住めるのは、『ふるさと元気いっぱい条例』の恩恵を存分に受けている色小井学園生が集結した学生寮くらいだ。学園だけはレトロ縛りがないから、敷地内には学校の外では見かけることのないコンビニだってある。
そんな環境だから、色小井学園に進学してくる生徒の大半は、本土のH県で生まれ育ったヒトだと聞いたことがある。
浄樹島の外の価値観で生きてきたのに、入学した途端に色小井学園の流儀に染まるのだから、条例のちからって怖いな、なんて思う。
まあ、娯楽が限られているからこそ、学校の生徒たちは数少ない楽しみとして恋愛に夢中になるのだろうけれど。
「ずっとここにいるから、島の外の世界のこと知らなくて」
飛鳥田が、私の両手を握って胸の前まで持ち上げる。
「だから、佑果ちゃんみたいに東京から来た子って羨ましいんだよね」
「えっ、なんで知ってるの?」
「だって、うちは転入生を受け入れやすい環境だけど、実際に転入してくるヒトは珍しかったから。『転入生』ってだけである程度のことはわたしも知ってるよ」
「あっ、そっちの方で知ったのか……」
「なんだと思ったの?」
「ううん、なんでも」
恋愛促進イベントに参加しても毎回ぼっちで帰宅する恋人のいない変な女子生徒という扱いで覚えられていないか不安だった、なんて言うわけにもいかない。
「ねえ、佑果ちゃん、東京ってどんなところ? わたし、テレビとかネットでしか知らないから、実際に住んでた人の話をずっと聞きたかったの」
瞳を輝かせた飛鳥田が、前のめりになってくる。
不思議なもんだ。
何も知らないヒトの前で、『私とこの飛鳥田、どっちが都会育ちだと思う?』なんて聞けば、みんな飛鳥田の方を指差すに決まっている。田舎育ちのはずの飛鳥田の方が、私よりずっと洗練されて垢抜けているし。
「別に、ごちゃごちゃしてるだけで、あんまりここと変わんないよ」
飛鳥田をあしらいたくててきとうを言っているわけじゃなくて、実際に私からすれば東京も浄樹島も大差ないと思っていた。
そりゃ、娯楽の数や交通の利便性やテレビのチャンネル数はぜんぜん違うけどさ、結局、住む場所は違っても、同年代のヒトたちに大差はないから。
都会が嫌になって逃げ出しても、結局別の面倒事が降り掛かってくる。
「えー、ほんと?」
飛鳥田は首を傾げながら、私の両手をそっと握る。
こうして手を握られるのはまだ二回目だけれど、どういうわけか私の中に、『飛鳥田に手を握られると落ち着く』という回路ができてしまっていた。
なんだか悔しい。
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