第3話 Web小説

 日も暮れようとしている為、祐之は美生を一方的に追い返すことはできず、山小屋へと迎え入れたが、その表情は険しいものだった。

 美生は軽装になると、祐之が淹れてくれたインスタント・コーヒーを飲んでいた。

 その間に祐之は、オイルサーディン缶を温めて皿に出し、トマトをザク切りにしたサラダに、ナスの味噌汁を作り、薪で焚いたご飯を出してくれた。

「山小屋生活なのに、野菜があるの?」

 と不思議そうな顔をして聞く美生に対して、祐之はこう答えた。

 この小屋の裏手に家庭菜園を作っていて、自給自足の生活を営んでいるということだった。

 ただ、天候が悪い時は、麓の町まで買い物に出ることもあるらしい。

 二年ぶりの祐之の手料理だった。

 祐之は料理が好きで、お家デートの時は、よく作ってくれたものだと思い出す。

 祐之と一緒にいるだけで、幸せな気分になれたことを思い出しながら食べる。祐之の作った夕食は美味しかった。

 しかし、祐之の表情は硬いままだ。

 そうだろと美生は思う。

 祐之が突然姿を消した理由を知りたくて美生が来たことは、想像がつくだろう。だからといって、美生の思い通りに話をさせる訳にもいかない。

 それに、祐之としては美生のことをもう忘れたいと思っていたところだった。

 二年前のあの時に別れを告げたのは、自分からだった。

 別れを告げられた時のショックで、美生は泣いていたのを覚えている。

 その姿を見たら心苦しく思ったが、自分が選んだ道なのだと心に言い聞かせてきたのだ。

 祐之が行方不明になってから、美生は自分のことを諦めたのだと思ったこともあった。

 だが、こんな山奥にまで来ることを考えれば、美生が今でも自分のことを、どう想っているか分かるというものだった。

「祐之。まだ、小説書いているんだね」

 と話題を変えるように美生は言った。

 祐之の書くWeb小説のファンだったことも理由の一つだったのだが、何より祐之が今どんな暮らしをしているのか知りたかった。

 祐之の小説の更新頻度はかなり高かったし、完結していない話もあった。

 その全てが美生にとっては楽しみだった。

「山奥暮らしだからね。盗伐、誤伐、火災、病虫害等の事が発生していないか確認するのを巡回して、問題があれば報告したり、時には遭難者の捜索をしたりする仕事だよ。あとは、山に関する様々な情報を収集したりだよ。後は暇な時間があるから、小説を書いてる。相変わらず、閲覧数は壊滅的だけどね」

 祐之は、そう言って笑った。

 美生はその笑顔を見てホッとしたようだったが、祐之はそれ以上笑うことはなかった。

「祐之は本当に書くのが好きなのね。私は仕事が忙しくなってから書くのを辞めちゃった。読者も少なかったし。でも、読むのは続けてるわ、祐之の読者の一人は私よ。

 あなたが最近書いていたのは、山岳監視員として働いている主人公が、登山客の女子大生が遭難している現場に遭遇する場面があったでしょう? 15歳も年下の女性に恋をするなんて、正直どうかと思うけど、私はそういうシチュエーション好きよ。

 法律違反じゃないけど、世間から見ればイケナイ関係。それでも主人公は一人の女性を愛し続けるというストーリー。女性は月に一度、主人公の元に訪れては手料理を振る舞ってくれる。主人公は女性を泊めてあげるけど、主人公は少年のように何もしないのよね。読んでてニマニマしちゃった。

 ねえ、これから二人はどうなるの?」

 美生は、祐之の小説を読み終わった直後の興奮冷めやらぬ表情で訊いた。

 そんな美生に祐之は照れたように言う。

「いや。正直、どうしたらいいのか決めてなくてさ。自分で書いてても恥ずかしくなるくらいなんだよね。僕としては、幸せにしてあげたいと思ってる」

 祐之は閲覧者からの感想と連絡をブロックしていただけに、生の感想が聞けて嬉しかった。

「そうよ。幸せにしてあげるべきよ。私のことだって……」

 美生は核心に入った。

 美生は、祐之が二年前に突然別れを切り出した理由を知らないのだ。

 祐之としても二年前に別れた理由を話すつもりはなかった。

 だが、こうして来た以上、いつまでも触れない訳にはいかなかった。

「私のことが嫌いになったの。悪いところがあるなら言って」

 美生は泣きそうな顔で訴えた。

 その姿を見て、祐之の心は揺れた。

 美生にこんな顔をさせたくなかったから、別れを選んだはずなのに。

 でも、このままだと、また同じことを繰り返してしまうかもしれないとも思った。

 結局、自分は逃げていただけなのかと。

「美生は、相変わらすキレイだ。今だって僕は君のことが……」

 その言葉に美生は期待に満ちた表情になる。

 二人には気まずさが漂っていたが、お互いに嫌いになった訳ではないことは明らかだった。

 しかし、その後の言葉が続かない。

 祐之は目を閉じ、心を落ち着かせようとするが上手くいかない。

「どうして、何も言ってくれないの? 私は言えるわよ。私は祐之のことが好き。ずっと一緒にいたい。今だって好きなのよ、だからここに来たの。やったこともない登山をして、こんな山奥まで追いかけてきたのに……」

 美生の目に涙が溢れていく。

 祐之は美生を見つめた。意を決する。

「分かった。理由を話すよ。美生が幸せに生きていけるためにね」

 美生は覚悟を決めた。

「実は、君と別れる前。僕は父親にんだ」

 祐之の言葉に、美生は驚く。

「お父さんって……。祐之は確か」

「そう。僕の母親は、未婚のまま僕を生んだんだ。まだ18歳の時にね」

 祐之はそう言って苦笑いを浮かべた。

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