第2話 再会

 美生は、そんなことお構いなしに駆け寄ると、祐之の胸に飛びついた。

 そして、頬擦りするようにして甘え始める。

 美生の顔は紅潮し、目は潤んでいた。

 まるで愛しい恋人に会えたかのような反応だった。

 いや、実際そうだったのだ。

 美生にとって祐之は、誰よりも大切な存在なのである。 

 二年前の事。

 仕事帰りの美生のスマホに祐之から連絡があった。週末も近かっただけに、デートのお誘いかと思いながら電話を取ると、その内容は予想外のものだった。

 それは、祐之が家電メーカーの仕事を辞めたという連絡であり、転職したという知らせでもあった。

 どうして急に転職を?

 何かあったの?

 色々と聞きたいことは沢山あったが、祐之はもっと大事なことを切り出した。

 それは、美生との交際についてだった。

 二人が知り合った切欠はWeb小説を書いていたことが切欠だった。

 お互いに恋愛小説を書き合っていたのだが、感想を書きあったことからオフ会を行い一気に距離が縮まったのだ。

 二人はそれからすぐに付き合い始めることになった。

 美生は幸せを感じていた。

 今までの人生の中で一番幸せな時間だと思ったほどだった。

 それが唐突に終わりを告げたのが、二年前の事だった。

「美生。僕のことは忘れて」

 そう言って別れを切り出されたのだ。

 理由を聞いても教えてくれなかった。

 それどころか、祐之はどこかへ姿をくらましてしまったのだ。

 あれ以来、一度も会うことが出来なかった。

 電話連絡も着信拒否されていて連絡もつかなかった。

 死んでしまったのかと言えば、そうではない。

 祐之の書いていたWeb小説は更新されていたことから、祐之が生きていることは分かっていた。サイトを通じての連絡もブロックをされていて通知を送ることはできなかった。

 祐之の足取りを辿って、山岳監視員となっていることを知ったのが一年半前。

 そこで美生は祐之に会いに行くために登山を始めた。

 祐之の居る山小屋は標高1200m。

 登山の初心者は標高差600m以内に抑えようとある。

 標高600~1200mともなれば、中級者向きだ。

 1200m以上は体力面も含めて上級者向きと言えるともあった。

 それは都会育ちの、美生にとって過酷なことだった。

 元々運動は不得意で体力も無かったことに加え、山の知識については皆無だった。そのため、独学で知識を身につけなければならなかった。

 また、祐之に会うためにはどうしても登山の経験を積まなければならなかった。

 そのことが美生を駆り立てたのだ。

 自分のレベルも考えず、無理な登山を行い遭難する登山家は少なくない。

 令和三年(2021年)では、東京・高尾山(標高599m)の低山であっても85人の遭難が生じている。低山といえども侮ってはいけないということだ。

 絶対に生きて祐之の元へ行くつもりだった。

 祐之と別れてからの間、必死になって勉強をした。

 休みが取れる時には、祐之の居る山に登り経験を積む。

 祐之が突然姿を消してしまった理由は分からないままだったが、その理由を知るためにもこの山小屋に行く必要があったのだ。

 少しでも早く祐之に追いつきたかったからだ。

 そして、ようやく祐之の元に辿り着いたのだった。美生は祐之に再会できた喜びでいっぱいになっていた。

 一方、祐之の方は斧を振り下ろす手を止めて固まっていた。

 美生が自分の名前を呼んだことで動揺したようだ。

 祐之には美生の声を聞き間違えるはずがなかった。

 祐之が最後に見た時よりも大人びた印象を受けたが、間違いなかった。

 二年前に別れた恋人・片木美生だった。

 祐之は困惑していた。

 まさか、こんな所で美生と再会するとは思っていなかった。

 再会の嬉しさに祐之は思わず斧を落とし、両腕を使い美生を抱きしめてしまいそうになったが、それをグッと堪えた。

 そうでなければ、別れた理由が、意味がないのだから。

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