【3】Ruber Rex:ビギニング

 ルベル・レークスは異端者である。

 数十年前に絶えたとされるヴァンパイアハンターの家系の末裔を名乗りながら、ヴァンパイアによく似た赤い瞳を持つ少女だったからだ。


「おい兄ちゃん……その女性は大丈夫なのか?」

 彼女を連れて酒場まで戻ると、調査に向かっていた透夜を案じてくれていた酔っ払い共は安心したような表情で迎えてくれたが、すぐにその背中に隠れたルベルに警戒心を見せつけた。

「同業者らしい。気にしないでいてくれ」

 ルベルはあまり衆人環境に慣れていないのか、酔っ払い共には目も合わせようとしない姿に先程までの力強さを感じられない。

 酒場のテーブル席、あまり会話も届かないような奥まった方へと移動した。

 こほんと彼女が咳払いをする。

「……同業者と現場で鉢合わせする経験は初めてでした。貴方は教会の者ではないのですか?」

「教会?」

「はい。近年ヴァンパイアの勢力は拡大し、その闇の侵攻に終止符を打つため私の曾祖父が設立したというヴァンパイアハンターの組織があるのです。現在まで二十八名のハンターが在籍しています」

「そんなものがあったのか……」

「ええ。世界中のヴァンパイアを始めとする悪魔被害に対応するのですが、任務に対して受注形式で我々は動いているため、基本的に同業者と現場で会うことはないんですよ」

 初めて聞いた話だった。ルベルの言葉を何度も咀嚼するように、思案げにした透夜を見て、ルベルは興味深いものを見るように続ける。

「トーヤはヴァンパイアハンターなのに、知らなかったのですね」

「俺は……農村の出身で、ただの木こりだったんだ。村がヴァンパイアに攻め落とされ、それで独学で……」

 村を救うことはできなかった。知り合いは全員ヴァンパイアにされた。幼馴染は殺された。駆けつけた一人のヴァンパイアハンターが成れ果てた村民と元凶をたやすく殲滅し、透夜はあんなバケモノと戦える人間がいるのだと知った。

 そのハンターは任務を終えると話すことなく去ってしまったが、生き残った透夜はそこで――同時に、そのハンターが取り逃してしまっていた一匹のヴァンパイアの残党を、初めてその手の斧で殺した。

 透夜はそれからハンターとしての道を往く。


「……ヴァンパイアは、滅ぼさなければいけないのです。私はレークスの名にかけて」

「俺は彼らの弔いのために」


 透夜とルベルは手を結ぶ。

 エヴァンスの悪魔を滅ぼすために。


 ◆ ◆ ◆


 情報共有はお互い包み隠すことはなく簡単に行うことができた。

 ルベルの所属する教会がどういう仕組みでできているのかは知らないが、功績などのために互いを蹴落とそうとする、出し抜こうとする事がないのはこれからの共同作業において信頼に足る要素であった。

 もしかしたら透夜が無所属なのも関係あるかもしれないが、この夜で背中を預け合うには心地いいほどに割り切れる。

「私がこのエヴァンスに訪れたのは三日前。情報を聞きつけてから毎晩を哨戒警備に当たりながら、次にヴァンパイアが姿を表すタイミングを伺っていました」

「今日の銃声は?」

「私のものです。視認できたのは狼型の男性体。このエヴァンスでの死者は吸血された様子がなく、全て心臓を抉り取られているという情報が教会の方からあったので、このヴァンパイアが繁殖を目指す個体ではないのは確かとしていいでしょう」

「なるほど……」

 ヴァンパイアと一括りでいえど、その種類は多く存在する。狼型と蝙蝠型がもっとも個体数が多く、透夜が一度見たことのある中で珍しいヴァンパイアは黒猫型だった。

 なぜヴァンパイアになった人間は特定の動物の特徴を持った異形へと成り果てるのか、未だ不明とされているが、大まかな性質としては蝙蝠型を吸血。つまり人の魂を吸い取って悪魔に乗り移らせ、ヴァンパイアへとさせる行為が可能な種。対して狼型はそれが不可能である、という明確な能力差がある。

 そしてヴァンパイアは太陽の登る昼の時間を、その動物の姿で生きていると言われているのだそうだ。

「狼型なら活動帯に月の大きさが関係すると考えられ、明々後日が丁度満月。それも一ヶ月のなかで二度目の満月とされる、ブルームーンがあります」

「それまでに決着はつけたい」

「そうですね」

 つい先ほどルベルの前に狼型が姿を現していたとするならば、もう動き出しているということだろう。満月のヴァンパイアは力が強いため、やるなら明日と明後日。時間があるとは言えない。

 だがまだ一つ、問題があった。

「――ルベルはヴァンパイアがこの二十日間エヴァンスで殺した命の数は知っているか?」

「いえ……あまり聞き込みは得意ではなくて……」

 とたん、その凛々しい赤い目を伏せるようにして弱気になったルベルを見ながら。

「犬が三匹。人が五人殺されているそうだ」

「……っ!?」

 透夜が告げれば、彼女は目を見開いて狼狽える。

「な、それは不自然すぎます!」

「そうだな。二十日間で殺した魂の数としてはあまりに多すぎる。――ヴァンパイアは一人だけじゃない」

 それは透夜の出した推論だった。

 しかしハンターの正式な組織に属し、独学で今まで続けている透夜とは違う視点と知識を持つルベルは、瞳を泳がせながらこうも続ける。

「ヴァンパイアは群れで動くことはないと考えられています。まるで縄張りがあるかのように、生息地を分けながら……特に知能も低い狼型は単独行動しか出来ないのです。ヴァンパイアは吸血による繁殖でありながら、同族を嫌悪する性質があるのですから」

「二十日で八つの命だぞ」

 平均的なヴァンパイアの食事は七日に一度。人と動物で魂のサイズ(腹の満たし具合)は異なるため断定することもできないが、それにしても人が五人は――計算が合わない。

「はい。これはイレギュラーが過ぎている……私が任務を受注した一週間前の段階でも二人と一匹で報告されていました。それからの期間でそれだけの人を? それとも、情報が古かったと見るべき……?」

 もっと慎重になるべきだった、とどこか苦しそうに言う彼女に、透夜は水の入ったグラスを一口呷りながら。

「教会とやらに報告したほうがいいんじゃないか」

「いえ……いえ、どのみち時間を掛けては、今以上に条件が厳しくなるだけなんですね」

「それは、そうだ」

 透夜も余裕があるわけではないが、思い直すように何度も思案する様子の彼女を静かに見守る。

「時間がないんです。トーヤ」

 彼女はじきに、一つの結論を出すように改まって言った。


「私に協力してください」

「こちらこそ頼む」

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