イヤフォンを亡くした通学路

とりあえず顔を洗い、歯を磨く。

これさえすれば、なんとか学校には行ける。

最低限しかしないから、教室にいると申し訳ない気持ちに苛まれることもしばしば。

ただ、電車は待ってくれないから、どうにか手順を減らして間に合わせるしかないのさ。

「ごめん」と胸の内でクラスの誰かに形式的に謝る。別に謝ったって何にもならないのに、変なの。

あ、28分。やべー、あと3分じゃん。

えーー、荷物確認してる暇はないか。

とにかく着替え。制服着ないとさすがに怒られるわ。

着替えた時点で2分オーバー。


「うん、もういいわ。次ので行こ。」


はい、諦めた。

今日も今日とて遅刻ですわ。

別に大したことじゃない。なんならいつものことだ。

1限目に間に合えばそれでいいし、それ以降に行くなら担任に一言メールで伝えとけばいい。それか体調不良を装い、親から連絡を入れてもらう。

どっちみち『間に合わなきゃ』という思考は私にはもう無いのだ。

開き直ってゆっくり歩く。

寒いし、風を切りながら走るのはごめんさ。

あ、昨日食べ損ねたおにぎりがあるんだった。今のうちにでも食べておかないと、教室で食べる勇気ないよなぁ…。


ゴソゴソ


保冷バッグから昨日のおにぎりを取り出す。

冬だから大丈夫でしょ、と頬張る。

意外とちゃんと美味しい。てっきりお米がパサついて、プラスチックを食べるもんだと思っていたから、少し嬉しかった。

味も残ってるし、普通に美味しかった。


食べ終わる頃には最寄り駅まであと5分の距離に来ていた。

電車内で慌てるのも嫌だなと思い、ブレザーのポケットからイヤフォンを取り出そうとする。

が、見つからない。


「なんでよ、さっきポケットに入れたじゃん。」


もう片方のポケットも探るが、もちろん無い。

じゃあ、スカートは?……うん、無い。

え、じゃあ、カバンのポケットは?……でしょうね、無いわ。

キレ気味に全てのポケットの中を何回も何回も探す。それでも見つからない。


「もしかして、さっき落とした?」


スマホをポケットから出した際、落ちた可能性は無きにしも非ず。

もしそうだとしたら、だいぶ痛手だ。

地味にいいお値段だった。使い捨てには勿体ない、JKのお財布には厳しい値段。

結構頑張って悩んで買ったのにな。でも、片耳聞こえなくなったから、買い替えのチャンス?

駅に着いたから探すのは諦めて電車を待った。

音楽が聞けない朝など、鬱以外の何者でもない。

街の喧騒を聞きながら登校しろとでも?ふざけんな。

普通にテンションは低いし、モチベは無いし、バイブス上がんないしで、極寒の中、虚無で電車を待つ。

Twitterも遅刻の時間だから、構ってくれる人は誰もいない。

うわ、まじでぼっちじゃん。さみしっ。


来た電車に乗り、いつもは聞かない車内アナウンスを渋々聞く。「はえ、こんなこと言ってたんや。久々聞いたな。」はい、これ以上考えることは無し。

Twitterの画面とタイマン貼るだけの朝。

他に何も無いから、鬱なことをただひたすら呟くだけ。

私ってまぢつまんない奴なんだな、と思わされただけだった。


いつもより長く感じた10分間が終わり、降車すると、リーマンの波に飲まれる。

遅刻組だからこの時間、学生ほとんど居ないんだった。

付属高に通ってるから仕方ないんだけど、何人かの大学生と仲良く肩を並べて学校を目指す。

その間、鳥が鳴く、車が走り去る、信号が変わる、風が吹く、etc...。

あーうるせぇ。無くした私のせいだけど。

音楽ってほんとに精神安定剤だったんだ。私って終わってんな…。

寒いのも寂しいのも嫌だし、ちょい早歩きで向かう。こんな時に限って信号に引っかかる。「さぶい」と言葉が漏れ、周りの大人から変な目で見られる、けど知らん顔。うっせぇ、見んな。

少しでも暖かいように、横断歩道からだいぶ離れた日向で待ってたら、チャリからベル鳴らされた。邪魔ですみませんでしたー。


そんなこんなでやっと学校に着いた。

音楽聞けないだけで通学路ってくそ長なんだな。鬱だ。

まぁ、1限目間に合ったからセーフってことで。


私のイヤフォン、南無阿弥陀仏。

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シンプルに通りすぎた 無ヲ𓆙 @muwooo25

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