ときおり思い出して

ジャミゴンズ

ときおり思い出して




 双子の丘になっている橋は、この町で唯一目立つ目印だ。

 特徴的といえばそのくらい。 

 他に特色と言えそうなのはいつか何処かで見かけたことがあるような、お菓子くらいだろうか。

 小高い丘に建つ古びた憲兵の詰所があって、そこから眺める景色は何の変哲もない、よくある田舎の景観が広がっている。

 坂の勾配は結構大きく、徒歩で来ると少し疲れてしまう。

 この橋を通り過ぎ、十字路を曲がって左右に立ち並ぶ一戸建ての住宅街を抜ければ、空き地を挟んで家がある。

 6世帯ほどが住めそうな、二階建てで古い小さな集合住宅。

 額からにじみ出る汗を拭いて一つ。 顔を上げて息を吐く。


 良く晴れた青い空が、切り取られた写真のように視界に映った。



 なんでもない切っ掛けは、この場所に来るためのピースだったのだろう。




ときおり思い出して




「どうも、お世話になりました」


 私は何処にでもいるような、憲兵隊の一人だ。

 若い時分にはそれ相応の夢を描いて、王宮の騎士を目指して研鑽に励んでいた。

 多くの若者がそうであったように、英雄願望に似た何かを追って王都を目指した。

 男の友人二人と共に、少しばかり身の丈を過ぎた夢を語らいながら。

 

 ああ、王宮の騎士に抜擢されて、ゆくゆくは騎士団を率いたい。

 貴族のお嬢様に見初められたりなんかして、成り上がろう。


 友人と語らう耳に心地よい夢想は、胸をときめかせる物だった。

 未来の展望がそのままやる気に繋がって、目に見えない活力を齎し 『これから』 が色彩に溢れていた。

 しかし、現実はそうそう夢を描いた通りにはいかない物だ。

 友人は二人とも、早々に見切りをつけてそれぞれ妥協点を見つけて、道を違うことになった。

 騎士に成るべくしがみついていた私も、王都に訪れてからちょうど10年の歳月が過ぎた頃に、騎士になることを諦めることにした。

 今後、仮に戦争などが起きない限りは徴用されることも無いだろう。


 過ぎたる夢を見ていただけだ、と言われればその通りかもしれない。


 私は方々への挨拶を済ませて、地方都市のアーエンという場所へと移動をする。

 憲兵としての資格を取っていたから、そこで憲兵隊員として暮らしていくことにしたのだ。

 幌の無い荷車が小金に色づいた草原をカタカタという音を鳴らして進んでいる。

 王都は栄えてはいるが、地方都市は場所によっては田舎の景色とそう変わらない場所も多くある。

 アーエンはどちらかというと、戦時に必要になって作られた都市だった。

 戦争が終わってから60年以上。

 周囲に目立つ物は何も無く、ときおり鳥が広大な空を舞う姿が見られるくらいで、牧歌的だ。

 荷車を引くのは一匹のオルタプ。 

 馬とも牛とも言えるこのオルタプという動物は大人しく、従順であった為、人々の移動を支えてきたものだ。

 そのオルタプの口を時に引き、或いは緩めて進行の舵を取っているのは御者の男だった。

 乗り合わせたのは深夜だったこともあってか、3人だけの旅路だった。

 運が悪ければ賊なども現れるという話だが、幸いなことに旅程は順調で、ほどなくしてアーエンへと辿り着いた。



 仕事は面白いと思えた。

 同僚との関係は友好で、アーエンは平和で、時折こまった人と絡んでしまう以外は文句もない。

 都市の中央には大きな噴水があって、そこでは数カ月に一度の頻度で大きなバザーが開かれる。

 その時は町全体がお祭りのような騒ぎになって、そこで羽目を外すのも楽しい一時だ。

 警備に回されることも多いので、純粋に楽しめる日は少ないが。

 王族や貴族が関わるような大きな事件も幸いにも無く、避暑地として訪れる令嬢が我が儘を言うくらいだった。

 バザーでは人がごった返す。

 アーエンで活発に活動する商人を始めとして、普段は見かけない行商人、旅の路銀を稼ぐために立ち寄った冒険者。

 他にも子供たちが集まって作った、花飾りや絵画、石で作られた工芸品などが所狭しと並んでいる。

 アーエン以外の地方都市からも衣類や食品などが運び込まれて、物流を支えるオルタプの家畜小屋は満杯となってしまう。

 普段は閑散としている小屋に立ち並ぶオルタプの群れは、見ている分にはなかなか圧巻でこれもまた楽しい光景と言えるだろう。

 実際に、子供たちは喜んでオルタプへの餌やりに精を出す。

 

 

 ある時、バザーが開催される前夜に一人の老人が憲兵隊舎を訪ねてきた。

 老人は詠み人と名乗って、本名は教えてくれなかった。

 どうやら星を見て占いを行う生業を営んでいるらしく、バザーに参加したいがその方法が判らなかったようだ。

 よくあると言えば、よくある話。

 その時は私しか隊舎に居なかったので、なるべく判りやすくバザーへの参加方法を説明した。

 

「ありがとう、よく理解できた。 助かったよ」

「いえ、私の仕事ですから、お気になさらず」

「それでも、こんなに親切にされたのは久しぶりでな。 そうだ、お礼にこれを」

「いやいや、悪いですよ。 私はただ―――」

「良いから、持っていなさい。 悪いものでは無い」


 老人は強引で、私はほとほと困ってしまったが、結局受け取ってしまった。

 紐に括りつけた宝石のようなものだ。

 こうした貴金属には疎いので、それが高価な物なのかどうかなのかも、私には判断がつかなかった。

 それきり、老人と私が出会うことはなかった。

 バザーに顔を出してみたが、結局見つからずに、手元にはお爺さんから渡された不思議な石だけが残されたのである。

 扱いに困ったが、同僚からはせっかく貰った物だし、身に着けて置けば良いんじゃないかと言われて、そうする事にした。

 ファッションなどと言う物には疎かったが、こうして普段身に着ける物を持っておくのも良いか、と思えたからだ。

 


「荷物が届いていますよ」

「え、私にですか?」

「ええ。 入口の方に纏めて置いてありますから、帰りにでも持って帰ってくださいね」


 アーエンでの暮らしも幾歳か。

 慣れた生活の中で劇的な事件も無く、何でもない日々が過ぎ去っていく中で珍しい事に独り身の私に届け物があった。

 思い当たる節も無かったので、首を傾げながら荷物を受け取ったのを覚えている。

 官舎の休憩所に似た、一人で暮らすだけならば居心地のいい家に戻って、持ち返った荷物を床に置く。

 差出人は中身を開けた中に入っていた。

 名前はシエラ。

 思い辺りはないのだが、どこか引っかかる。

 よくよく考えて、晩酌をしてからようやく、ああ、と思い出す。

 憲兵としてアーエンで勤め始めたばかりの時に、シエラという獣人が迷子になっていたな、と。

 初めての仕事が子供と付きっきりでの人探し、シエラという子の境遇も同情する部分が多々あって印象深かった思い出ではあるが、名前までは覚えていなかった。

 結構な歳月が過ぎて、彼女も成人したのだろうか。

 受け取った荷物の中身は、日持ちがしそうな食品が大量に、そしてどんな料理にも使える塩などの調味料が大半だった。

 手紙も同封されていた。

 シエラが探していた人。 それは家族だ。

 孤児になってしまい王都から幼いころに別れた家族を探して、一人でアーエンまで飛び出してきた子供だった。

 

 私は狭い個室の窓を開けて夜空を眺めた。

 温くなった酒を口元に運び、星を眺める。

 家族か。

 私にも家族はいる。

 故郷を飛び出してからどのくらいになったのだろう、と柄にもなく一つ、二つと指を折って数えれば20年近く実家に戻っていないことに気付いた。

 そうなると産まれてからは、なるほど。

 40が見えてきたからか、身体の調子もそうだし、独り身が染み入る年齢になるわけだ。

 若い頃はがむしゃらに、自らが騎士になれると信じて研鑽を積む事だけしか、してこなかった。

 アーエンに来てからも仕事ばかりを優先して、プライベートは確かに寂しい生活なのかも知れない。

 友人は多いし、女性と出かける事が無いわけでもないが、恋仲になった人というのは確かに存在しなかった。

 ふむ。


 

 翌日には、ふと思い出したかのように足先が向かった。

 10日ほどの日程をかけて辿り着いた先には。

 橋を通り過ぎ、十字路を曲がって左右に立ち並ぶ一戸建ての住宅街を抜ければ、空き地を挟んで家がある。

 この家の先は何も無くて、森が広がっている。

 裏の森、などと勝手に呼んで、暇を持て余した子供の時に日が暮れるまで遊んでいた事もあった。

 そんな森の奥から、一人の男性が草木を踏む音を出して現れる。


「? ああ、なんだお前か」

「兄貴……」

「はは、久しぶりだな。 元気だったか」

「兄貴こそ。 なんで裏の森から?」

「丸太を切ってたんだ。 久しぶりにやったけど、やっぱキツイぜ」


 私には3人の兄がいた。

 随分と会って居なかったから、最初は誰だか判らなかったが、確かに見覚えのある顔に二人して笑い出す。

 一番上の兄は、勇者を支える冒険者となると言って出て行ったはずだが、実家に戻っていたようだ。

 慣れた様子で玄関を開ける兄に続いて、私は郷愁を覚えながら軒先をくぐる。

 

「まぁまぁ! あんたもー、どうしたの? いつこっちに来たのよっ、もう!」


 いの一番に母親が迎えてくれた。

 昔から変わらない姿で、服の丈に似合わない大きなエプロン姿で出迎えてくれるのも一緒だった。

 変わったのは顔の皺が増えて、昔に見た時よりも少しだけ腰が曲がった姿。

 見下ろすようにしてしばし眺めてしまい、母は苦笑のようなものを零しながら手を伸ばして私を叩いた。


「ただいま、母さん」

「おかえりなさい」


 たったこれだけの言葉に、不思議と多くの中身が詰まっている。

 何故だろう、普段からも聞き慣れている言葉のはずだ。

 私は確かに独り身だが、仕事の中でもただいま、おかえりなんて言う言葉は使う事があるというのに。

 同じ言葉なのだが。


「ほらねぇ、でもやっぱり作って良かったわ。 シチュー」

「ははは、好きだったもんな」


 兄が笑いながらそう言って、私が調理場を覗いてみれば昔から良く作ってくれた山菜のシチューが火にかけられていた。

 昔、このシチューが私の好物だった。

 だから、こうして戻ってきた時に作ってもらおうかなと頭の片隅で考えていたのだ。

 考えを見透かしたように料理を作る姿は、何かの能力でも持っているんじゃないかと思うくらいである。

 シチューはとても美味しかった。


 夕食を取ってしまえば、基本的には後は寝るだけなのだがその日は夜遅くまで話をしていた。

 私は兄が帰ってきた経緯を聞いて、母は父の事に触れた。

 兄は勇者と多少の関わりは持てたようだが、少し前の大規模な戦闘で大きな挫折を味わって、嫁にも逃げられたという何ともまぁ、聞いていて辛い話だった。

 冒険者としての生活はもう区切りをつけて、この故郷で何かをしようと考えているそうだ。

 父は貴族様の御屋敷勤めなのは変わらず、殆ど帰ってくることも無いままだと言う。

 特に何かが悪いとか、病気があるとかでは無く、至って健康であるという話を聞いて安堵した。

 夜も更けて兄と母が床に着くと、私は酒蔵から一本だけ拝借して立ち上がる。

 自分の部屋に戻る。

 幼少の頃のまま、それでも埃一つすら立たないベッドに腰かけて酒を口に運ぶ。


「……」


 なんとも言えない感情を抱く。

 これを言葉にするのは難しそうだ。

 そのまま微睡を覚えて、ベットの中に潜り込むと、今までに覚えがない以上にストンと眠りにつけた。

 

 茫洋と光る胸元に飾った宝石にはまったく気付かなかった。


 朝起きると、私はベッドから天井を眺めたまま涙を流していた。

 朧げだった子供の頃の思い出が、眠っている間に殆ど全て思い出していたから。

 母と、そして兄と。 少ない触れ合いだったが、父との思い出を。

 中でも母親との触れ合いは鮮明に思い出され、事あるごとに口を出されては面倒だと兄に零していた。

 誰よりも早く起きて朝食を作り、誰よりも遅く寝て明日の準備をしていた。

 強引に部屋に入ってきて、頼んでも居ない掃除をしては怒られる。

 強制的に買い物に連れてかれては荷物を持たされる。

 何てことの無い日常の中の、忘れていた思い出が勝手に頭の奥からどんどんどんどんと、沸きだしていた。

 

 手拭いで顔を拭き、水で顔を洗ってから立ち上がる。

 私は抱えていた荷物の中から、シエラから頂いた調味料と一部食品を手土産にすることにした。

 ついでに、アーエンで買っておいた織物があった事を思い出し、プレゼントとして渡してやれば、大袈裟なくらいに母は喜んだ。

 アーエンの織物は中々に評判が良いものだが、此処まで喜んでもらえるとは。

 何度も織物を眺めては、笑みを浮かべて頷いたり、また品定めに戻っては子供のようにはしゃいでくれた。

 母のそんな姿を見て、私はそれだけでも実家に戻ってきて良かったと思った。



「それは想起石だな」

「貴重なのか?」

「いや、それほど。 北のミヘールの辺りでは良く採掘されるから値段は張らない」


 冒険者だった兄が、私の身に着けていた宝石を見ると興味深そうにしたので、この宝石は何なのか聞いたら教えてくれた。

 想起石というのは、その質によって様々だが、人々の心の中にある想いを広げて忘れていた事を思い出させたり、閃きを与えてくれる物だという。

 一般的には、亡くなった思い人や故人を偲ぶ時に大量に使われる物だった。

 勿論、私もその不思議な石の存在そのものは知っていたが、実物を見るのは初めてだ。

 興味の無い私には、価値の判断もつかない。

 想起石は私の様に、身近な人たちとの思い出に力を発揮するような物もあるし、高名な学者に革新的な発想を与えてくれることもある。

 その逆に、悪夢のような地獄の日々を思い出させることもあるようで、当たりハズレも激しいそうだ。

 私は詠み人と名乗った爺さんを思い出し、胸の中で礼を言った。

 きっと大事な何かを忘れていたから、それを思い出させてくれたのは、そう、感謝するべきだと思ったからだ。


「なに? もう帰るの? もっとゆっくりしていけば良いじゃない」


 3日ほど実家で懐かしさしかない日々を過ごした後、アーエンに戻らなくてはならない日が近づいていた。 

 父へ挨拶をする事を考えて寄り道をすることも考えれば、旅路は二日ほどしか余裕が無かった。


「もう少し便りをちょうだい、心配なのよ」


 ごはんをちゃんと食べてるの?

 あったかくして眠れているかしら?

 誰か良い人は見つかっていないの?

 今度はいつ会えるのかな?

 経済的に困ってはいないかな?

 心配よ。


 想起石は短くても数日間効果を発揮するので、そんな思いが伝わって理解できてしまう。

 人の内心の想いまで、この想起石は汲み取ってしまうようだ。

 無差別に読み取ってしまうのなら問題だが、どうやら目の前の人にだけ効果を齎す様だった。

 しかし。

 ああ、まったく。

 昔からそうだった。

 きっと誰かの母というのはずっと変わらずに、子供は子供のままなのだろう。

 母の想いに、なんとも言えない感情を抱く。

 

「ありがとう、母さん。 また戻ってくるよ、今度は近い内に」

「そうよ、何時もでも帰ってきてね。 今度は子供も連れてきなさいな、孫の顔が早く見たいわ」


 思わず私は視線を逸らして、隣に立つ兄を見てしまった。

 兄は冒険家業で失敗して嫁に逃げられたばかりだったので、それは私の失敗だった。

 不機嫌そうに鼻を鳴らした兄に私は何も言えず、母に向かって前向きに検討する、と仕事口調で返せば呆れられたように頭を叩かれた。


 オルタプに乗ってアーエンを目指す。

 途中で父に高級な酒を渡されて、父には家族から受け取った手紙と煙管を。

 高齢になった為か煙管は使わなくなったそうで、結局は突っ返されてしまった。

 昔、よく煙管で一服する父の背を見ていたのだが、もう止めてしまって居たとは。

 オルタプの乗合馬車に乗って、アーエンへと向かう中、思い出の中に居る父の真似をしてみた。

 せっかく買った煙管だ。 捨てるのも勿体ない。

 煙管を通して息を吐けば、白く漂う煙が空と風に溶け込んで流れて行く。

 悪くない一時だろう。


「珍しいですね、煙管ですか?」

「そうですか? 確かに最近は見なくなったかも知れませんね」

「ええ、今では使い捨てる物を吸うのが多くなりましたから」


 一緒に乗り込んだお嬢さんがそんな風に声を掛けてきた。

 胸元に視線を落とせば、特徴的なワッペンがあって同じ憲兵職であることが伺える。

 不審者にでも間違われたか? とも思ったが、彼女の父も煙管を嗜んでいたようで興味本位で声を掛けてきたようだった。

 そんな偶然の共通点にアーエンまで連れ立って、雑談に興じる。

 若い女性にはあまり慣れていない私だが、不思議と居心地のよい会話であった。

 実家に戻り、家族との触れ合い、そして旅路の中での出会いに良い思い出ができた私は、すがすがしい気分であった。

 休暇をたっぷりと取った事で心身が充実しているのを感じる。


 家に戻り、扉を開けようとした時に、はたと手が止まる。

 おや? 鍵が開いているじゃないか。

 締め忘れたのかどうか、何分と出立したのが20日以上も前なので思い出せない。

 まぁ、仮に泥棒が入ったとしても私は憲兵。

 見つけ出して吊し上げれば良いだけである。

 そうして何だか、いい気分に水を差された私は少し大げさに扉を開く。


「あっ!」

「まさか下手人がまだ居るとは、運が悪かったな。 私は憲兵だ、すぐに―――うん?」


 私は気付かなかったが、胸元の想起石が光っていた。

 使い捨てである筈の石が、何故か効果を発揮していたのである。

 家探しをしているのかと思えば、その下手人は深々と床に頭を下げてきた。

 思わずそのまま伸し掛かって、反抗などできないように勝手に身体が動いて伸し掛かる様に確保してしまったが。

 床に頭をつけ、重力に引かれて白い髪と耳がへたりと下がる。

 下げた頭の先っぽに見えるのは白くて太い尻尾がゆらゆら揺れて。

 真っ白な獣人の思いの丈が、勝手に胸の奥に伝わってきて。


「いや、ちょっとまて」


 その思いはシエラのものだ。

 シエラの家族は三日かけて私が見つけたから、彼女の容姿もしっかり覚えている。

 ここからは想起石が教えてくれた。

 シエラの叔父さんが先ごろ亡くなり、技術的な面で家業を継げないシエラは仕事を失い、再び孤独になった。

 まだ年齢的には成人前であり、彼女は困ってしまった。

 頼りになる人もおらず、当ても無かった為、いつか案内してくれた彼女にとっては優しい思い出しか無かった私を探すことに。

 その最中、煌びやかな貴族の馬車が現れて、シエラがとある高貴なお方の血縁であることが判明し、王都に戻って欲しいと懇願された。

 シエラにとっても余りに唐突な出来事に困惑し、逃げるようにして記憶にある私の家の中へと、悪いとは思いながらも勝手に上がって隠れていたのだという。


 いや、そうはならんやろ、と思っては見る物の、彼女から伝わってくる思いの丈は本物だ。

 顔を上げたシエラが、眉を八の字にしながら慌てふためいていた。

 年相応の可愛らしい顔がすっかりと焦りと困惑で、憔悴してしまって居る。

 涙の後までくっきりあって、私は困ってしまった。

 

「あの、そのっ!」

「落ち着いて、だいたい判ったから、ていうか判っちゃったから」

「え、そ、そうなんですか、けんぺーさん凄いですっ!」

「いや、うん。 だけど、ちょっと考える時間が欲しい。 勿論、シエラ君の要望には出来るだけ応えたいんだけど、うん」


 そうして問題に適切に対処するにはどうすればいいのか、と首を下げた私は胸元の想起石が光っていることにようやっと気が付いた。

 何故効果を使い切ってただの石になったはずの想起石が? と思う前に家の外がやにわに騒がしくなる。

 ハッキリと声は聞こえなかった。

 聞こえなかったはずなのに、何を言っているのかは想起石が教えてくれた。


「この家か、シエラ様が入っていったというのは」

「は、聞き込みと目撃証言によれば、ほぼ間違いありません。 候補は残り3つの家屋です」

「判った、虱潰しで探す。 まずは此処からだ」

「どうやら家主は憲兵の者の様です。 お嬢様との関係は不明ですが、つい最近にシエラお嬢様が何かを届けている痕跡は見つかりました」

「よろしい。 もしもに備えて、お前とお前は裏口を押さえろ。 抜刀はするな、シエラ様を傷つけたら殺す。 良いな、では行くぞ」


 等と、とても具体的にハッキリと。


 シエラちゃん、君は一体どんな高貴な血脈なのかな?

 あぁ、扉が開きそうだ。

 来ないで欲しいなぁ。

 私は切に願ったが、この想起石は私の想いは伝えてくれない様である。

 まったく融通の利かない想起石だ。

 扉が開き、かつて私が憧れていた『王都』の騎士団の正装をした者が玄関にずらっと現れた。

 そしてすぐさま、彼らはシエラに上から伸し掛かったままの私を見て、過激な発言をしていた隊長らしきお人が激昂した。

 勢いのある展開に押されて下敷きにしている事を忘れていたが、シエラは涙を流した後がくっきり判るほどの顔をしているのだったと思い出す。

 隊長の髪が重力に逆らって、真上にピーンと伸びていた。 これが怒髪天というやつか。 人って髪を怒りで逆立てることができるのだな。

 勉強になったが―――


 ―――これアカン奴だわ。

 


 説明には酷く苦労を要すものだったと言っておこう。




 どれだけ過ぎたか。

 

 双子の丘になっている橋は、この町で唯一目立つ目印だ。

 特徴的といえばそのくらい。 

 他に特色と言えそうなのはいつか何処かで見かけたことがあるような、お菓子くらいだろうか。

 いや、最近は少しだけ変わった。

 小高い丘に建つ私の勤め先となった真新しい憲兵の詰所があって。

 ついでとばかりに、騎士団所属のペナントが私の名前の下にハッキリと見えるよう掲げられている。

 紆余曲折の上で特例での騎士叙勲を受けた身だ。

 私はただの憲兵である。

 正直恥ずかしさの方が上回るので、アレはその内外して戴きたいものだ。

 しかしそこから眺める景色は何の変哲もない、よくある田舎の景観が広がっているのは昔から変わっていない。

 坂の勾配は相変わらず大きく、徒歩で来ると少し疲れてしまう。

 この橋を通り過ぎ、十字路を曲がって左右に立ち並ぶ一戸建ての住宅街を抜ければ、とっても大きな豪邸を挟んで私の家がある。

 裏の森から持ってきた大きな丸太を鋸で切り。

 額からにじみ出る汗を拭いて一つ。 顔を上げて息を吐く。


 私の胸元の想起石は、光る事が無くなった。

 この石のおかげで随分と苦労をしたが、それでも得る事の方が多かったと振り返る。

 詠み人のお爺さんは、どうして私にこの様な過分な物をくれたのだろう。


「おーい、ご飯だよー! お母さんに習った山菜のシチューだよ~!」

「ああ、すぐに行く」


 思いがけないことだが。

 今では妻となったシエラが豪邸とは比べるべくもない、こじんまりとした家の玄関から顔を出して呼ばれる。

 目の前の豪邸は色々あった高貴なるお方々との、折衝の末の産物だ。

 この長閑な街の中では非常に目立つ。



 煙管を取り出して、シエラの下へとゆっくり歩く。

 胸元の石を一つ握って、私はこの想起石を、いつか旅立つ子供に渡すことになるだろう。

 いつしかきっと、その石は光ってくれると期待して。

 子供たちが成長し大人となった時。

 父である私を、いつか想起石で思い出してくれれば、なんて願うのは贅沢だろうか。

 しかし、親になった今だからこそ思う。

 母さんの気持ちが少しは分かった。


「シエラ、山菜のシチュー、美味しくなったな」

「ほんと? 良かった~、もっと上手くなるよ! 頑張るっ」



 ときおり、思い出して欲しいものだ、と。

 


   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ときおり思い出して ジャミゴンズ @samurai-kinpo333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ