8 Cloudy Weather 2

 イワリクがパソコンのディスプレイを修理に出した。

 723ナツミは「メーカー保証が切れてなかったとは」とぼやきながら、岩田とメーカーとのやりとりのメール内容を確認し、修理に出したディスプレイが戻ってくる日を殺害決行日と決めた。ディスプレイを修理に出すために宅配業者に荷物を預けた日は、準備期間が足りなかったためだ。


「なんで受取日がお盆なんだよ」


 決行日が決まった途端、ユウはたらたらと文句を垂れた。

 岩田は修理が完了したディスプレイの配送日を八月十六日と決めた。時間は午後七時から午後九時の間だ。


「しかも日時指定までするって、どういうことだ? どうせ一日中家にいるんだから、昼間でも良いじゃないか」


 時間指定がある方が優雅とフウは決行時間を決めやすいのでありがたいが、引きこもり生活を送っている岩田が荷物の受け取り日時を細かく指定しているのが気に入らなかった。

 なにしろ、用事がなければ五山の送り火を観に行こうと予定していたのだ。

 もし荷物の受取時間が昼間になっていればここまで文句は言わなかったはずだが、宅配業者が岩田に荷物を届けるのが午後七時以降となれば確実に大文字山の送り火を観ることはできない。


「もしかしたら、昼間はどこかに出かけるのかもしれないな。いまのところ、仕事の依頼は来ていないけど」


 723はパソコンで岩田のカレンダーの情報やメールの内容を確認しながら言った。


「どうだろうねぇ。案外、その男は荷物を受け取るのは夜って決めてるだけかもしれないよ」


 夏期講習の宿題が終わっていないとぼやきながらタブレットで数学の勉強をしていた877バナナが告げる。


「決めてるって?」


 優雅が首を傾げると、877がタブレットから視線を上げずに答える。


「一日中家にいるからいつでも宅配の荷物は受け取れるけど、宅配業者と顔を合わせるのは夜七時から九時って自分で決めてるんだよ。僕は、朝起きてから夜寝るまでのスケジュールは決めてるし、突発的な問題が起きない限りは事務所ここに顔を出す時間だって毎日同じだ。時間が空いてるからって事務所ここに長居はしないことにしてる。ルーティーンを乱すと、なんか調子が悪くなるからだ」

「そういうもんかぁ?」


 一日中ゲームをしている優雅は懐疑的だ。


「もちろん、人によりけりだし、723の言うとおり別の用事があるのかもしれない。お盆だから墓参りとか、帰省した友人と会うとか、家族と会うとか」

「岩田と家族はほぼ音信不通。連絡を取り合っている友人もいない。同窓会の誘いもなし。岩田家の墓は大阪。仕事の依頼はなし。あと、八月十六日の天気は台風五号の進路状況によっては京都全域が暴風圏内になるってさ」


 パソコンから目を離さずに723がてきぱきと答える。


「台風が直撃したら、さすがに宅配も指定日時には荷物届けないかもなぁ……」

「いまのところ、台風は沖縄から九州、瀬戸内辺りを通って北上する予定だから、京都ここらは暴風域にかかるかかからないかくらいだけど、リスケはありえる。ハチマンの計算では、ギリギリ強風域らしいけど、どっちにしても風は強いらしい」

「台風来てる日に引きこもり野郎が出かけたりしないよな!? わざわざベランダに出て転落するのって、かなり不自然だよな!? 強風にあおられてベランダから落ちましたみたいなことにはできないよな!?」


 マンションの階段から転落死させるという方法もあるが、四ツ坂レジデンスはエレベーターがあるので、緊急時でもなければ非常階段を利用する住人はいない。そもそも、岩田は引きこもりなので、部屋のドアを開けて共用の廊下を歩くことすら稀だ。


「てるてる坊主でも作って窓に吊しておくか」

「遠足じゃないんだから……」


 723の提案に877が苦笑いを浮かべる。


「天気が味方してくれないとなると厳しいけど、ひとまずリスケもあり得るってことで準備しておいてよ。侵入時は328ミツバ428ヨツバのどちらかが宅配業者に変装して、もうひとりが透明インビジブルスーツで姿を隠して標的の部屋に侵入する。そして、標的をベランダから転落死させてバナナの皮を現場に残す。723はふたりから殺害報告が入ったら速やかに標的の部屋にあるデバイスにオンラインで接続して可能な範囲でデータをすべて消去。ふたりは持ち出し可能なデバイスをすべて持ち出すこと」


 すでに何度も繰り返している指示を877は繰り返す。

 透明スーツというのは、光の屈折を人工的に調整できる素材で作られた物で、それを着ることによって人間が透過されたように見えるというものだ。体温や臭い、声などは消せないが、防犯カメラにはほぼ姿が映らない。人の目にも光の屈折によって透明スーツを着た人間の姿はほとんど認識できなくなる仕組みだ。

 もちろん気配は消えないが、優雅と風雅は自分たちの気配を消せる。

 深夜になっても明かりが消えることがないマンションのような場所では、この透明スーツが便利なのだ。

 街灯がほとんどないような場所であれば黒い服に黒い目出し帽で姿を消せるが、二十四時間防犯カメラが稼働しているマンションの廊下では黒ずくめで歩いていると反対に目立つので、できるだけ防犯カメラに姿が映らないように透明スーツを用いている。


「お盆だから、マンションの人の出入りが普段とは違うかもしれないことも気をつけて。宅配業者の配送ルートは723が都度確認してくれるけど、標的以外の配達先が不在だったり受け取りでトラブルが発生したら配達員の到着が前後する可能性もある。午後七時ちょうどに宅配業者を装ってインターホンを鳴らすにしても、もし本物の宅配業者が午後七時ちょうどに到着するって可能性もあるんだ。もしくは、時間ぴったりにインターホンを鳴らすために駐車場に早めに到着して待ち構えているって可能性もある」


 殺害を実行するためには、10008ではあらゆる可能性を洗い出し、検討しておかなければならない。


「一番困るのは、当日になって宅配業者が指定日時に配送できないって連絡することだけど、こればっかりは台風の進路によるし」


 877はタブレットから顔を上げて、軽く肩をすくめる。


「配達日までに、誰かが標的を飲みに誘うなりなんなりして外に連れ出してくれると楽なんだけどな」


 風雅が言うと、優雅も頷いた。


「雨が降ると、いくら透明スーツを着ても水で靴が濡れて靴跡が残るから面倒なんだよ」

「確かになぁ」


 10008としては、できるだけその姿を防犯カメラなどに残さないようにしたい。透明人間のように、存在はしているけれど姿が見えないものとして犯行に及ぶ必要があるのだ。そのためには、雨は避けたいところだ。透明スーツは姿を隠してはくれるが、雨に濡れれば光の屈折率が変わってしまう場合もある。


「八幡によると、リスケの可能性は七割三分」

「なに、その微妙な数字」


 723の言葉に風雅がツッコむと、877と優雅も笑う。

 黙って部屋の隅で腕組みをして椅子に座っていた634ムサシだけが、なにがおかしいのかわからないという表情を浮かべた。

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