6 Sunny Day 6
日が沈んでも暑苦しい空気は変わらない。LEDの街灯で照らされた公園の木々からは、夜だというのに蝉たちが鳴く声が響いている。
世間は夏休みのはずだが、制服姿の学生たちが地下鉄を利用していた。塾や予備校の夏期講習の帰りなのかもしれない。
駅からシェアハウスまで、優雅と風雅は黙って歩いた。
住宅街の空気を吸い、夜道でランニングやウォーキングをしている人々の姿を見て、ふたりは
買い物袋に入れたバナナがやたらと重く、熱をはらんだ微風を浴びて額から汗が吹き出た。
「そういえば、部屋のエアコン壊れてたこと忘れてた。しゃーないから、今夜は一哉の部屋で寝させてもらおっか」
同じ足取りで隣を歩く風雅に、優雅は唐突に話しかける。
「そうだね」
「なぁ。五山の送り火、一哉を誘ってみる?」
「仕事のスケジュール次第だね。五山の送り火ってお盆の時期だよね」
「盆って、いつ?」
「……八月中旬」
冷ややかに風雅は答える。
「今日打ち合わせたやつ、それまでに片付けられるかな」
「どうだろうね。――お盆って
「覚えてない」
「格ゲーばっかりしてないで、もっと季節感を味わえるゲームもしなよ! 牧場とか農場とか開拓とかする育成するゲームをさぁ!」
「そーゆーの、燃えないんだよ」
「癒やし系のシミュレーションゲームとか」
「やってると
「優雅って、RPGもやらないよね」
「アイテム集めるのとか面倒だし、仲間がいないとできないとかも嫌。仮想現実とか、興味ないし」
優雅はゲームの中では暴れることしか考えていない。
ゲームを通じて友人を作ろうとしたことは一度もない。
プロのゲーマーになろうとしたこともない。
好きなときに好きなゲームにひとりで没頭するだけだ。
そんな優雅にとって、一哉は初めてできた友人だ。
子供の頃から優雅と風雅はまともな人付き合いをしてこなかったし、通っていた学校で友達を作るということもしなかったので、一哉と出会って初めて他人と親しくすることを覚えた。
先週は、シェアハウスのハウスメイトたちと庭でバーベキューと花火をしたが、優雅と風雅にとっては初めてのバーベキューと花火だった。手慣れた様子でバーベキューコンロを使って肉と野菜を焼く一哉を、優雅と風雅は尊敬の眼差しで見たものだ。
「一哉、落ち物系が好きだって」
「あれはなかなか集中力がいるから、そこそこ燃える」
ひとまず、五山の送り火を観に行くかどうかは保留にすることにした。
映像作家殺害計画の日程を決める際、盆や正月だからと言って延期するわけにはいかないのだ。
「ただいまー」
シェアハウス
一哉の声のようだ、と思いつつ優雅と風雅がリビングに向かうと、一哉がひとりで缶ビールを飲んでいた。
「冷蔵庫にビール冷やしてあるから、自由に飲んでくれていいよ」
ほとんど空になっている缶を摘まんでゆらゆらと揺らしながら一哉が告げる。
「事務所にお中元で缶ビール一箱届いたんだけどさ。うちの事務所でビール飲むのって僕くらいなんだよ。それで、全部持って帰っていいよって言われて、僕は自転車通勤なのに缶ビール一箱自転車に積んで帰る羽目になったんだ」
酔っている様子はないが、一哉は愚痴る。
テーブルの上には焼き鳥の串らしき物と、ミックスナッツが並んでいた。
「なんで僕しか飲まないって知ってるのに、アイツはわざわざビールを一箱送ってくるのかな。嫌がらせだろうな」
どうやらビールを事務所に送ってきたのは、一哉が苦手としている人物らしい。
優雅と風雅は、ビールの送り主は一哉が助手として働いている探偵事務所の関東支所の人間だろうと推察した。これまでにもなんどか一哉の話に出てきたことがあるのだが、数ヶ月に一度は東京府から京都に顔を出すらしく、そのたびに一哉は「今日、嫌味ばっかり言う奴に遭遇してさぁ」と零すのだ。
一哉のやることなすことすべてにケチをつける、反りが合わない相手らしい。
多分、相手は一哉がビールを飲むこととシェアハウスで暮らしていることを知っていてビールを一箱送ったのだろう。シェアハウスの住所を知らないか、もしくは直接シェアハウスに送ると一哉ひとりに送ったことになってしまうので、事務所に送ったのかもしれない。ところが事務所からシェアハウスまで缶ビール一箱を自転車で運ぶとなると、少々大変だ。一哉の自転車は競技用に近いデザインなので荷台がほぼなく、大きく重い箱を乗せて街中を走れるような物ではないのだ。
結果として、一哉はお中元という名の嫌がらせをされた、と考えている。
一哉しか飲まないビールをわざわざ事務所に送ってきたという点については、確かに半分は嫌がらせも含んでいるのかもしれない。
「ふたりとも、夕食は?」
いったん部屋へ荷物を置きに行った優雅と風雅がリビングに戻ってくると、他のハウスメイトが「一本貰うねー」と冷蔵庫から缶ビールを持って自室へ戻っていくところだった。
「まだ食べてない。あ、これ、お土産のバナナ」
優雅と風雅は877から配られたバナナをテーブルの上に置いた。
「小笠原で作られたバナナなんだってさ」
「へぇ、美味しそうだね。バナナパンケーキができるね」
「……なにそれ」
「パンケーキの上に生クリームやアイスを乗せて、バナナの輪切りとかベリーとかトッピングして、ハチミツとかメープルシロップをかけるんだよ。パンケーキの代わりに食パンをトーストしてもいいけど」
「それ、食べたい」
優雅が言うと、風雅も頷く。
「いま、作れる?」
「食パンとか材料はあるから作れるけど、先になにか食事をしたら?」
「一哉が言ったやつが食べたい。作って!」
優雅と風雅の料理は、冷凍食品を電子レンジで温めるか湯を沸かしてカップラーメンを作ることくらいだ。
「できるまで、ビール飲んで待ってる」
「ビールと合うかなぁ? ほぼ、スイーツだよ?」
「合う合う! 心配ご無用!」
優雅と風雅は繊細な味覚は持ち合わせていないので、ビールとバナナの味が口の中で混ざっても気にならない。
「ここの農園のバナナ、届いてすぐが食べ頃だからまぁいいけどさ」
バナナの皮に貼ってある農園のシールを剥がしながら一哉がカウンターキッチンへ向かう。
結局その夜、シェアハウスsumikaでは他のハウスメイトも加わってビール&バナナパーティが深夜まで催された。
湯煎したチョコレートに串刺ししたバナナをくぐらせてスプレーチョコをかけて食べる方法が気に入った風雅が、一哉から「追いチョコ禁止。食べかけのバナナをチョコにもう一回浸けようとしないこと」と串カツ屋のような注意をされる様子を、ビール三缶ですっかり酔った優雅は爆笑しながら眺めていた。
一哉の料理の腕前に、がっつりとふたりの胃袋は掴まれた。
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