5 Sunny Day 5
いまの京都には怨霊などいない。
いるのは怨霊を
良心や道徳心、正義など持ち合わせていないし、必要ともしない。
ただただSNS上の呪詛を探し出しては拾い上げて、呪いの言葉を吐く人々にそっと囁くのだ。
なぜかその言葉に背中を押されるように、10008に殺人を依頼することを決心する者は多い。
(
依頼人たちは723となんどかメッセージのやりとりをしただけで暗示にかかったように恨みを募らせている相手の殺害依頼を決意する。
なぜそうも簡単に他人に人殺しを頼めるのだろうかと、たまに
(オレは、ひとりだったら人殺しなんてしないだろう……いや、どうだろうな。もしかしたら、
風雅がいない自分がどういう人間になるかなんて想像もできなかったので、優雅は考えるのを止めた。
優雅と風雅を10008に誘ったのは
気配を消して人の背後に立つのが巧いふたり、と723が877に優雅と風雅を紹介した。
そんな忍者みたいな真似ができるんだ、と877はとても嬉しそうにふたりを迎え入れた。そして、笑顔で告げたのだ。「人の背後に立って黙って背中を押すだけの簡単なオシゴト、やってみない?」と。
簡単かどうかは人による、と引き受けた後になって風雅がぼやいたことがある。
優雅と風雅は、人の生死に対する感覚が鈍い。
死生観が他人とは違うことは理解しているが、基準である『普通』がどういうものなのかがよくわからない。
以前、風雅が「きっと、普通っていうのは
「
877の指摘に、風雅が顔をしかめる。
「それは328だけだよ。オレは読みかけの本の続きが気になるから早く帰りたいって考えてる」
「どっちにしても、相手に対して殺意がないのに殺すんだよね」
「それが仕事だから」
さらりと風雅が答える。
「そういうところがふたりとも面白いよね。ふたりとも、誰かに対して『死ね』とか『殺す』とか思ったことはある?」
「あるよ。でも、最近はないかな」
風雅は優雅と比べて感情の起伏が乏しい。風雅に言わせれば「優雅の感情の起伏が激しすぎるんだよ」となるのだが。
「へぇ? 大人になったってこと?」
「どういう状態を大人って呼ぶのかはよくわからないけど、オレの場合は気に食わない相手は視界から排除するから。誰かを『死ね』って呪ったりどうやって殺そうか計画を練ったり、自分の貴重な時間を嫌いな奴に費やすのがもったいないって気づいたんだよ。一秒たりともそいつのことを考えない。記憶からも抹消する」
「極端だな。そんなんだから、人の顔と名前を覚えない奴って言われるんだよ」
優雅はペットボトルの水を飲みながら呆れた。
「328はしつこく人の顔と名前と行動パターンを覚えてるけどね」
「格ゲーするなら当然だろ」
ふんっと優雅が鼻を鳴らすと、877が楽しげに声を上げて笑った。
「で、どうする? この依頼、引き受ける?」
723が最終判断を委ねるように877に尋ねる。
「そうだね。引き受けようか。328と428はどう?
「
軽いノリで優雅が答えると、風雅も首を縦に振った。
「まずはその映像作家って男の一日のルーティーンと今日から十日間ていどのスケジュールを調べて欲しいな。あと、殺害現場に適した場所を八幡にピックアップして欲しい」
殺害対象についての情報収集は723と八幡がおこなう。
「了解っ!」
723がおどけた身振りで敬礼する。
「あ、そう言えば877宛ての荷物が届いていたぞ」
思い出したように723が877に告げる。
「ナントカ農園って箱に書いてあった。ものすっごく重かった」
事務所宛ての荷物はビルの管理室ですべて受け取って貰えるが、723がそれを管理室まで引き取りにいかなければならないのだ。
「やった! それ、小笠原農園のバナナだ!」
「またバナナか……」
優雅と風雅は頭を抱えた。
「僕がこれまで食べたバナナの中で一番美味しいバナナ! 小笠原にあるバナナ園で採れたて直送なんだよ! ちょっと値段は高いけど、本当に美味しいんだ!」
877は自分のコードネームを877にするだけあって、バナナが好物だ。
「あのバナナが美味いのはわかるけどさ。あのバナナの皮を殺した奴のそばに置くのはそろそろ止めないか?」
これまで何度も繰り返している提案を、今回も優雅は877に伝えてみた。
10008では、依頼人から指定された相手は常に転落死させている。そして、その死体の近くに犯行声明代わりのバナナの皮を置いている。
シンキョウトでは市中をくまなく清掃ロボットが路上のゴミを片付けるので、バナナの皮が道端に置いていることそのものが不自然だ。つまり、転落死した死体のそばにバナナの皮が落ちていることで奇妙な状況であることを演出している、と877は考えている。
「なんで? 馬鹿な警察がバナナの皮を証拠品として押収して『この人はバナナの皮に滑って転落死したんだ。凶器はバナナだ!』とか捜査会議で真面目に喋ってたら面白いじゃないか!」
「死体のそばに置いておいたバナナの皮を、警察が来る前にカラスやトンビが持っていくんだ」
深刻な表情で風雅が説明する。
清掃ロボットが市中のゴミを常に集めているため、路上に落ちているバナナの皮は雑食の鳥たちにとっては貴重な食べ物なのだ。
「バナナの皮が鳥によって持ち去られたせいで、転落死した人間のそばに常にバナナの皮が落ちている謎の事件、という状況が成立せず、警察が転落死を殺人ではなく事故として処理した事案が三件もあるんだ。警察がバナナを凶器として認識するか否か以前に、バナナの皮が警察に拾われてないんだ!」
「それはちょっと……想定してなかったな」
残念そうに877が肩を落とす。
「だから、今回はその877の皮を現場に置くのは止めよう。10008のアイテムは、なにか別の物にしよう」
優雅は前から風雅と話し合っていたことを提案する。
「例えば?」
「
「……なんで、石? しかもちょっとその辺りに落ちてなさそうな感じ」
「凶器の石に特徴がある方が、警察に認識してもらえるだろ!? 隕石でも良いんだけどさ。隕石が対象にぶつかって転落死、とか面白いだろ? ただ、隕石をいくつも用意するのは大変だよな」
「石案は却下。溶岩だの桜石だの隕石だのって、特徴がありすぎ。ていうか、その石の準備は誰がするわけ?」
「もちろん、そこはチョー仕事がデキるアニキ」
「――――却下」
634が『マジでブチ殺す』と殺意十二分の視線で優雅と風雅を睨む。
「じゃ、今回も現場のアイテムはバナナの皮ということで
にこにこしながら877が告げる。
10008のメンバーの中にバナナが嫌いな者はいないが、わざわざ小笠原からバナナを取り寄せる877ほどバナナが好きな者もいない。
上機嫌で「バナナンバナナン~」と歌う877を見ながら、723が「ひとまず鳥対策を考える」と小声で優雅と風雅に告げた。
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