4 Sunny Day 4

「依頼人はK大医学部の大学院生の男。父親は別の大学の医学部教授。母親は首都圏の大病院の医師。兄も医師。妹は医学部学生。とある百貨店で万引きしているところをくだんの映像作家に盗撮されて、その動画をネタに脅されているんだってさ。動画の買い取り金額は三十万円。自分の経歴に傷を付けたくなければさっさと決断して金を出すなり、警察に恐喝されていることを相談するなりすれば良いものをグズグズしていたら、別の万引き現場も盗撮されて、今度は二つまとめて百万円で買い取れって連絡がきたそうだ」


 723ナツミの説明に、877バナナが満面の笑みで突っ込む。


「そいつ、だね?」

「否定はしない。最初に犯行現場を撮られた時点でさっさと金を出しておけば良かったのに、恐喝に応じないだけでなく懲りもせずまた万引きをしてそれを撮られて金額がつり上がっているんだから、客観的に見て完全に本人が悪い。だのに、将来がある医師である自分に嫉妬して万引きごときで自分を脅して蹴落とそうとする外道、って映像作家を罵倒してる」

「うーん。まったくもって救いようがない奴だね。自分のこと、何様だと思ってるのかな」

だろうな。万引きのような盗癖は一種の病気で、自分は院生としての勉強のストレスと医師としての仕事のストレスが重なって万引きをしてしまっているだけで、悪いのは自分ではなく現在の環境だとも言ってる。そんな自分の事情が理解できない馬鹿が万引きは犯罪だとドヤ顔で脅してきて、自分の社会的貢献によって助かる人々の未来を潰そうとしているのは許しがたい、死を持ってあがなうべきだってさ」

「うわぁ。鉄壁の保身と身勝手なたくが素晴らしいね!」


 877は楽しそうに拍手をしたが、ユウフウは黙って顔を見合わせた。


(依頼人も一緒に殺そうか)

(悪くないね。ちゃんと依頼料が振り込まれた後で、だけどね)


 ふたりは目と目で合意に至った。


「一方の標的である自称・映像作家はイワリク、二十六歳。住まいはシンキョウトの四ツ坂レジデンス」

「うわっ、良いところに住んでるな」


 723の説明に優雅が舌打ちする。

 四ツ坂レジデンスがある界隈は高級マンションが次々と建てられている地区だ。

 優雅と風雅が住んでいるシェアハウスがある地域よりも都心に近く、賃貸マンションやアパートの家賃は二倍近く高い。


「結婚式やイベントの動画撮影や編集をフリーで請け負っているのと、動画配信サイトでの動画配信時の広告収入で暮らしているってことになっているけれど、四ツ坂レジデンスの毎月の家賃が払えるような稼ぎじゃない。ハチマンが調べたところ、岩田には臨時収入のようなものが時々あるんだ。振り込み元はバラバラだから、家族からの仕送りではないことは確かだ」


 10008ヨロズヤのAI八幡の手にかかれば、個人の預金口座の金の動きは簡単に把握できる。


「あちらこちらで様々な犯行現場を盗撮しては、動画を買い取るように脅しているってのはほぼ間違いない。一応、328ミツバ428ヨツバには確認して貰うつもりだけど、岩田陸のパソコン内のデータファイルの一部を確認したところ、大量の盗撮動画が保存されていたよ」


 723はなにげない口調で説明する。

 インターネットに繋がっているデバイスへのハッキングは、八幡の手を借りれば簡単にできるのだ。


「恐喝用の盗撮動画と、自分が見て楽しむためって感じの盗撮動画があってさ。その自分用らしき動画がもう最低最悪な性癖の動画で、さすがのボクもドン引きのエグさだったんでサクッと消去しておいた。復元ソフトでも復元できないようにしといたから、今頃セキュリティソフトでパソコンのスキャンをしてる頃なんじゃないかな。市販のソフトに検知されるような真似はしてないから、単にシステムエラーでデータが消えたように見えるだろうけどね」

「犯行現場の動画はすべて残してあるんだろう?」


 877が確認すると、723はにんまりと口元を歪めて頷いた。


「もちろん。万引きの犯行現場を撮影した動画がなくなったら、標的が依頼人を脅せなくなるじゃないか。ちゃんと犯行現場動画のコピーはこっちに取ってあるしね。依頼人とは別の奴が標的に脅されている現場の映像もあって、そいつのSNSアカウントを特定して投稿内容をチェックしたら、とくかく呪いの言葉を吐きまくりですっごい荒れてた。死ねだの、地獄に落ちろだの、そんな言葉ばっかりでさ」


 723が顔をしかめると、877が目を細めた。


「誰かに向かって『死ね』って呪いの言葉を吐く奴は、自分で行動しない。相手が運悪く勝手に死んでくれることを願うだけの他力本願呪詛タイプだ。『殺す』って叫ぶ奴は、自分で動こうと考えている実行力がある奴だ。そして、暴力に訴えるという行動派であることが多い。主に男だ」

「一理あるな。アニキなんか、機嫌が悪いとすぐ『殺すぞ』って目つきで睨んでくるしな」


 行動派云々については優雅は首を傾げたが、877の持論には納得できる部分があった。


「うんうん」


 風雅が同意して頷く。


「目は口ほどに物を言うってまさしくこのことだね」

「俺は目つきが悪いだけだ。勝手に拡大解釈するな」


 じろりと634ムサシがふたりを睨む。


「実行力がない奴からすれば、10008は恨んでいる相手を都合良く呪い殺してくれる怨霊のような存在なんだろうね」


 ふふっと笑いながら楽しげに877は喋る。


「10008は京都の都市伝説のひとつだって世間のほとんどの人は思っているし、人を呪うことは犯罪じゃないから、京都の怨霊である10008に人殺しを依頼したって罪にはならないって軽く考えて10008僕たちに依頼してくる連中も多い。しょくたく殺人だってことが理解できていないんだ。もちろん、SNSで誰かに対して『死ね』って呪いの言葉を吐くのは罪じゃない。実名で罵倒したら名誉毀損になることはあるし、名指しで『殺す』って書くと脅しになる可能性もあるけれど、実名を挙げずに『死ね』って叫ぶだけなら呪いだ。呪い続けていると、いつか京都の親切な怨霊が『そいつを殺してあげようか?』って訊いてくれる仕組みになっていると勘違いしてる奴もいるみたいだね」


 10008を名乗るアカウントからのメッセージを受け取った者は、最初は詐欺だと警戒することがほとんどだ。しかし、723が相手の困りごとに対して親身な態度で言葉巧みに相談に乗るうちに、やがて警戒を解き、殺人を依頼するようになる。

 それが10008の常套手段だ。

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