3 Sunny Day 3

 夕方になって877バナナ634ムサシが事務所に顔を出した。


「お疲れ様ー」


 するすると電動車椅子で事務所に入ってきた877は、今日一日の夏期講習で疲れたのか顔色が悪い。

 634はこの暑いさなかだというのに、黒いスーツに黒いネクタイを締めている。葬儀帰りかと思うような格好だが、薄い色が入ったサングラスをしているせいか見た目はほぼ反社会集団の幹部だ。10008ヨロズヤは犯罪組織なので反社会集団であることに違いはないが、一日に最低一回は公道を歩いているだけで警察官に職務質問をされそうな容貌という意味では、634に勝る者はいない。

 ただ、そんな634も制服姿の877の隣を歩いていると、なぜか大企業の御曹司とそのボディガードという組み合わせに見られるらしい。

 723ナツミがいちどだけ服装を変えてはどうかと634に提案したが、翌日にはどこから入手したのか派手な柄のかりゆしシャツを着て現れたのを見たメンバー全員が「明日から元のスーツで」と開口一番に伝えた。一日に三回は警察官に職務質問をされそうな人にしか見えず、仕事に支障しか出ない格好だったのだ。


「おっつー」


 半日休憩を挟まずに格闘ゲームをし続けていたユウは、ゲームチェアに座り込んだままミネラルウォーターを飲みつつ手を振る。


「お疲れ様です」

「お疲れ」


 本を読んでいたフウとパソコンに向かっていた723も挨拶をする。

 読書家の風雅は、紙の本が好きだ。

 近頃は電子書籍で出版される本がほとんどだが、シェアハウスの狭い部屋に本棚を設置し、古書店で購入したたくさんの本を収納している。紙の本は電子書籍にはない味わいと匂いがある、と風雅は色あせしたページをめくりながら言うのだが、文字を読むことが苦手な優雅には理解できない。


「じゃ、全員揃ったところでミーティングを始めよっか」


 世間話をすることなく、おのおのが好きな場所に座ったり立ったりしたところで723が進行役として打ち合わせの開始を宣言する。

 10008はメンバー同士で馴れ合うことはない。

 各々が自分で喋りたいことを喋るが、相手に対して深く詮索することはない。

 優雅と風雅は877が車椅子で移動している事情は知らない。相手が話してこない限りは聞かない。

 634の服装についてメンバーが口出ししたことはあっても、彼の過去についてや服装のこだわりについては尋ねない。634が10008の第一期のメンバーだったことを他の面々が知っているのは本人が語ったからであって、誰かがわざわざ聞き出したわけではない。

 お互いに余計な干渉をしない。

 それが10008のルールだ。

 なぜ優雅と風雅が犯罪に加担しようと決意したかなど、誰かに語る必要はない。

 877が最初にふたりに伝えたことは「10008メンバーであることを周囲に知られないこと」「引き受けた仕事は遂行不可能な事情が発生しない限りは完遂すること」だけだった。


ハチマンがピックアックした依頼の一件目。これは、映像作家の殺害と、動画の消去」


 10008の依頼人はすべてAI八幡がSNS上の膨大なメッセージの中から選出する。その基準は不明だ。八幡がどういう人工知能なのかも、メンバーには明かされていない。10008という犯罪組織を運営するために欠かせないシステム、とだけ634は説明しているが、SNSの解析、殺害対象者の調査、犯行時の現場の様々なデジタルデバイスのデータ改ざん、依頼人から支払われた依頼料の資金洗浄もすべて八幡がおこなっている。


「依頼者のアカウントとやりとりしてみたけど、なかなか面白い相手でね」


 八幡が選んだSNSアカウントと直接やりとりするのは723の仕事だ。

 朝からパソコンに向かっているのも、複数のアカウントで依頼人候補者に接触して依頼内容を聞き出すためだ。

 10008にメッセージを送ってくる大半のアカウントは、都市伝説と化した怨霊やあやかしに願い事を呟いているだけだが、八幡は膨大な数のメッセージからある一定の条件でアカウントをふるいにかける。そして絞り込まれたメッセージの中から、さらに723がアカウントの主とコンタクトを取り、事情を聞き、仕事として引き受けるかどうかをメンバーで話し合う。

 10008に依頼するためだけに取得したSNSアカウントは、用事が済めばすぐに削除する捨てアカであるためかユーザー名が乱数であることが多い。日常のメッセージに紛れ込ませるように10008へメッセージを送ってくる者は、本気で10008に誰かを殺して欲しいわけではなく不平不満や愚痴を誰かに向かって呟きたいだけであることがほとんどだ。


「対象者である映像作家ってのは、動画配信サイトで様々な動画を配信しているけど、それはまぁたいして面白くない。チャンネル登録者数は二百人ってところ。可もなく不可もなく、他のチャンネルの何番煎じだよって感じだけど、面白くないだけで害はない。ただ、裏でやってることはなかなかゲスい」

「なにやってる奴?」


 877が尋ねる。

 依頼を引き受けるかどうかの最終判断をするのは877だが、対象者を殺害するのは328ミツバ428ヨツバなので、優雅と風雅が実現可能と判断しなければ877も依頼を引き受けるとは言わない。


「盗撮。万引きとか、痴漢とか、置き引きとか、そういう軽犯罪の現場を盗撮して、後で犯人にコンタクトを取って映像の買い取りを要求するんだ。もちろん、買い取らないなら公開するって脅し付き。これまでのところ、この脅しが利かなかった相手はいないみたいだ。盗撮する側はちゃんと相手を選んで恐喝しているから、盗撮されたって知って逆ギレして盗撮した奴を自分で殺したり、映像を自分で消去しに行ったりした者はいない」

「脅される方は自業自得だね」


 ふふっと877が楽しそうに笑う。


「僕は、そういう大人が大好きだよ。遠慮なくカモにできるからね」


 10008が依頼人として引き受ける基準のひとつが、依頼人、殺害対象者のどちらも後ろ暗い部分があることだ。

 盗撮された動画でられているならまずは警察に相談すべきだが、それができない事情を抱えている者が10008に依頼してくる。警察に相談すると自分の罪を自供しなければならないケースがほとんどだ。

 保身に走るこざかしい大人たち、と877は依頼人と対象者を揶揄する。

 社会の害毒にしかならない対象者であればすみやかに殺害し、金でなんでも解決できると思っている依頼人たちからはそれ相応の依頼料を徴収する。

 10008は世の中の悪を成敗したりはしないし、人助けもしない。

 悪い者を利用して利益を得ているだけだ。

 それのなにが悪いのか、と877はよくうそぶいているが、優雅と風雅も同感だ。

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