第40話 ホテルにて。残り4日17時間。

「はあ……!」


 ボスンッ!!


 カジノで稼いだお金を存分に使って高級ホテルに泊まることになったのだが、部屋に着いた瞬間に時谷さんは大きなベッドへダイブした。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……大丈夫じゃない。今日は本当に疲れた。松蔭の闇で心は狂いそうになるし、九重の蹴りでお腹は苦しくなるし、マナもたくさん使って力も出ないし……」


 時谷さんは枕に顔をうずめたまま呟いた。顔には出さなかったが、俺達との戦いや『次元の杖』を盗まれたことで相当心身が参っていたようだ。


「蹴りの件については……とりあえずごめんなさい。……えっと……あ! 夕食、バイキングみたいですよ! 行きましょう!」


「うん……お腹すいた」


 ヘロヘロの時谷さんをレストランへ連れ出す。しかし部屋を出た瞬間、再びシュッとした時谷さんに戻った。外ではクールなのに内ではだらしないタイプなのか……?



 ◇◇◇



 バイキングで時谷さんはたくさんのご馳走とともに、謎の飲み物を汲んできた。


「時谷さん、その飲み物はなんですか?」


「レシプロカルスペースドリンク、略してレシスぺ。高次元世界特有の飲み物で、しばらくの間、逆空間の1次元だけを認識できるようになるの。3次元ある【逆空間の次元】を1次元だけ認識するから、感覚がおかしくなってお酒みたいに酔ってしまうんだ。でも体に悪い成分は入ってないし、お酒と違って15歳以上から認められているから、学生には大人気なんだよ」


「へえ、面白そうですね! 俺も飲んでみよう」


 俺もそのレシスぺとやらを汲んできた。


「じゃあ九重、乾杯」


 時谷さんがグラスを持ち上げる。


「でもあまり時間がないのに、こんなにのんびりしてていいんでしょうか……?」


「いい。休むときはしっかりとリフレッシュして休むべき」


 カツン! 時谷さんは俺のグラスに乾杯してきた。



 ゴクゴク……


「これがレシスぺ……独特な味ですね。でも、なんか妙にハマりそうな味」


「すごい飲みっぷり……。酔わないの?」


「え……? いえ、全然」


「そっか。九重には次元の歪みが効かないから、レシスぺの効果が無いのかもね」


「なるほど、そういうことですか。ちょっと残念だな……」


 他愛のないお話をしながらたくさんのご飯をたいらげ、普通に部屋へ帰って来た……のだが。


 ボスンッ!!


 部屋に入った瞬間、時谷さんはカチッとOFFモードに。再びベッドへダイブ。


「ふにゃあ……」


 酔っぱらった時谷さんは溶けた猫のようにベッドに浸透していった。


「……俺、先にシャワー浴びさせていただきますね」


「うん。遠慮なく」



 シャーーーーーッ ゴシゴシ


「時谷さん……不思議な人だな。真面目……賢い……頼れる……。うーん、なんかどれもしっくりこないな……」


「もうちょっと可愛さが必要かもね」


「いやいや、時谷さんは十分可愛いですよ……って、え!?!?」


 そこにはさっきまでベッドとブレンドしていた時谷さんが体を洗っていた。


「何いいい!?!? さっき先に入ってるって言ったじゃないですか!」


「うん。だから九重は私よりも先にシャワーを浴びた。その後に10分先の未来の私が過去へ戻ってシャワーを浴びてるだけ。矛盾はない」


「ちょっと何言ってるか分かりません! とりあえず未来にお帰りください!!」


「じゃあ帰るけど、お願いがある。この時代の時谷未来には優しくしてあげて。酔っぱらって人肌が恋しくなっているから、ベッドで抱きしめてあげても良い」


「この時代の時谷未来って、10分後にはあなたじゃないですか!!」


 10分後の未来から来た時谷さんは10分後の未来へと帰って行った。


(ますます分からない……時谷未来という少女が全く分からない……!)



 ◇◇◇



「……九重、なんで私から距離を取っているの。未来の私から助言を受けなかった?」


 シャワーを浴びたことで、さらに顔が火照った時谷さん。酔いは全然覚めていないご様子。俺は自分のベッドの隅で布団を被り、小さくうずくまっていた。


 スタスタスタ……ボフンッ


「!?」


 ホテルの寝巻きを着た時谷さんは布団越しに俺に寄り添ってきた。


「……今日は衝撃だった。時を止めた世界に入門してくる人がいるなんて、生まれて初めてだったから。そして私は恐怖した。同族嫌悪に近いのかな、私の唯一の能力を脅かす人がいることが怖かったの」


「時谷さん……」


「でも、同時に少しホッとした」


「どういうことですか?」


「自分で言うのもあれだけど、私の能力は大きすぎる。こんな時空を超越した能力には責任と使命がついてきて、私はずっとそれに苦しめられてきた。でも、私と同じ土台に立てる人間がいたのなら、もし私が使命を果たせなかったとしても引き継いでくれるんじゃないかって、少し肩の荷が下りたんだ」


「あの……時谷さんが背負っている使命や責任とは一体何なのですか?」


「私の使命は時空を護ること。責任はこの力で時空を壊さないこと。この高次元世界には次元を使って悪だくみをする人達がたくさんいる。そんな人達から次元を護ることが私の使命。今回の敵もそんな組織」


「あの男達について何か知っているんですか?」


「組織の名前は『クロノス社』、タイムマシンを研究していた極秘機関だよ。その『クロノス社』はチューベローズと同じく、高次元世界の本部から『次元計』の管理を任されていた。でも、その『次元計』が5カ月前、何者かによって盗まれたらしいんだ。本部の怒りを買った組織はボロボロに破滅した。でも、その中の一部は秘密裏に動いていて、タイムマシンを作り、過去へ戻って『次元計』が盗まれるという過去を変えようという作戦を打ち立てた。ところがタイムマシンにはどうしても私のマナが必要だったらしくて、私は彼らからずっと追われていたの」


 『次元の杖』を奪って時谷さんのマナを入手したあいつらはタイムマシンでこの時間に飛び、次元計が盗まれた過去を変えようとしているわけか。


「経緯が繋がりました。だから時谷さんには、あいつらに過去を変えさせず『次元の杖』を取り返すという使命と責任があるわけですね」


「……でも、もう疲れた……使命にも、責任にも……。どうして私なのかな……。私は……普通の人に生まれたかったのに……」


 時谷さんはとても小さな弱々しい声で呟いた。が、布団越しの俺にはよく聞こえなかった。


「あれ……時谷さん?」


 ガバッ


「……すーー……すーー……」


 布団から出て時谷さんを確認すると爆睡していた。


「寝るの急すぎるだろ!!」


 だが、時谷さんは酔った勢いでずっと一人で抱えていたことを話してくれた。天に与えられた能力で時空を護り、その能力にはしっかりと責任を持つ。この一日間いろんな時谷さんを見てきてキャラが分からなかったけど、その強い心は素直にかっこいいと思った。


 タイムリミットまであと4日と17時間。

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