第39話 カジノにて。残り4日22時間。

「さ、入るよ。九重」


 時谷さんは何のためらいもなく巨大なカジノへと足を踏み入れた。


「本当に行くんですか!?」


 カジノなんて生まれて初めてだったので、緊張しながら時谷さんについていった。




 中は豪邸のようにピカピカ。富豪やギャンブラーなどが沢山いて、様々なゲームが開催されていた。


「まずはこの機械でお金とチップを交換するみたい」


 白色のチップが100円、赤色のチップが500円、黒色のチップが10,000円というように、色によって値段が違う。時谷さんは機械に500円玉を入れ、赤色のチップを購入した。


「時谷さんはカジノに来たことがあるんですか?」


「ないよ。だからできるだけ簡単なゲームがいいな」


「ないんですか!?」


 さっき駄菓子屋に入るみたいな感覚で入ってたのに。


「うん。あ、あれなんてどうかな」


 時谷さんが目を付けたゲームはルーレット。赤や黒の枠に0~36の数字が書かれたルーレットの上を玉が転がっていて、その玉が入る枠を当てるゲーム。『偶数/奇数』や『赤/黒』を当てれば2倍。数字を当てれば36倍。


「ようこそ、お客さん。お賭けになりますか?」


 ルーレットのディーラーが声を掛けてくる。


「はい。あの、初心者なのですがどうやって賭ければいいのですか?」


「こちらのボードの上のお賭けになられたい数字や群の上にお賭けになるチップを置いてください」


 ボードには数字と『偶数/奇数』や『赤/黒』が書かれている。


「なるほど、分かりました」


 スッ……


 時谷さんは1の数字の上に赤色のチップを置いた。


「おお……いきなり一点賭けストレートアップですか!」


「と、時谷さん! これ外したらもう終わっちゃいますよ!? まずは偶数奇数とかから……」


「九重。大丈夫だよ」


 時谷さんはアメジストのように透き通る目で俺を見つめた。


「あ……!」


「では、いきますよ!」


 ディーラーがルーレットを回す。


 カラカラカラ……ストン!


 落ちた場所は、1。


「!? い……1ですっ!! お客様、おめでとうございますっ!!」


 500円の36倍、18,000円分のチップが渡される。


「ラッキーだね、九重」


「そ、そうですね!」


 もちろんこれは演技である。すっかり忘れていたが、時谷さんは未来が見れるのだ。ルーレットの目を予知するのは時谷さんからするとごく簡単なこと。


「もう一度されますか?」


「はい」


 時谷さんは赤色のチップを4枚、つまり2,000円分を14の目に賭けた。


「それでは、いきます」


 カラカラカラ……


(やった……! これで2,000円の36倍、72,000円儲かるぞ!)


 ストン……!!


 落ちた目は……25。


「えっ!?!?」


「お客様、残念でしたね。お賭けになられたチップは回収いたします」


(時谷さんが外した……!? もしかして、時谷さんが見える未来は確定ではないのだろうか。つまり、未来を見てその数字に賭けたことで本来の現在が変わり、微妙に未来が変わったってこと……?)


「ごめん、九重。もう一回していい?」


「も、もちろんです! 気にしないでください!」


 時谷さんが次に賭けた数字は29。


 そして出た数字は……18!


「お……惜しい!!! 隣だったのに……!!」


 また2,000円を失ってしまった。


(今ので確信した。やはり未来を見て行動を変えると、微妙に未来は変わるんだ。1発目はたまたま同じところに入ったけど、毎回そうとは限らない。これ以上お金を失わないためにもここでやめるべきだ)


「時谷さん、今日はもう帰りましょう。まだ11,500円も勝っているんですし、今が切り上げ時です」


「ううん、悔しい。今のは隣だったし、運は私達に向き始めている。次は来る気がするの。お願い、もう一度だけやらせて」


「もう一回だけですよ……」


 この俺達のやりとりを、ディーラーはしめしめと眺めていた。


 時谷さんは再び2,000円をベッド。賭け先は最初に当たりを引いた1。


 カラカラカラ……ストン!


 落ちたのは……36!


「ああああ!! また外れた!!」


 どんどん消えてゆく2,000円。俺は店の外へ出る準備をした。


「待って、九重。今のは対称。0を抜いて1番小さい数字は1。大きい数字は36。遠いようでかなり惜しかったの」


 俺はだんだんと時谷さんが見ていられなくなってきた。


「もうダメです! 今日の運は最初に使っちゃいました。帰りましょう!」


「それはおかしい。だって最初の500円は私のお金。だから残りの10,000円も私のお金。私のお金をどう使おうが、私の勝手」


「時谷さん……」


 失望した。こんな人だとは思わなかった。時谷さんは冷静でかっこいい先輩だと思っていたのに……。よく言われるように、ギャンブルは人を変えてしまうのか……。


「分かりました。もう俺は知りません、好きにしてください」


「あ……ありがとう九重……!」


 時谷さんは残りの黒いチップを9の上に置いた。


「これが最後、『九重』にちなんで『九』にかける」


 こんなダジャレに10,000円も賭ける哀れな時谷さんを見て、ディーラーも心の中ではほくそ笑んでいた。


(フフ……滑稽な客だ。ここ一番の勝負でダジャレだの願掛けなどに頼るのは典型的なギャンブル下手。どんなピンチな境遇でも冷静でいられる人が真のギャンブラーなのさ)


「では、いきますよ~!」


 カラカラカラ……ストン!


「!? こ……これは……!?」


「9……!? 勝った……時谷さん勝ちましたよ!!!」


 10,000円の36倍、360,000円を手にし、俺達はカジノを後にした。



 ◇◇◇



「ちょっと時谷さん、やっぱり正確な未来が見れるんじゃないですか!」


「うん。途中のはわざと。確率は37分の1だし、何度も当ててたら不自然でしょ」


「たとえ不自然でも、当たってしまえばこっちのものじゃないですか」


「偶然ならね。でも、私達は未来から来ている。私達の行動の一つ一つが、過去を書き換えているんだよ。だから、不自然なことをしてはいけないの。言い換えると、この時代の人間に私達の行動が不自然だと思わせてはいけない」


「だから、醜態を晒してまで負けたというわけですね」


 時谷さんはギャンブルに熱くなって冷静さを欠いていたわけではなかった。逆に極めて冷静で、上手に演技をしていたのだ。


「お腹すいたね。何か食べに行こう。36万もあるし」


「やった、行きましょう!」


 俺達は夜の街に掛けて行った。


 タイムリミットまであと4日と22時間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る