第41話 バイクにて。残り3日22時間。
タイムリミットまで残り4日8時間となった翌朝、俺と時谷さんはどこへ向かおうか悩んでいた。
「うーん……。目的地の森の場所が分からない限り、どこからどうやって行けばいいか分かりませんよね」
「もういっそのこと一度チューベローズに帰ろう。そして九重が松蔭と行ったルートを同じように辿れば公共交通機関であの森まで行けるよね」
「いえ、俺達は途中馬車で移動したので公共交通機関だけでは行けません」
「そっか、そうだったね。うーん……そこを歩くとなるとさすがに間に合わない」
「壊れた車が惜しまれますね」
「仕方ない、バイクを買おう」
というわけで、時谷さんは30万円の二人乗りができる中古の中型バイクを購入した。
ブロロロロ……!
「け……結構飛ばしますね……」
「聞いた話によると、あの山脈の向こうがチューベローズらしい。だから、飛ばさないと今日中に着けない」
「あの巨大な山脈を今日中に超えるつもりですか!?」
「うん。だからしっかり捕まってて」
キイィィィィィィィッ!!! ブロロロロ!!!
「うぎゃあああ!!!」
時谷さんはすごい勢いで車を抜き去っていく。
しばらくするとバイクは公道を抜け、人通りの少ない山道へ入った。時谷さんは素人とは思えないハンドリングで峠を攻めていく。
◇◇◇
展望休憩所。山脈からの絶景が見えるベンチに、自動販売機が一つ。
「……」
激しい乗り物が苦手な俺は、今回もきっちりと魂が抜けていた。
「九重、大丈夫? はい、スポーツドリンク」
「あ……ありがとうございます……」
「ごめんね。この山脈の周りを公道でぐるっと行くより山を貫通した方が圧倒的に速いから、無理やり近道してるの」
「いえいえ……。そういえば時谷さんって、運転お上手なんですね。乗り物お好きなんですか?」
「必要だから乗ってただけ。タイムスリップは加速してる方がやりやすいから」
なるほど、だから奴らも車に乗ってタイムスリップしてたのかな。
「さあ、そろそろ行くよ。ここからは本当に道がなくなるから、今以上に揺れるかも」
「ひいい……!」
恐怖のバイクは再び発車した。
時谷さんは開拓されていない山の中を突き進んでいく。グラグラ揺れる山道では、俺は時谷さんにしがみつくので精一杯で目も開けていられなかった。
「あ……!!」
キイィィィィィィィッ!!!
「うわっ!!!!」
山の深いところで時谷さんが急ブレーキをかけた。
「ど、どうしたんですか!?」
「しっ! 静かに……。あれを見て」
「あれ……?」
時谷さんが指を差す50 m先に白い馬がいた。だがそれはよく見るとただの白い馬ではなく、頭にツノが生えている。
「あれってまさか……!」
「一角獣、ユニコーンだね。なんであんなところにいるんだろう……。幻獣の生息する場所はかなり限られているって聞いたのに」
「ふむふむ、珍しいものが見れましたね。さ、先へ進みましょう」
「九重、知らないの? ユニコーンはとても獰猛な生き物で、どんなものにもすごい速さで襲ってくるんだよ」
「えっ!? じゃあ見つかったらおしまいってことですか!?」
「うん。だから静かに。バイクを押して、少しずつ離れよう」
俺達はバイクから降り、そろりそろりとユニコーンから離れていく。
カサ……カサ……
「ゆっくりね。もう少しでユニコーンの死角になるから、落ち着いて」
「はい」
パキッ!!!!
「え」
「ごめん、枝踏んじゃった」
「時谷さん……」
「あ……ユニコーンに気づかれたみたい」
ユニコーンはがっつりこちらを見ていた。
「……九重! 乗って!!」
「は、はい!!」
ブロロロロ!!! プスー……
「え」
「ごめん、焦ってたらバイクがエンストした」
「時谷さん……」
「やばい、ユニコーンが襲って…………来ないね」
「あれ、本当だ。俺達に気づいて見ているのに追ってこない。というか、さっきから一歩も動いてなくないですか?」
「おかしいな。高次元生物学ではユニコーンは獰猛で激しい生き物だって書かれていたのに、大人しすぎる」
「なんか様子が変です、行ってみましょう!」
「九重、本気? 余計なリスクは負わない方がいいと思う。追ってこないならこのまま逃げよう」
「ですが、絶対に何か変なんです!」
タッタッタッタ!!!
俺はユニコーンのいる方へと向かって行った。
「……九重は損するタイプだね」
時谷さんも後ろからついてきてくれた。
ユニコーンの近くまできた。近距離で見るとより一層迫力がある。こんな大きなやつが鋭い角を向けて突進してくるのを想像すると恐ろしすぎる。
約10 mの距離をとり、ユニコーンを観察していると、様子がおかしい理由が分かった。
「こいつ、左前脚を怪我しているぞ……」
そのユニコーンは三本脚で立っていて、左前脚はあらぬ方向へと折れ曲がっていたのだ。
一般に馬は心臓だけで血を体内にめぐらすことが出来ないため、脚で力強く歩くことによってそのポンプの作用を補っている。したがって馬にとって脚は命そのものであり、一本でも脚に致命的な怪我を負ってしまった競走馬は安楽死の処置が取られるほどだ。
「……あの脚、次元が歪んでいる」
「え……?」
【時間の次元】と【逆時間の次元】を認識することができる時谷さんが言うには、まるで呪いのようにあの前脚の次元が歪められていたそうだ。
「誰かが故意にしたとしか思えない。きっとこの子は誰かに【空間の次元】とか【逆空間の次元】を歪められて、無理やり折れ曲がった状態にされている」
「次元の歪み……? それなら、俺が触れば元に戻るかも!」
「九重、流石にこれ以上近づくのは危ない。離れて」
ザッザッザッ!
俺は時谷さんの忠告を無視し、ユニコーンに近づいた。
ザッ!! ドドドドド!!!
俺が近づいた瞬間、ユニコーンは怒りを晒しだすように三本の脚で踏み込んで俺に猛突進してきた。
「時よ止まれ!!!」
ズドーーーン!!!!!
時谷さんは時を止め、俺をユニコーンの進路から救出してくれた。勢い余ったユニコーンは角を木に突き刺してしまい、動けなくなってしまった。
「九重、今がチャンス」
「は……はい!」
俺は木に刺さったユニコーンの脚に優しく手を触れた。
すると、ユニコーンの脚の次元は修復され、元に戻った。
メシメシ……!! メシメシ……!!
脚の怪我が治ったユニコーンは地面を踏みしめ、木から抜けようともがいている。
「角が木を貫通してしまう……! 九重、もういいでしょ、急いでバイクに戻って!」
「はい!」
タッタッタ!!! ブロロロロ!!!!
俺達はユニコーンが木から抜け出す前になんとかバイクで逃走した。
◇◇◇
夕方。峠も超え、赤い夕陽に照らされながら山を下る。開拓された穏やかな道に出た頃、時谷さんが俺に話した。
「九重はもう少し先輩の言うことを聞くべき。今日はかなり危なかった」
「すみません……」
「助けることは悪いことではない。でもリスクを伴ってまでするべきことなの? 見ず知らずの人や動物がそんなに大切?」
「……俺は自分のことしか考えていません。ただ……助けなければ、モヤモヤが残るんです。助けられたのに助けなかった、それを繰り返していくと自分が嫌いになっていくような気がして……。でも、今日は時谷さんがいなければ殺されていたので、俺の行動は間違っていました……本当にすみませんでした」
「……」
時谷さんは俺の言葉を聞いた後、何かを思い悩むように話さなくなった。
「……あ! 時谷さん、あれって……!」
「うん、チューベローズだね。今日中に着いて良かった」
懐かしい学園が見えてきた。この時代では俺は指名手配ではないし、気楽に立ち寄ろう。
タイムリミットまで残り3日と22時間。
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