第37話 フローズン・タイム その③

「な……なんで時谷も『次元の杖』を持っているんだ……!? 『次元の杖』は高次元世界に3つしかないんだろ……!?」


「私が聞きたい。『次元の杖』を持つということは、大きな覚悟と使命、そして責任を背負うということ。それをどうして九重が持っているの」


「俺は拾ったんだ。赤砂寮の近くの池の底に落ちてた」


「ありえない。私は残り2つの『次元の杖』の持ち主のうち、1人の名前を知っている。もう1つの持ち主の名前は知らないけど、ずっと前に誰かが持っているという情報を聞いたことがある。つまり、その2人のどちらかが死んでいなければ、九重が持っているはずがない」


 『次元の杖』の持ち主は死なない限り変わらない。


「じゃあ4本目があったんだ。それでいいだろ」


「……そんな適当な話ではない。九重は高次元世界を舐めている。私は先輩として、後輩をこれ以上こっちの領域に足を踏み入れさせないためにここで倒さなければならない。……時よ、止まれ……!!」


 カチカチ……カチ…………カチ……


 カチ…………カチ……カチカチ……


「う……うまく時を止められない……!」


 時谷は能力が使えなくなっていた。その理由は大きく2つ。1つ目は時谷自身の問題。時を止めるというのはマナを大量に使う能力であり、何度も乱発できるものではない。雪夜との戦闘のダメージが大きかった上、お腹の痛みなど心身もだいぶ疲労していたことも要因の一つである。2つ目は近くに『次元の杖』を握り、『次元の歪みを修復させるマナ』を強く顕在化させつつある俺がいたからだ。


「……時谷、確かに俺は高次元世界についてまだ何も知らない。もしかしたら舐めているのかもしれない。でも、『次元計』を破壊してしまった俺がこの世界で生きるためには、高次元世界の真実を明らかにして、自分の行為に対する責任をとらなければならないんだ」


「……その真実は、九重が想像できないほど残酷だと思うよ。これ以上進んでしまえば、もう後戻りはできない。九重にはそれだけの覚悟があるの……?」


「俺の行動が正しいのか間違っているのかはまだ分からないけど、覚悟ならできている。だから俺は迷わずにどんな追手からも逃げるし、迎撃する。俺がこの高次元世界で生きるために!」


 パシッ!!! シュルシュルッ!!


 俺は弱々しく握っていた時谷の杖を弾き飛ばし、精いっぱいの覚悟を示すように時谷の顔へ杖を向けた。


「……!! …………分かった。私は九重からは身を引く。でもお願い……これ以上時空を破壊しないで。あと、私は先輩だから敬語」


「分かりました。約束します」


 時谷さんは俺の言葉を聞き、哀愁の漂う笑みを浮かべた。



 ガサガサッ!! シュタタタタタタ!!!



「拾った!!! 時谷未来のマナをたっぷり吸収した『次元の杖』をついに手に入れてやったぞ! これでタイムマシンが完成する! あの忌まわしい過去を変えられる!!!」


「「!?」」


 突然の出来事だった。謎の男達が飛ばされた時谷の『次元の杖』を拾い、すたこらさっさと逃走していった。


「じ……『次元の杖』が……!! いけない……た……大変……!!」


 時谷さんは一気に顔が真っ青になり、冷静沈着だったこれまでとは全く打って変わって深刻なパニックに陥っていた。


「落ち着いてください! とにかく追いましょう!!」


「う……うん」


 俺達は逃走する男達を追った。時谷さんは時を止めて追おうとしたが、更に精神状態が揺さぶられたこともあり、うまく能力を発動できなかった。


 男達は隠してあった車に乗り込み、すぐに発車。


「だ……だめ!!!!」


 ブロロロロ!! シュバーーーーンッッ!!!!!


 そしてその車は、まるで時空を超えたかのように勢いよく消失した。


「あ……あああああああああ!!!!!」


 時谷さんは絶望したようにその場に跪く。


「だ……大丈夫ですか……?」


「あ……後を追わないと……彼らの行った過去へ……!」


「か……過去だって……!? そんなことが可能なんですか!?」


「私のマナがあれば……。じゃあ行ってくるね……」


 時谷さんは深刻そうに車へ向かった。

 何がそんなに絶望的なのかはこの時の俺には分からなかったが、その孤独な後ろ姿は放っておけなかった。


「待ってください! 俺も連れて行ってください!」


「え……? ううん……来たらだめ。必ず後悔するよ」


「覚悟はできているって言いましたよね! 絶対に後悔しません。お願いします!!」


「……分かった。確かに九重の能力は味方なら心強い」


「ありがとうございます! あ……でも雪夜は……」


「松蔭はマナと体力が相当消耗しているから、連れていけない。安全なところに寝かせておこう」


「寝かせておくって、そんなの危険すぎませんか!!」


「大丈夫、私達が行くのは過去。帰りはまたこの時間に戻ってくればいい」


「俺達が出発して帰ってくるまでに掛かる時間は実質ゼロだから、雪夜は安全だということですね。分かりました」


「問題は九重の能力……。タイムトラベルは【時間の次元】と【逆時間の次元】を歪めて行くから、九重の能力は弊害になる。せめて杖は置いて行って」


「はい」


「じゃあ、車へ」


 雪夜を安全そうな場所で寝かせ、俺達は時谷さんの車に乗り込んだ。


「タイムトラベルには相当のマナを消費する。でも、今の私にはもうそれだけのマナは残っていないから、この車に溜めていたマナを使う」


「車にもマナって溜めれるんですね……。そういえば、あの男達が行った過去がいつなのかって分かるんですか?」


「うん。【時間の次元】の揺らぎから推測できる。……大体5カ月前だね」


 ブロロロロン!!!


 エンジンをかけ、出発する。


「じゃあ時間を飛ぶよ……勢いすごいから、しっかり捕まってて」


「は……はい……!!」


 ブロロロロ!! ドドドドド…………シュバーーーーンッッ!!!!!


 こうして俺達は、謎の男達から時谷さんの『次元の杖』を取り戻すためにタイムトラベルをすることになった。




 ……そして、俺はこの出来事で高次元世界の残酷さを思い知り、未来永劫心が締め付けられることになる。

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