第35話 フローズン・タイム その①

「いつの間に後ろに……!? ありえませんわ……さっきまで時谷は確かに車の中にいて、闇で飲み込んだはずですのに……!」


「……」


 雪夜は時谷のこの不可解な能力に酷く恐怖していた。人間における恐怖の本質は『分からない』ということなのだ。


 ガタガタ……


(いけない……体の芯が震えていますわ……。ですが、この謎の能力に立ち向かって何が起こっているのかを見極めなければ……!)


 雪夜は覚悟を決めた。雪夜が纏う青色のマナはサファイアのように輝きだし、周囲の闇を一層強めた。この闇は相手を感知するセンサーとしての役割と、精神を攻撃する役割を同時に担う。


 闇も1つの次元であり、生命、エネルギー、空間、そして時間の次元と互いに作用している。時谷とはいえ、気を抜いたら全てを支配されるような、そんな強烈な時空が周囲を覆っている。少なくとも、この歪んだ時空では能力を簡単に発動することはできない。


「……!!」


 ザザザッ!!! シュドドド!!!!


 周囲の時空を支配しながら、更に雪夜は意識を失いそうになるほどの闇を自身に纏い、時谷に攻撃をしかけた。

 これは通り魔事件以来、初めてのことだった。この状態の雪夜は心を失う代わりに身体の限界を超えた力が出せる。


 時谷は【時間の次元】を使って時空を歪め、【闇の次元】に心が侵されるのをなんとか食い止め続けた。さらに闇で増強された雪夜の猛攻を、未来を見ることでギリギリかわしていた。


「……っ!!」


 もちろん、時谷には全く余裕がなかった。一瞬でも気を抜いてしまうと心がぐちゃぐちゃになる時空で、最強ボクサー以上の攻撃をかわし続ける必要があったのだ。例えるなら、超難解の問題集を解きながらリングに上がってチャンピオンと戦っているようなものだ。


 しかし、それ以上に限界が近づいていたのは雪夜だった。もともと深夜の間、何時間も広範囲にセンサーとしての闇を覆わせていたことでマナがだいぶ削られていたのに加え、今は時谷の能力を封じるほど強い闇で時空を支配し、身体の限界を超えた動きで攻撃しているのだから、マナも体力も精神も信じられない速さで削られていた。


「はあ……っ……はあ……ッ!!」


 ザザザッ!!! シュドドド!!!!


(攻撃が……当たらない……! もう……精神がどうにかなってしまいそうですわ……!)


 辛うじて意識を保っていた雪夜だが、その体温は尋常でないほど上昇しており、発汗・呼吸・心拍数は明らかに異常だった。


(せめて……せめて一撃でも……少しでも糸が有利になるために何かしなくては……!!)


「はあああああああ!!!!」


「……っ!!」


 シュドォォォォォォォン!!!!!!


 雪夜の執念の拳が、時谷のお腹に深くえぐり込み、吹っ飛ばした。


 バキッ!!!!


 飛ばされた時谷は背後の木に衝突し、木が折れるほど強くぶつかった。


「はあ……はあ……」


 すでに限界を超えていた雪夜はフラフラと時谷のもとへと歩み寄った。


「……これで……トドメ……ですわ……」


 雪夜は倒れそうな体を必死に抑えながら、最後の力を振り絞ってトドメを刺す体勢をとった。


(いけない……このままだとこの子のマナが尽きてしまう)


 雪夜がトドメを刺そうとした一瞬、時谷の纏う紫色のマナはアメジストのように強く光り輝いた。



 カチカチ……カチ…………カチ…………


 シュンッ!!



(……!! また消えた……!? 一体何が……!)


 バチバチッ!!!!!


「あああっ!!」


 一瞬で雪夜の後ろに回り込んだ時谷は、スタンガンで雪夜の首へ電気ショックを流した。


(周囲の闇で感知していましたが……時谷は今……一瞬で不連続な時空へと転移した…………。……時谷は【時間の次元】と【逆時間の次元】の超能力者………………まさか……彼女は時間を………………こんなの……勝てるはずがありませんわ…………糸……逃げ……て…………)


 バタッ……


 雪夜は意識を失い、地面に倒れた。


「はあ……はあ……ふう……」


 時谷は極限の緊張状態から一息つき、攻撃されたお腹を苦しそうにさすっている。


 ガサガサッ……


「!! 九重糸……起きていたの……」


 俺はさっき、二人の戦闘の物音で目を覚ました。そして急いで駆けつけ、時谷が能力を発動し雪夜がスタンガンで攻撃されるところをしっかりと目の当たりにしていた。


「雪夜……ありがとう……。戦う前に、時谷の能力を知ることができたよ」


 ザッザッ……


 俺は一歩一歩、時谷に近づいていく。

 そして、時谷に指を差し、宣戦布告をするように言い放った。


「時谷、お前の能力は『時を止める』能力だ! 時が止まった世界で動くことで瞬間移動しているんだ!!」


「うん、そうだよ。一瞬しか見ていないのによく分かったね。でも私は先輩、呼び方は『時谷先輩』か『時谷さん』」


 時谷は苦しそうだった表情を隠し、再び戦闘モードに戻った。


「残念ながらそんな敬意は1ミリもない。あるのは今すぐお前をぶっ飛ばしたいという欲求だけだ」


 ザッザッ……


 俺は一歩、また一歩と時谷に歩み寄る。


「……松蔭が勝てなかった私に、本気で勝てると思ってるの」


「分からない。だが雪夜が限界を超えて戦ってくれたのに、俺だけリタイアするわけにはいかねえだろ」


「それ、ギャンブルで失敗する考え方。時には引くことも大切だということを教えてあげる。……時よ、止まれ」


 カチカチ……カチ…………カチ…………


 時谷だけの世界が時空を覆った。

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