第34話 パ・チンコ その②

「おいらは【時間の次元】の能力者。2秒先の未来の景色が見える! つまり、未来の君へめがけてパチンコを撃てば、必然的に命中するというわけでやんす!!」


「未来を見るですって……!? ですが、次元を修復できるマナを持つ糸の未来は見えないのでは……!」


「おいらは別に次元を歪めているわけではないでやんす。ただ未来を見ているだけ。つまり、九重糸の能力はおいらには通用しないでやんす!!」


(俺の能力は時空を歪めない相手には無力なのか……!)


「こりゃ尻口の勝ちだな」ざわざわ


「パチンコ使い強え~!」ざわざわ


「くそっ、俺は九重に賭けちまった。今日は負けだな」ざわざわ


 ギャラリーも尻口勝利のムードになってきている。


(どうやったら勝てる……? 相手は未来を見る遠距離スナイパー。というか、未来を読まれてしまえばどんな作戦も全て無意味なのでは……)


 もはや最強。チート。時空を超越している。

 そう考えるうちに、戦いとは別のことが頭によぎった。


(【時間の次元】の能力者がこの強さなら、【時間の次元】の超能力者は一体どれほどの能力を持っているんだ……。あれ、まてよ……予知能力……? その予知は俺にも有効……ということは、俺達を追跡している人物って……!)


「既に盤面は詰んでいるでやんす! 降参して大人しく学園に出頭してくれるなら、トドメは刺さないでやんす!」


 俺達の居場所を特定している超能力者の目ぼしはついた。しかし、ここで負けてしまったら意味がない。


「グダグダしていると、玉を発射してその鼻をへし折るでやんすよ!!」


 15 m先にいる尻口は俺に向かってパチンコを構える。放たれたら最後、もう避けられない。


(……くそっ……ここまでか……!!)


 誰もが尻口の勝ちを確信していた。しかし、一人だけ俺の勝利を信じている者がいた。


「諦めないでください!! 勝機は必ずありますわ!!」


「……!!」


 俺は地面の砂をめいっぱい掴んだ。


「砂を投げておいらの目潰しでもするつもりでやんすか? 無駄でやんすよ! おいらと君の距離は15 m、砂を投げたところで風に流されて散るだけでやんす!」


 俺は掴んだ砂を自分に向かってばらまいた。

 すると砂煙が舞い上がり、俺の存在を隠した。


「なるほど、目つぶしではなく煙幕で自分自身を隠す作戦だったでやんすか。諦めが悪いでやんすね。でも、所詮ただの悪あがき! 砂煙なんて待てばすぐに収まるでやんす!」


「ふふ……例え未来を見られるほどの目であっても、それが人間の目である限り盲点はあるんだぜ」


「何をほざいているでやんすか。さあ、霧が晴れた瞬間がお前の最後でやんす」


 尻口は砂埃の陰となっている俺を一点に見つめ、パチンコを構える。


 そしてその一点に集中して視野の狭まった目は、上から降ってきている杖には気がつかなかった。


 ヒューーーーーゴツン!!!!


「痛ああああ!!!!」


 杖は尻口の頭に直撃。俺は尻口がひるんだ一瞬を逃さなかった。


 タッタッタ!!!! ドーーーーン!!!


 尻口を押し倒し、拘束した。


「し、尻口戦闘不能!! 勝者、九重!!!」


 ウオォォォォォォォォッ!!!


「く……卑怯でやんす……!! 男の勝負なのに、砂煙の中で空に向かって杖を投げていたなんて……!!」


「すまんな」


 俺はそれ以上何も言わず、ポケットに手を突っ込み風に服をなびかせながら雪夜を連れて立ち去った。


「……でも……逆境で奮い立ち、信じてくれている人のために泥臭くても勝ち抜く。それも男かもしれないでやんすね……」


 尻口からは戦意が消え、ふっと乾いた笑みとともに目を閉じた。



 ◇◇◇



「え!? 追跡者の正体が分かったですって!?」


 街を出て山道を歩いている時、俺は雪夜に追跡者のことについて話した。


「まだ確証はないけど、尻口と戦って思ったんだ。俺達を追跡している超能力者は、おそらく【時間の次元】と【逆時間の次元】の超能力者、時谷未来だ」


「ですが、一体どうやって……。少し先の未来が見えるからといって、どうしてここまで私達の行動が正確に分かるんですの……?」


「きっと時谷は過去も未来も見えるんだ。それも何時間も後先を。まず初日、バス停で過去を見て、俺達が駅へ向かったことを確認。そして次に駅で過去を見て、俺達の買った切符や行動から次に通った場所を特定した。これを繰り返して俺達が通った場所の過去と未来を見ていくことで、完璧に追跡されていたんだ」


「そんな。2秒先が見える尻口ですら強敵でしたのに、何時間も先の未来が見える相手に勝てるのですか……?」


「分からない。でも、時谷を倒さない限り学園からの追撃者は後を絶たない。だから、一刻も早く時谷に対面して倒す必要がある」


「ですが、時谷は未来と過去を自在に見れるのですよね。一体どうすれば対面できるのですか?」


「何もしなければいいんだ。いくら時谷とはいえ、見られる未来と過去の長さは無制限ではないはず。そして、時谷は過去を見るために俺達の通った場所に行く必要がある。だから、俺達が12時間……24時間と同じ場所にずっといれば、いつかは追跡してきた時谷に対面できるってわけだ」


「なるほど、時谷はその場所の未来しか見えないので、いずれは私達の場所へ来るというわけですね」


「問題は四六時中俺達のどちらかは起きておく必要があるということだな……。寝ているときに来られたらゲームセットだし」


「でしたら糸は昼を、私は夜を担当しましょう」


「いやいや、俺が夜を担当するよ。雪夜に無理はさせたくない」


「無理ではありませんわ。主役は糸、私は補助です。飛車が取られても王が取られなければ負けではありません。どうか糸は万全の態勢でいてください」


「雪夜……」


「ということで私は今のうちに寝ておきますわ。夜になったら起こしてください」


 雪夜は寝袋にくるまり、すやすやと眠り始めた。


(これまでの追手の速さからすると、少なくとも時谷は夜明けまでには来るはずだ……)


 俺は集中して身構えていたが、深夜になっても時谷は来なかった。




「糸、お疲れ様です。交代ですわ」


 深夜遅く、寝起きの雪夜が交代を告げた。


「いや、俺はもうちょっと起きてるよ。そろそろ来る気がするんだ」


「ダメですわ。さっきも言ったでしょう、貴方が倒れたら私達の負け。それとも、私が信じられませんか?」


「……分かった。じゃあ少しの間だけ頼む……」


「安心して、ゆっくり休んでいてください。おやすみなさい」


 雪夜と見張りの当番を交代し、俺は寝袋にくるまった。


(……夜明けまでには必ず来ますわ。闇を張り巡らせて、人の気配に集中しましょう)


 雪夜も時谷がそろそろ来ることを察していた。そのため雪夜は半径500 mの闇のセンサーを常に稼働し、夜中ずっと一時も休まずに時谷を迎撃する姿勢をとる。


 午前1時……


 午前3時……


 そして夜空に朝焼けが映り始めた午前5時前。


「!! 500 m北西に人の気配がしますわ!」


 雪夜は寝袋で寝ている俺を確認し、覚悟を決めて北西へ向かった。


 ザッザッザッ!!


 出来る限り物音を立てないように人影に向かって物凄い速さで忍び寄る。


 そしてその気配の先には、車を運転した紫髪の少女がいた。


 ブロロロ……


(あれが【時間の次元】の超能力者、時谷未来……! 未来を見る間もなく、一瞬で闇に葬って差し上げますわ!!)


 電光石火。雪夜は闇のパワーを全開にし、凄まじい威力の闇の攻撃を放った。


(このタイミング……もう絶対に避けられませんわ!!)


 シュドォォォォォォォン!!!


 漆黒の闇が時谷の乗っている車の周辺の時空を包み込んだ。この闇をくらえば心身が砕かれ、いくら超能力者でも戦闘不能になるはずだった。


 

 しかし、闇が晴れた後に車内を確認すると、そこに時谷の姿はなかった。



(消え……っ!? 車を降りるところは見えなかったのにいつのまに……!?)


「……松蔭雪夜」


「!?」


 すぐ後ろから声がした。


 紫色に輝く朝焼けの下で、二人の超能力者の戦闘が始まった。

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