第30話 オンセン・ピーピング

「チューベローズから来たのかい!? おやまあ、それはご苦労さまだねえ」


 村に到着した俺達は村の民家にお邪魔していた。

 もうすでにチューベローズからはかなり離れた場所だ。


「いきなり訪れたにも関わらず、泊めて頂いてありがとうございます。お礼はもちろん……」


「お礼なんてよしてくれよ。おばさんは若い子とお話できるだけで幸せなのさ。ほら、温かいスープだよ」


「ありがとうございます! いただきます」


 コーンの入ったクリームシチューとパンをいただいた。

 雪夜が安心して食べているということは、この人は闇を持たない優しい人なのだろう。


「それにしてもこの村に何の用だい? ま、十中八九ここに来る人の目的なんざ決まっているけどね」


「いえ、目的は特に……。この村に何かあるんですか?」


「あら、知らないのかい。だったら丁度いい、今からでも行っておいでよ!」


 俺と雪夜はなんのことかわからず、顔を見合わせた。



 ◇◇◇



 ポチャン……


「すげえ……!!」


 丘の上にこの村名物の露天風呂があった。

 地上の明かりの少ない村の星空は本当に綺麗。


「ふぇっふぇっふぇ。気に入ってもらえたようじゃの」


「あ……あなたは……」


 露天風呂にはおじいさんが浸かっていた。


「ワシは長老じゃ。ふえっふえっふえ、お主、何かを知りたそうな顔をしとるの」


「え……!? どうしてそれを……」


 そう、俺は次元計とこの高次元世界の真実が知りたいのだ。


「ふぇっふぇっふぇ、ワシの若い頃の顔によう似とるからのう。……教えてやろうか」


「何か知っているんですか……!? 是非教えて下さい!!」


「ついてきなさい」


 まさかこんな簡単に次元計の情報が得られるなんて。

 俺は長老についていった。


「ここじゃ」


「ここ……?」


 俺は長老の指を差す穴を覗いてみた。


 すると……


 女子風呂がよく見えた。そこには丸裸の雪夜が……


「って!! ただの覗きスポットじゃねえか、このエロジジイ!!!」


「え? 覗き場所を知りたかったんじゃないのかの?」


「ちげーよ!!!」


 どうかしてた。こんなエロジジイが次元計のことを知っているはずがない。


 ポチャン……


 俺と長老は再び湯に浸かる。

 少し気まずい空気の中、長老は口を開いた。


「……お主、あの子と付き合ってんの?」


「中学生か!!」


 なんだこの長老。全然長老じゃねえじゃん、もはや思春期……!


「……お主、童貞かの?」


「もういいわ!!!」


「ま、後悔しないことじゃな。この高次元世界は一つの世界を犠牲に作られた世界じゃ。いつ神の祟りに遭うか分からんからの」


「一つの世界を……犠牲に……?」


「その世界の次元を無理やり道具に埋め込み、奪ったんじゃからな」


「え……その道具ってまさか……!?」


「……」


 長老は喋らなくなった。


「ちょっと! 教えて下さい……その道具が次元計なのですか……!?」


 俺は長老の肩に触れた。その瞬間……


 パシュゥゥゥゥン!!!!!


 長老の体は透け、輝き始めた。


「え……!?」


「これで……これでやっと解放されるわい……。ありがとう、少年……」


「解放……? 何言って……」


 長老の体は天に昇って行った。


「おい……!! ちょっと待って……」


 温泉はまるで何もなかったかのようにユラユラと波を立てていた。



 ◇◇◇



 その頃、女湯にて。

 広い露天風呂には雪夜が一人浸かっている。


「気持ちがいい……。しかし、残念ですわ。一人で貸し切られたらもっと落ち着けましたのに」


「……」


「出て来なさい。そこにいるのは分かっていますのよ」


「ケケケ……バレてしまっちゃしょうがない」


 ザッ


 服をきた男がどこからか姿を現した。


「貴方、2つルール違反をしていますわよ。1つ目は、温泉は服を着て入ってはいけないということ。そして2つ目は……男は女湯に入ってはいけないということですわ!! この変態、闇に包まれて反省なさい!!」


 雪夜は闇で男に攻撃をしかけた。

 しかし、男は再びどこかへ消えた。


「手ごたえがない……!? 彼は一体どこへ……!!」


「ケケケ……! おめえ、俺が透明マントでも纏っていると思ったのか? 全然違うね!! 俺は【逆空間の次元】の能力者、山寺だ!! 『次元のカケラ』を持った俺は、『逆空間』へ自在に入ることができる!!」


「逆空間……? なんですの……それは……」


「ケケケ、教えてやろう。逆空間は実空間に隠れたいわゆる『影の空間』!! 俺が逆空間に入っている間、貴様らは俺が見えないし、攻撃もできない!! 覗きをしようが、犯罪をしようが、無敵状態なのだ!!」


「何と外道な能力ですの……! 闇のセンサーで位置は分かりますのに、闇の攻撃が当たらない。まるでテレビの中に逃げられたかのような感覚ですわ……!!」


「ケケケ……! じっくりとお前の裸を堪能した後、のぼせたところを捉えてやるぜ!!」


「この外道が……!」


 雪夜は肩までお湯に浸かって体を隠すが、既に十分以上浸かり続けている。のぼせるのも時間の問題だ。


「……貴方、馬鹿じゃありませんの? 私がこの場所で倒れるまでお湯に浸かっているとでも?」


 スイスイ……


 雪夜はお湯に浸かりながら、スイスイと場所を移動した。


「貴様……ッ!! そっちに行ってしまうと、この角度からお前の裸が見えなくなっちまったじゃねえか!!」


「私から貴方がテレビのように見えるのなら、逆もしかり。貴方も私のことをテレビのようにしか見えないということですわ。ということは、少し場所を移動するだけで見えなくなってしまうということです」


「クソッ!! こうなりゃ見える角度の逆空間に移動するだけだ!!」


 山寺は別の逆空間へ移動するために一瞬実空間へ姿を現した。


「出てきましたわね、実空間へ!!」


「しまった……!! ぎゃあああああああああ!!!!」


 山寺は闇に侵されてしまった。


「……やれやれですわ」


 雪夜は失神した山寺の服を脱がせ、男湯へ放り投げた。




「んっ!?!? 女湯から男が飛んできたぞ!?!?」


 バチャーーーーン!!!!


「……フン、これでルールは守ったことにして差し上げますわ」



 ◇◇◇



 おばさんの家に再び戻り、一晩休んだ。

 そして翌日。


「おやまあ、もう行ってしまうのかい。気を付けてね」


「あの……最後に一つお聞きしたいのですが、この村に長老っていらっしゃいますか?」


「いたんだけどねえ……つい1カ月前ほどに無くなったんだよ。元気で面白い人だったが、突然のことだった。でも、最期に苦しんだりせずピンピンしているときにコロンって逝っちまうのが一番幸せなのかもね」


(やっぱり……。きっとあれは、この世界の次元が歪んでいるせいで【生命の次元】の魂だけが彷徨っていたのかもしれない……)


「変なことを尋ねてしまいすみません。大変お世話になりました。それでは」


 俺達の旅はまだまだ続く。

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