第29話 バグズ・フレンド

 駅から降り、自然に囲まれた道を進んでいると村が見えてきた。


「糸、あそこに村がありますわ! 今夜はあそこで宿を探しましょう」


「ああ、そうだな」


 もう日も暮れているし、丁度いい。


「それにしても、やはり夏は夜ですわね。この落ち着いた緑と綺麗な星空が尊いです」


「俺も自然好きだよ。……人と違って自然は裏切らないからな」


「あら、そういう視点でいうと私は怖さを感じますわ。自然は0。彼らはいじめてくることも助けてくれることもないのですから」


「それがいいんじゃないか。……お、木にクワガタついてる」


 俺はクワガタをひょいっと持ち上げた。


「ぎゃあああ!! 何をしていますの! 早くお返しなさい!」


「もしかして、雪夜って虫苦手?」


「苦手に決まっていますわ!! そんなのツノの生えたゴキブリですわ!! さあ早くあちらへ!!」


 雪夜が手をブンブンと振り回す。


「はいはい。じゃあな、クワガタさん」


 俺はクワガタを木に戻した。


「ゴキブリといえば、30 cmのゴキブリ1匹と3 cmのゴキブリ10匹だったら後者の方が嫌だよね。なんでだろう……」


「どっちもえぐキモイですわ!! 変な話をしないでくださ……」


 雪夜の鼻の上に、大きな蜘蛛がぶら下がってきた。


「が……あ……あ……」


 雪夜はよろよろと倒れる。


「おーーい!!」


 俺が雪夜の肩をゆさゆさと振ると、雪夜は正気を取り戻した。


「はっ!? あまりのキモさに一瞬気を失っていましたわ」


「それにしてもこの蜘蛛、でっかいな……」


 その蜘蛛は丁度手のひらくらいの大きさだった。


「い……糸……!! あそこ……!!」


 雪夜が俺の腕をぎゅううっと握りながら指をさした方には、これまた大きなカマキリがいた。というか、よくよく見ると俺達はたくさんの大きな虫に四方を囲まれていた。


「なんだ……!? 明らかに不自然だぞ……まさか!!」


「きゅふふふふ!! その通り、これは自然じゃない。わたちが仕組んだものよ!!」


「だ、誰だ!?」


 ザッ!! スタッ!!!


 ワイルドな少女は、木の上から降って来た。


「きゅうふふふふ!! わたちは小金井! チューベローズ2年の【生命の次元】の能力者でちゅ!! この虫達の生命を操って、貴様らの足止めをさせたのよ!!」


 気が付けば周囲の虫は100匹を遥かに超えていた。

 雪夜は既に絶望を超えたような顔で、意識を保つのが精いっぱいのようだ。


「くっ、こうなったら俺の杖で!!」


 俺は必死に杖を振る。


 パチン!!


 杖は一匹の虫にヒットした。その虫は大きなカミキリムシ。


 ブーーーン!! ……ガジッ!!


「あいたっ!?」


 カミキリムシは俺の腕に噛みつき、飛んでいった。


「きゅふふふふ!!! 確かにあんたがこの虫達に触れられれば【生命の次元】の歪みは修正されて、虫は正気を取り戻すわ。でも、それは普通の虫に攻撃しているようなもの! 攻撃的な虫に攻撃すると、反撃されるにきまっているでちょ!! どう? 次はスズメバチにでもやってみりゅ?」


「くそっ!! ダメだ、それもあるけどそもそも全部の虫に杖をぶつけるのがまず無理……!! 雪夜、【闇の次元】でなんとかならないか?」


「すでにやってますわよ!! でも虫たちは全くの無機質で闇を感じませんの!! 小動物ならともかく、虫に闇は使えませんわ!!」


「きゅふふふふ!! さあ、追い込んでやったわ!! わたちが指を鳴らした瞬間、落ち着かせている虫達の闘争本能が一気に上がりゅの。理事長サマに貰ったこの『次元のカケラ』の力で、わたちがあんたらにこの旅に終止符を打ってあげまちゅわ!!」


 虫達が一歩一歩と迫ってくる。


「……小金井、お前は虫が好きなのか?」


「あたりまえでちょ! わたちは虫がだーいちゅき。この子達もわたちが一生懸命育ててこんなに大きくなったのよ!」


「そうか。じゃあこんな作戦をして心は痛まないのか?」


「なに? わたちの慈悲の心を煽っているちゅもり? 何を言われようとわたちはあんたを倒す。別に虫達と協力することに罪悪感はないわ!」


「違う。その虫達はどうなるんだって言っているんだ! 俺達を倒したとしても、虫達の闘争本能は収まらず、そのまま虫達同士で殺し合うんだぞ!!」


「あ……」


「貴様は理事長にそそのかされて、冷静ではなくなっているんだ!! この方法だと虫はお互いを傷つけあう! お前は理事長のためなんかに虫の命を捨てようとしているんだ!!」


「わたちは……一体何を……」


 昔からいじめられっ子だったわたちの遊び相手は虫しかいなかった。虫はわたちをいじめない。でも、虫だってちゃんと生きている。頑張って生きている。


 そんな虫の心を理解したくて、毎日虫のことを考えた。顔や行動を観察して、色んな虫を調べた。そしていつしか、虫の心がイメージとして分かるようになった。わたちは【生命の次元】の次元の能力者になったのだ。


 それからわたちと虫はもっと仲良くなった。虫がして欲しいことが分かるもの。その通りにお世話すると、虫は大きくなっていく。そして、虫達の『ありがとう』という感謝の心も聞こえるようになった。


『小金井くん。君の虫への愛情と姿勢は素晴らしいものだ。是非、その虫達と一緒に輝かしい栄誉を手にしてみないか?』


 理事長はわたちと虫達の関係を褒めてくれた。虫と一緒に九重を倒せたら、わたちは大好きな虫と一緒に皆から認めてもらえるんだって。そんな甘い話に心が乗った。


「違うわ……!! 理事長はわたちと虫達を利用していただけだった……!!」


 パチン


 小金井が指を鳴らすと、操られていた虫達は正気を取り戻した。そして虫達は小金井のところへと寄り添っていった。


「ごめんなちゃい……わたちは取り返しのつかないことをしようとしていたわ……あなたたちを殺ちてちまうところだった……!」


『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』……


「あんたたち……!! わたちからもありがとう……。これからも一緒にいようね……」


 俺は小金井が虫達と戯れる様子をほんわかと眺めていた。


「あんた、ありがとう……。わたち、二度とこんな過ちは犯さないわ」


「ああ。やっぱり自然は0じゃないんだな。優しくすれば、優しく応答してくれる。なあ雪夜……って」


 雪夜は立ちながら白目を剥いて気を失っていた。


「雪夜おおおお!!!」


 俺は雪夜を担いで村へ向かおうとした。


「あんた、待ちなさい。わたちの知っている情報をおちえてあげるわ。わたちがあんたの居場所が分かった理由は、あんたたちの居場所が1日に数回、リアルタイムで情報として流れるからよ」


「リアルタイムだって!?」


「そうよ。わたちも詳しくは知らないけど、3人の超能力者のうちの誰かが発信しているらしいわ」


 3人の超能力者とは朝日さん、弥生心乃、時谷未来の3人。


「わかった。ありがとう」


(超能力者か。一体どんな能力で居場所をつきとめているんだ……)

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