第11話 犠牲者
その後、俺と雪夜は怪我人のもとへ謝罪回りに行くことにした。
「5……5000万円!?」
「あら……足りませんでしょうか? でしたらもう5000万を引き出しに……」
「いや足りる足りる! ……全く、俺に冷たい目で1万円札を渡してきた時とはえらい違いだな」
「もうあのことについては何度も謝ったでしょう! 忘れてください!」
今となればよく分かったが、雪夜は心に強い正義を持っている。そのため悪と判断したらどこまでも冷酷になるが、敬意を抱くとどこまでも誠実に接する。他人に流されることのない、芯の強い人間。
「食事街の人の話によると、怪我人はみんな水仙道駅の近くにある病院で入院しているそうだ。バスに乗って駅まで行こう」
「……みなさま、大丈夫ですわよね? もしものことなんて……起きてませんわよね……?」
「話を聞く限り魚屋のおっちゃん以外の3人はそんなに重症ではないみたいだ。……ちょっとおっちゃんが心配ではあるけど……」
雪夜は深刻そうにうつむく。
「きっと大丈夫だよ。おっちゃん図太そうだしさ」
◇◇◇
不安を抱えながらも、俺達は病院へ到着。おっちゃんの病室へ向かった。
「えーっと、おっちゃんの病室は……ここだな」
雪夜はキュッと俺の腕の袖を掴む。
「……もしものことがあったら私は…………」
「大丈夫だって。ほら、開けるぞ」
平静を装ってはいるが、俺も本心はかなりドキドキしている。
容態についてはここに来るまで誰からも聞いていない。
どのような状態にあっても、受け入れなければならない。
「じゃあ、行くよ」
ガラガラガラ……
白い病室。
白いベッド。
そして、そこに寝ていた男の顔には……白いハンカチがかけられていた。
「…………うそ……だろ……」
「いや…………いやああああああ!!!」
雪夜が俺の腕を締め付ける。
「おっちゃん……おっちゃん!!!」
「フンッ!!!!」
男の顔にかけられていたハンカチが、ひらひらと舞う。
「イエーイ!! 今回は結構飛んだぜ! 最高記録だ!」
「「は?」」
「お! 魚売りの兄ちゃんじゃねえか! もう一人は……って、あーー!! 俺を襲った通り魔だ!!」
「おっちゃん……何してんだ……?」
「ああ、顔にかけたティッシュを鼻息でどこまで飛ばせるかゲームさ。全身固定されて動かせねえから、顔だけで遊べるゲームを考案したわけよ」
「紛らわしいんだよ!! バカ!!」
「はぁ…………」
雪夜は力が抜けていき、ヘロヘロと座り込んだ。
「ってか、お前さんたちお友達だったんだな。だったら仕方ねえ、いつも新鮮な魚を届けてくれる兄ちゃんに免じて許してやるよ」
「この度は私の不甲斐なさの為に、大変申し訳ございませんでした……。これ、少ないですがお詫びです」
「に……2000万円をキャッシュで!?!? おいおい嬢ちゃん、こんなに貰えねえよ!」
おっちゃんは全身が固定されているのにも関わらずベッドから乗り出す勢いで驚いた。
「おっちゃん、怪我はどんな感じなんだ?」
「ああ、何箇所か刺されたが、致命傷はなかったよ。しばらくすれば元通りになるそうだぜ」
「良かったですわ……」
「そういやお前さんたち、春からチューベローズの学生なのか?」
「ああ」
「そっか。だったら当分は兄ちゃんの魚ともおさらばだな」
「何言ってんだよ。土日にでもいっぱい釣って持ってってやるよ」
「気持ちは嬉しいが、多分そんな余裕ないと思うぜ。今の理事長になってからカリキュラムが相当厳しくなったと聞く。近年は学生の半数がどこかへ姿を消したというしな」
「姿を消した!? どういうことだよ!」
「さあな。よほど辛くて現実世界に帰ったんじゃねえか? ま、お前さん達はまた元気な顔を見せてくれよな」
「おっちゃんも早く復帰してくれよ。釣った魚をいっぱい買い取ってもらわねえと」
「おう!」
一番重症だったおっちゃんもこんな感じで、今回の騒動で犠牲者は出なかった。金金うるさかったやつらにも、雪夜は松蔭家の圧倒的な資産で黙らせた。
入学式はもう明日。
しかし、この時の俺達は予想もできなかったほど、この学校の教育は狂っていた。
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