第10話 闇を乗り越えて
雪夜が暴走せずに【闇の次元】をコントロールする特訓のため、再び人の多い食事街に出た。人が多いということは闇が多いということ。雪夜はまず、出来る限り人の闇を吸わないように意識を集中させる。
また、杖があると周囲の闇は穏やかになってしまうそうなので、杖は雪夜の家に置いてきた。一応、雪夜が暴走しても防御できるように鍋蓋を持ち歩き、すぐ杖を取りに帰れるように家の鍵も借りている。
「雪夜、どうだ? 暴走しそうになったら教えてくれよ」
「ええ。意識することでだいぶ改善されてますわ。ですが気を抜いたらすぐに闇を取り込んでしまいそうです……」
闇が見えもしない俺は分からないけど、現実世界では使ってこなかった感覚を使うのだろう。だが、勉強も運動も天才的な雪夜ならきっとすぐにコツを掴んでくれるはずだ。
「あっ!! あんた、一昨日はよくもうちの旦那を……!!! 警察がいないことをいいことに、よくもまあ男なんかとデートできるものね。殺してやる!!」
急な怒鳴り声は雪夜に向けられたものだった。一昨日に雪夜の暴走によって怪我をした人の奥さんらしき人が、凄い形相で睨みつけてくる。
(被害者の関係者か……タイミングが悪い……!!)
「あ……ああ……! も……申し訳ございません……治療費ならいくらでも……」
雪夜の闇に対する集中は途切れ、あたふたと小さくなってしまった。
「いくらでも? だったら早く払ってもらおうじゃないの! 今すぐ!!」
「は……はい!」
雪夜は急いで財布を開け、入っている分のお金を渡した。
「5万円……? ガキが舐めてんじゃないよ!! 200万! いや、500万はくれないと!!」
「ちょっと!! それは流石に高すぎませんか!」
「部外者は黙ってな! 旦那はね、鈍器で足を殴られて骨折したんだよ!? あのクソガキのせいでね!!」
「はあ……はあ……本当に……申し訳ございません……。お金なら後ほど……」
雪夜はだんだんと息が粗くなってきた。
「逃がしゃしないよ!! 今すぐ金。金を出しな!!」
「ですが……今の手持ちはこれだけしか……」
「ん~なんだい、街中で揉め事か~?……って、お前は例の通り魔じゃねえか!! 俺のダチをよくも!!」
ざわ……ざわ……
まずい、ギャラリーが増えてきた。
食事街は店は多いがそこまで広くない。こんなところで事件を起こせば、瞬く間に有名人になってしまうんだ。
「はあ……はあ……すみません……すみません……」
雪夜は涙目で何度も頭を下げる。
「ま……まあ、そこまで謝るんなら……」
「でも金は払いなさいよ」
すると不思議なことに、だんだんと人々の恨みの感情はなくなっていった。
だが、よく考えてみれば不思議でもなんでもなかった。人々の感情が穏やかになったのは、雪夜がその人たちの闇を吸い取ってしまっていたからだ。
「おい雪夜、汗凄いぞ! 大丈夫か!?」
「糸……そろそろ……もう……無理かもしれませんわ……」
体調が悪そうな顔。たくさんの人の恨みから発生した闇を一人で抱え込んで我慢しているんだ。
「とりあえずここから離れよう!!」
俺は雪夜の腕をひっぱり、人が少なそうな場所を目指して走って行った。
「あっ、逃げたぞ!」
「待ちな! いくら謝ったって、金だけはキチンと払ってもらうからね!!」
人々が金を目当てに追ってくる。
「くそっ! 汚ねえ大人どもが!!」
「糸……ごめんなさい……もう……無理ですわ…………」
「え……?」
暴走しないように闇を抑えて耐えていた雪夜が、とうとう意識を失った。
ヒュオオオ……!!!!
雪夜の周りの空気が変わったことには、無能力者の俺でも感じ取れた。全てを凍てつかせるような冷たい目。髪も青く発光して見える。
「おい!! みんな今すぐここから逃げろ!!」
「な……なにさ。金を……」
タッタッタッ!!!
雪夜は金をせがむ奥さんに向かって走り出し、拳を振りかざす。
バーーーーン!!!!
間一髪、俺は鍋蓋で防いだ。
だが鍋蓋は一発でボッコリ凹んだ。妬みや怒りなど、負の感情による力はこれほどまでに強いのか。
「奥さん!! 早く逃げてください!!」
「え……あ……」
奥さんは腰を抜かし、ペタンと床に尻をついている。
ガシッ!!!
「雪夜!! 目を覚ませ!!!」
俺は雪夜の腕を強く握った。
とはいえ、今の凄まじい雪夜は目を見るだけでも小便を漏らしそうだ。
「…………」
雪夜は真顔でもう一発拳を構える。
「雪夜!!!!」
「…………!」
雪夜は一瞬だけ力を弱めた。
バシッ!!! バタンッ!!!
その瞬間、俺は雪夜の足を崩して地面に押さえつけた。
ググググ…………!
圧倒的に有利な体制で押さえつけているのに、なんて凄い力なんだ。明らかに雪夜の体の力を超えている。
「落ち着くんだ!! 深呼吸しろ!!」
「すーー……ふーー……」
聞こえている……俺の声は届いている!!
目は見開いたままだが、無表情だった雪夜に少しずつ表情が出てきた。
「その調子だ! がんばれ雪夜!!」
(……さっきからずっと、私を呼ぶ声が聞こえますわ。近いのに、遠い……。体中の神経が闇で覆われていて、感覚が鈍くなっている感じですわ……)
(というか、そもそも闇ってなんですの……。感情……? エネルギー……? それとも、そのどちらでも説明できない不思議なパワーなのでしょうか……)
(私は今、それに侵されている。……ということは、この感覚こそが『闇』……。これを自在に制御することは………………私にはできる)
「…………っ!」
雪夜の力は弱まり、サファイアのような瞳にハイライトが灯った。
「はあ……はあ……。糸……」
「雪夜!! 意識が戻ったんだな!!」
「今ので掴めましたわ……。【闇の次元】を操作する感覚……。きっと、もう暴走することはありません……」
そう言い放った雪夜はだいぶ体力を使ったらしく、汗がびっしょりでぐったりとしていた。
「糸……。私は……貴方から敬意を抱かれるに値する人になれましたでしょうか……?」
「あたりまえだ。俺こそ、雪夜に認められる存在になれたか……?」
「ふふ……あたりまえですわ」
一つの困難を乗り越えて、初めて雪夜と本当の意味で会話をできたような気がした。
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