第7話 お腹すいた
……お腹がすいた。水は水道水を飲んでいるが、ご飯はもう2日も食べていない。雪夜に泣きつくにしても、ケータイがないから連絡が取れない。
「……流石に何か食べないとやばいな。森に行って木の実でも探そう……」
俺は赤砂寮のそばにある森の中へと足を踏み入れた。
森は豊かな緑に包まれ、現実世界では見たことのない花や虫が飛び交っている。
「綺麗な蝶だな。金色に輝いてる……」
パンッ!!
俺がそっと蝶に手を伸ばしたその時、弾けるような音とともに蝶は鱗粉を飛ばした。
「うわっ!! 痛っ!!!」
目を開けると手が血だらけになっていた。どうやら飛ばされた鱗粉が金属のように鋭く、ナイフのような切れ味を持っていたらしい。
「高次元世界の生物は現実世界とは全く違うのか……」
先に進むのが怖くなってきたが、空腹も限界だ。恐怖に怯えている場合ではない。
「……あっ!! リンゴだ!! リンゴが木になっているぞ!!」
散策をはじめて数十分、ついに食糧を見つけた。小さなリンゴが木に1つだけ実っていたのだ。
「だが……かなり高い位置にある……。しかもあの木の葉っぱ、やけにトゲトゲしてるし」
とりあえず石を投げたり幹を蹴ったりしてみるが、リンゴはなかなか落ちてこない。
「くそっ、やっぱりよじ登るしかないか……!」
俺は幹に手をかけ、怪我をしている右手を我慢しながらよじ登っていく。枝に手をかけ、トゲトゲの葉っぱをくぐりぬけ、リンゴのなっている場所へと近づいていく。
「よし、あとちょっと……!」
枝だと思って手を掛けようとしたとき、異変に気付いた。
「なんだ!? これ、枝じゃないぞ!!」
枝だと思っていたものがみるみる変色し、緑色のカメレオンになった。それも、現実世界では見たことのない不気味なカメレオンだ。
「どけ!! そのリンゴを食べなければ俺は死んでしまう!」
カメレオンは目の焦点がめちゃくちゃで、俺の話を聞いている様子はまるでない。
「だからどけって言ってるだろ!!」
俺が左手で無理やりどかそうとすると、カメレオンの舌が猛烈な勢いで左手を攻撃した。
「うわっ!! なんだ!? 痺れるッ……!!」
カメレオンの舌で攻撃された左手が麻痺してきた。見てみると、舌で攻撃された部分が紫色に変色しはじめている。
「毒か!? くそっ……痛え……!!」
カメレオンはリンゴへの道を立ちふさぎ、首をカクカクと動かしている。
「なるほど、あの一つしかないリンゴは獲物をおびき寄せるためのエサか……!」
左手がみるみると紫色になっていき、感覚がなくなっていく。俺を支えている枝も、ミシミシと折れ始めている。
「まずい、落ちる……! たかがリンゴ一つごときで死ぬ寸前まで追い詰められるなんて。……いや待てよ……これだ!!」
俺はめいいっぱい足で枝を踏みつける。
ミシミシ……バキッ!!!
カメレオンは驚いて別の枝へ飛び移る。
俺はリンゴと一緒に地面へ落ちた。
「うわあああああ!!!!」
ドシーーーーンッ!!!
「いたたたた……。だがリンゴは無事だ! やったぞ!!」
俺は急いでリンゴのもとへ駆け寄る。リンゴはジューシーにピカピカと輝いていた。
「2日ぶりのご飯だ……! 涙がでる……」
早速かぶりつこうとしたその時、何かが目に入った。
視線の先には、子ぎつねのような小動物がウルウルとこちらを見つめていた。
「な、なんだよ。こちとら2日ぶりのご飯なんだ。そんな目をしてもあげねえよ」
子ぎつねはちょこちょこと歩み寄ってくる。
「しっし! こっちへくるな! 絶対にやらん!」
しかし、よく見るとその子ぎつねの背中にも、俺の左手のような紫色のアザがあった。
「お前もリンゴを獲ろうとして、あのカメレオンの毒にやられたのか……?」
子ぎつねはこちらを見つめている。
「……はあ。半分だけな」
俺はしぶしぶリンゴを半分に割り、小さく割れた方を子ぎつねにあげた。
子ぎつねはリンゴを加え、森の奥へと去っていった。
その後もう少し散策を続けてみたが食糧となりそうなものが見つからなかったので、引き返して食べられそうな雑草を持ち帰ることにした。
◇◇◇
「くそ……! 俺はこんなひもじい生活をいつまで続けなくちゃいけないんだ……!」
俺は集めた雑草をお湯で茹でて、噛みちぎりながら嘆いた。
「……そうだ、真っ当に働こう。そしたらお金は溜まるし、飲食店で雇ってもらえば
俺は早速食事街にある飲食店を訪ね、バイトの申し込みへ行った。
「ふむふむ、春からチューベローズに通う学生さんね」
「はい! ですのでこれから長期間働けます!」
「いいね。中学校はどこ出身?」
「あ……実は俺、中学校行ってないんです……」
「は? じゃあ小学校は」
「中退しました……」
「あのね、小学校すら辞めてしまうような人間が、社会で雇ってもらえるなんて甘ったれてんじゃないよ。帰ってくれ」
「待ってください! それには事情が……! 雇っていただかないと生活が持たないんです!」
バタンッ
赤砂寮の劣等生であり、かつ最終学歴が幼卒の俺はどこへ行っても雇ってもらえなかった。
「どいつもこいつも……なんでこんなに冷たいんだ……! うっ……うっ……」
俺は空腹を凌ぐために茹でた雑草をしゃぶっていた。
「児童養護施設に戻りたい……。……あれ……てかどうして俺はこんな想いをしてまでここにいるんだろう。別に現実世界へ帰ってもいいんじゃないか?」
雪夜も今や赤の他人だ。俺がここにいる意味はもはやない。
「帰ろう。こんなクソみたいな世界、こっちから出て行ってやる……っ!」
すっからかんの荷物をまとめ、俺は赤砂寮を出てバス停へ向かった。
しかし、お金がないのでバスには乗れなかった。
「……そっか。たとえ駅に辿り着いても、サインポストもお金もないから現実世界行きの電車に乗れないじゃないか……」
俺は膝から崩れ落ちた。
どんなに苦しくても、俺はこの世界から逃げられないのだ。
「ううっ……どうすれば……俺はどうすればいいんだ……」
人が行き交うバス停の前で、地面に手をついて絶望に浸る。
それなのに、誰も声を掛けてくれない。聞こえてくるのは哀れな目で見て嘲笑う声だけ。
道端にうずくまっているのに、誰一人と俺の肩を叩いてくれることはなかった。
「だめだ……何を期待しているんだ俺は。ここまで来て、俺はまだ人に頼ろうとしているのか……? 優しい人が声を掛けてくれるのを待っているのか……? いい加減そんな夢物語は捨てろ! 自分で……自分で何とかするしかないんだ……!」
人は見えないギブアンドテイクを駆動力に支え合う。何にもない俺なんかには、誰も手を差し伸べてはくれない。
俺は手をぐっと握りしめ、立ち上がり、ゴミ箱を漁り始めた。
道行く人の哀れな目は、さらに痛々しくなってきた。
「惨めでも、情けなくても生き抜くんだ……! 食べられるものを探せ! 焼いたら大抵の物は食える!」
いくつかのゴミ箱を漁ったが、晩御飯は見つからなかった。しかし、戦利品はあった。
「これは……糸?」
とてもしっかりとした糸がまるまる捨ててあった。
「そうだ!!」
閃いたぞ。これは神が俺に垂らしてくれた、天へと続く糸だ!
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