第6話 泥沼のはじまり

「まずは友達か彼女を作ろう。大丈夫、人間大事なのは才能じゃなく中身。本当の俺を分かってくれる人は必ずいるはずだ」


 翌日、俺は外のベンチで作戦を練っていた。


「人と出会うためにはどうすればいい……? 引っ越しの挨拶ってことで寮の連中に声をかけるか……それともいっそ屋外で……」


「あの、お隣よろしいですか?」


 俺の強運が発動。なんと可愛い女の子が話しかけてきた。


「も、もちろんです! どうぞどうぞ!」


「ありがとうございます! ベンチに座って何を考えてたんですか?」


「いえ、特には。ぼーっと空を眺めてるのが好きなんです」


 少女は一瞬クスッと微笑んだ。


「あ、私も好きです! 雲の形から物を連想するのとか面白いですよね!」


「あの、お名前を聞いてもいいですか? 俺は九重糸です」


「私は桐山楓です!」


「楓ちゃん! 可愛い名前ですね」


「えへへ。糸さん、お腹すきませんか? どこか食べに行きましょうよ!」


 まずい、お金が……。でも、こんな貴重なチャンスを無駄にするわけにはいかない。間違いなくここは断るべきではない。


「はい、行きましょう!」


 俺達は食事街のファミレスに入った。


(……どのメニューも少なくとも500円はするな……。ここで使いすぎたら今後の生活に響くぞ……)


「わあ、どれも美味しそうですね! どれにしようかな~」


 楓ちゃんはメニュー表を眺める。


「お、俺はこのミートスパゲッティにします……」


 メニューの一番安いスパゲッティを指さす。


「じゃあ私もそれにします!」


 食事中、お金のことが頭から離れなかったが、楓ちゃんとは良い雰囲気で話すことができた。


 そしてお会計。


(やっぱりここは男の俺が払うしかないよな……。合計1000円……ちょっと痛い出費だけど仕方ない……!)


「糸くん、いいよ。私が払うから!」


「えっ!? そんな、悪いよ!」


「いいのいいの! 楽しかったお礼だよ。私の方が先輩だし!」


 会話の中で、楓ちゃんは2つ上の先輩であることが判明していた。

 とはいえ、これは奇跡だ。なんと女の子と二人でご飯が食べられたうえにタダだと? 俺、明日死ぬかもしれん。


「それじゃあ、お言葉に甘えてもいい?」


「うん!」


 楓ちゃんは本当に俺の分まで払ってくれた。


 ファミレスから出ると、楓ちゃんは次の提案をする。


「ねえ、カラオケいかない? 私、糸くんの歌が聞いてみたいな!」


「あはは、そんな上手くないよ。でも行こっか!」


 流れるままカラオケに向かう。

 そして、女の子と二人っきりの個室に入る。思ったより狭く、距離が近い。


「電気消したままでもいい? 私、この方が落ち着くんだ」


「う、うん!」


 もしかして、この流れなんか凄く良い感じじゃないか? やばい、ドキドキしてきた。


 楓ちゃんの歌はとても上手で耳が癒された。それに比べて俺の歌は酷かったが、楓ちゃんは真摯に聞いてくれた。


「パチパチパチパチ! 糸くん、上手いね!」


「あ……ありがとう」


 ゼロ距離で楓ちゃんに見つめられる。すでに俺は恋に落ちていた。こんな気持ち、人生で初めてかもしれない。


 俺は決心し、楓ちゃんの方を向く。


「楓ちゃん。俺、楓ちゃんのことが……」


「あ、糸くん待って。私トイレに行ってくる!」


 楓ちゃんはカバンを持ってトイレに行ってしまった。

 だが、帰ってきたら俺は楓ちゃんに伝えるんだ。この気持ちを!


 ……10分。


 ……30分。


 ……1時間。……流石に長すぎないか?


「あれ……? なんだこのカメラ……」


 ぼーっとしていると、壁に奇妙なカメラがつけられていることに気づいた。


「なんだこれ。店員さんに聞いてみるか」


 俺は立ち上がり、財布とケータイを持って部屋を出ようとした。

 しかし……


「あれ……俺の財布がない……。ケータイもだ……」


 ポケットを必死に漁り、ソファや床を探し回るが見つからない。


「もしかして盗られた……? 嘘だろ……」


 サーッと血の気が引いてゆく。

 現実を受け入れるのに数分かかった。


「お会計……どうしよう……。とりあえず店員さんに言わないと……」


 俺はパニックのまま、連れに財布を盗られて逃げられたこと、そのため代金が払えないことを伝えた。


 店員さんは今にも飛びかかってきそうな態度で俺を睨みつけ、店長に相談。

 店の奥から出てきた店長が俺に言った。


「名前を教えていただけますか?」


「……九重です」


「九重さん。二度とうちに来ないでください」


 俺は店を出禁になり、一発腹を殴られて追い出された。


 そして店の外には、こっちを見て笑う男女数人のグループがいて、その中には楓ちゃんもいた。

 きっと罰ゲームみたいなノリで、連中はあのカメラでずっと楽しんでいたのだろう。


「おい……!! 俺の財布返せよ!!」


 ボカッ!!


「ぐはっ……!」


 ドカッ!! ズドン!! ドシーン!!!


 俺はキレて楓ちゃんに向かって行ったが、あっけなく男達にボコボコに返り討たれた。


 蹴られたお腹を押さえ、意識が朦朧と倒れ込んでいると楓ちゃんの声が聞こえてきた。


「私ね、【生命の次元】の能力者なんだ。人の気持ちが生命の波動としてなんとなく分かるの。九重くんの心、私といる間ずっとお金や下心ばっかりでとっても面白かったよ。あはは!」


「警察に……うったえてやる……!」


「知らないの? 高次元世界には警察はいないんだよ。この世界では能力者が絶対。ヒエラルキーの一番下にいる無能力者のゴミは、誰も相手にしないの!」


(ちくしょう……ちくしょう……っ! 生まれて初めて人を好きになったと思ったのに……こんなのあんまりだ……)


 俺は去っていく桐山に向かって精いっぱいの恨みを込めて叫んだ。


「桐山……!!! 俺はお前を絶対に許さねえからな!!!!」


 桐山はあっかんベーをすると、グループの友達とにぎやかに笑っていった。


 対照的に俺は彼女どころか友達もいない。虎の子のお金も盗られた。

 右も左も分からない世界で、俺は孤独に生きるのだろうか。


 生きていけるのだろうか……。

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