第2話 オッサン化
朝のHRが終了し、授業が始まる前の少しの休憩時間が訪れていた。
少年は、椅子に腰掛け、腕組みをして沈黙を行っていた。
まるで教室の中に、石像が置かれているような威風堂々としたものがある。
体格の良い少年だ。
痩せすぎず、太りすぎず均整のとれた肉体は、無駄な贅肉など一切ない。
だが、鍛え上げられた筋肉の上に、引き締まった脂肪を纏っているため、細マッチョ。
いや、ゴリマッチョといった印象がある。
また、その体格からは精気が溢れ出ており、見る者に活力を与える。
まるで、神社の注連縄をされた大岩にも似た力強さを感じさせる。
そんな、少年だ。
少年の名は、田麦一徹と言った。
「なあ。一徹って、最近変わったよな……」
そう言葉をかけて来た少年がいた。
体格は良いが細身。
その顔立ちは、どこか小動物を思わせる愛らしさがあった。女子にも、そこそこ人気があるようだが、本人は無自覚だ。
名前は
一徹と同じ中学校に通う生徒であり、柔道部仲間でもあった。
青葉は、同じクラスの友達として、一徹に声をかけた。
確かに、最近の一徹は変わっていた。
以前は、もっと朗らかでゲームや漫画の話しをしたり、好きなアイドルや女子について語り合ったものだが、最近はそういった話を一切しない。
それどころか、話しかけても反応が薄い。
そんな一徹の変化に気づきつつも、青葉は気にしないようにしていた。
しかし、日々蓄積していく友人の違和感は、些細なものを越えている気がしてならなかった。
中学生なのに、同じ同級生なのに、一徹の中身がどんどん大人になっていくような……。
悪い言い方をすれば、中年のオッサンになっているような。そんな漠然とした不安を感じていた。
いや、そうだ。
一徹を描く線が太すぎる。
線や影の描き込みが多く、濃い絵柄で描かれているようにしか見えなかった。
それは、まるで線の細い少年漫画の世界にハードボイルド劇画タッチのアシスタントが場違いに入り込んで、モブキャラを描いてしまった様な、空気の読めない違和感となっていた。
一徹がだ。
だからだろう。
思わず一徹に聞いてしまった。
もし、一徹の口から否定の言葉が出れば、それはただの思い過ごしだと安心できる。
だから訊いた。
「一徹さぁ。先輩から聞いたんだけど、最近の新入生って挨拶できない奴が多いんだって」
青葉は、気さくに話しながらも覚悟の瞬間を待つ。
一徹。
お前は、どう答えるんだ。
頼む、普通の言葉を聞かせてくれ。
願うような、祈るような思いで待つ。
肯定とか否定ではない。
反応を見たいのだ。
一徹は、舌打ちをした。
「まったく。最近の若いモンは……」
オッサンみたいなセリフを吐く。
青葉は顎が外れかねないような衝撃を受けた。自分達も中学二年であるにも関わらず、なぜにそんな言葉が出るのか分からなかった。
だが、まだだ。
まだ終わっていない。
もしかしたら何かの勘違いかもしれない。
もう一度確認しなければ。
青葉は身体の骨が折れた様な感覚に抗い、下肢に力を入れて立つ。
「そ、そうだ。クラスの佐京と日下ってさ、結構仲良いみたいだって。この間も、放課後の教室に二人っきりで勉強してたんだって。
あいつら、付き合ってるのかな……。あれ、こう言うのって何て言ったっけ?」
青葉は必死になって、一徹から言葉を引き出そうとする。そのせいか、自分でも言葉が棒読みに近い状態になっているのが分かった。
ある意味、あからさまな言葉だった。
一徹は答えない。
青葉は、失敗したかと思った。
それでも、一徹の反応を待った。
一徹の口が動くのが見えた。
青葉は安心――。
「アベック(死語)だろ」
また、オッサンのような返事をする。
青葉は、安心が崩れ去った。その場で絶望したように両膝と両手を床に叩きつける。
叩きつける?
いや、地球の重力が10倍になったかのように身体全体が重い。
そのまま四つん這いの姿勢で倒れ込んだ。
クラスメイト達は、突然の事態に驚きを隠せない様子だ。
もう、ダメだ。
決定的だった。
一徹は、完全に見た目も、中身もオッサンになっていた。
しかも、自分が知らない間に、オッサン化が進行していたのだ。
青葉は、泣きそうな気分になった。
だが、なぜこんなことになったのかと疑問を抱く。
そこで、ふと思い出す。
一徹には、ある秘密があることを。
誰にも言えない秘密があることを。
その秘密のせいで、一徹は変わっていったのではないか。
青葉は、その可能性に賭けた。
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