第27話 秘策

地下街には人々はいなかった。もう避難を完了したらしい。


「姿は見えないが、わかるぞ。ビーストは近くに隠れている。ここで俺たちを襲うつもりだ。どこから出てくるかわからない。気を付けて進もう」


隣のアスカを見ると、表情が暗い。 


「アスカ、顔色が悪いよ。本当に大丈夫なの? やっぱりどこか痛い?」


「体は大丈夫だ。じつは……さっきの私の攻撃は完ぺきだった。しかしそれだけに、アレをかわすとは、実力差を見せつけられた感じだ。ひばり、実は私は、奴に安全に勝つ自信があまりなくなった。先ほどの攻撃で仕留められなかったのは痛かった」


「そんな弱気なこと言わないでよ」


「正直、ビーストの反応速度は速すぎるのだ。それこそ段違いの強さなのかもしれない。奴がふざけているのは、自信の表れでもあるのだと思う。次にまともにぶつかったら、良くて相打ち……悪ければ私が倒されかねない。悔しいがビーストの方がずっと強い。正攻法では勝てないだろう」


アスカは素直だなあ。でも確かにさっきも不意を突いたはずなのに、ぎりぎりで仕留められなかった。それだけ実力差があるってことか。

アスカの顔色がどんどん悪くなってくる。……おいおい、思いつめるなよ。


SF的に考えれば、実力差がある時は、頭脳プレイで勝つのが王道だぜ。でもどうしたらいいんだろうか。その時、ひばりの肩にかかっている俺のカバンが目に入った。

そういえば、預けっぱなしだったな。


「カバン……そうだ。俺にいい考えがある! 聞いてくれ……ごにょごにょ」


俺たちは地下街のお店へと隠れ、作戦の準備を始めた。



「よし、行くぜ!」


「ひええ、めっちゃ怖いけど、二人を信じてるからね! 絶対に助けてよね!」


「了解した。必ず守る」


誰もいない地下街を、制服を着たショートカットの少女、ひばりが一人でゆっくりと進む。彼女はおとりだ。そう、命がけのおとりだ。


『私はここだ! 出てこいビースト! 決着をつけようではないか!』


おとりとなったひばりのバイザーからアスカの声が流れる。

ひばりはびくびくとしながら、一歩、二歩、三歩……と進んでいく。


ドオォォン!


激しい破壊音と共に、壁からビーストが姿を現した。


「ギャハハ! そんな見え見えのおとりに、あえて引っかかってやるよ!」


ビーストが大笑いをしながら爪をシャキンシャキンと鳴らしている。

おとり役のひばりは尻もちをつき、ガクガクと震えている。


『で、出たよ! アスカ! やっちゃって!』


かかったな! 実力差に油断してるビーストなら、きっと乗ってくると思ってたぜ!


『奥義 灼光(シャッコウ)!』


長い髪、ドレス、そして太刀を振りかざし、一筋の光が少女に襲い掛かろうとするビーストめがけて突撃した。


『当たれええぇ!』


スカッ……。


げっ、かわされた! ビーストは最小限の動きで体の軸をひねり、太刀を避けた。


「バーカ! その攻撃も見え見えなんだよ! もらったぜ!」


ビーストが反撃の爪を振りかざす。


ギィィン! 


ビーストの爪を、太刀でかろうじて受けることができた。


「あん? ……てめえ、慎重派の女じゃねえな!」


「バレたか。俺の変装を見抜くとは、やるな!」


そう。ビーストにいま、一撃をくらわそうとしたのは、俺だ。


「バカにしてんのか! その取ってつけたようなカツラはなんだ! おまけに女のドレスまで着てんじゃねえよ! 変態か!」


「だから俺は変態じゃないっての! 変態はお前だ! バーカ、バーカ!」


俺は尻もちをついているひばりに、ビーストの攻撃の刃が向かないように、精一杯の挑発を試みた。


「よしよし、いいだろう。決めた。貴様から、ぶっ殺す!」


ビーストの執拗な攻撃が俺を襲い始めた。巨大な爪が、波状攻撃となり俺に迫ってくる。俺は太刀を両手で握りしめる。


俺のスローモーションの世界の中で、必死に、ビーストの攻撃を受け止め、いなし、かわしていく。少しでも気を抜いたら、たちまち俺は真っ二つになるだろう。


……まだか、アスカ! そろそろ持たないぞ!


ガィンッ! ガシャッ。


しまった! ついにビーストの波状攻撃は俺の太刀を吹っ飛ばしてしまった。


「へん、てこずらせやがって、これで、終いだ!」


『そこまでだビースト! 私が相手だ!』


地下街に響くアスカの声。少し離れたショップから、もう一人の少女がゆっくりと姿を現した。それは俺のジャージを着た、ひばりだった。


「……? ……っ!」


ビーストが素早く後ろを振り返ろうとする。


「奥義 紅蓮乱斬(グレンランザン)」


一瞬のスキだった。後方で尻もちをついてガクガクと震えていたはずのショートカットの似合う女子高生は、大太刀を振りかざしながらビーストめがけて突撃していた。


それはひばりではなく、先ほど長い髪をバッサリと切ったアスカだった。 

真っ赤に燃えさかる大太刀の斬撃が、ビーストの死角から何度も激しく降り注ぐ。


 ザンッ! ザンッ! ズンッ! ザザンッ!


「ぐえぇぇぇ!」


一撃一撃ごとに、激しい火花が散る。次第にビーストの全身から炎が上がり始めた。


「く、そがぁ……」


ついにビーストは前のめりに倒れこんだ。

 



ビーストの体から燃えさかっていた炎が、次第に弱まっていく。

徐々にビーストの獣状の闘衣が剥がれ落ちる。そしてついに、人間の形だけが残った。やはりビーストの本体は星空公園で最初に見た、あのイケメンだった。


でもどうしてもこのイケメンと、あの口汚い口調とはミスマッチな感じがするな。


「これでもう、しばらくは動けまい」


美しくキレイなロングヘアをバッサリとショートカットにし、制服姿に大太刀を肩に担いだアスカが、ビーストの本体を見下ろしている。アスカの顔がホッとした表情になった。なんか、その、ショートカットも似合うな。


「ぐぅ……、どうなってやがる……?」


ビーストは首だけを動かし、俺たちを見上げる。


「はっはっは! 俺たちの勝ちだな!」


ビーストが目にしたのは、女もののカツラをかぶり、アスカの戦闘用ドレスを着て、太刀を握ったまま、ビーストの前に仁王立ちになっている俺の姿だった。

病院で手に入れたカツラを、カバンに入れっぱなしにしておいてよかった。


「ハルト、そんな恰好で威張らないでよね。っていうか、アスカの髪を犠牲にする作戦だったんだから、なんか……やっぱり釈然としないなあ」


俺のジャージを着たひばりが、駆け寄りざまにツッコミを入れた。


「いいのだ、ひばり。作戦を聞いたときは驚いたが、これくらい意表を突いた作戦でなければ、ビーストには勝てなかっただろう」


アスカがショートカットになった髪を、少し惜しそうになでた。


ビーストは歯ぎしりをしながらひばり、アスカ、そして俺をにらんだ。


「なんだ……その、ふざけた格好は……」


「説明しよう! 最初のおとりはひばりに変装したアスカだったのさ。で、二人目はアスカの変装をした俺ってワケ。で、三番目に姿を現したのが、俺の服を着たひばりだぜ!」


「……こんなひきょうな手に、やられただと……?」


「卑怯とは心外だな! 頭脳プレーって言ってくれよな。何せ、さっきのバスのところでは、二段構えの不意打ちが通用しなかったからな。三段構えの不意打ちにしたってわけだ。名付けてアオハル奥義 身代わりの術だぜ!」


俺の決めゼリフに参ったのか、ビーストは急に顔を地面に向け、動かなくなった。


「……」


「おーい、生きてるか?」


「……」


おかしいな。ちょっと近づいてビーストの様子を確認してみよう。

ん? イケメンの皮膚が一部はがれてるな……。えっ、皮膚の下が金属? どうなってんだ?


「アスカ、これって?」


「下がれ!」


慌てた様子でアスカがビーストの傷口をチェックする。体のあちこちから、いかにもロボットという様子がうかがえた。


「やられた! これはビーストの本体ではない! 遠隔操作用の義体だ!」


アスカが肩に担いでいた大太刀で、義体の胸部をくし刺しにした。胸部からは銀色の液体がプシャーッと勢いよく噴き出す。


「えっ? えっ? どゆこと? 終わったんじゃないの?」


ひばりがオロオロと歩き、手をパタパタさせる。


「……おそらくビーストの本体が、あの獣状の野獣闘衣を極微細想像力増幅装置で作ったのだろう。そしてそれを自分では使わず、このロボットに着せ、それを遠隔操作していたのだろう」


なるほど、それならこのイケメンロボットと汚い口調が一致しないのも納得だぜ。


「じゃあ本体はどっかから俺たちを、いまも監視しているってことか?」


「そうだ! ビーストの本体は、私たちの前には一度だって現れていなかったんだ! 本体は別のところにいる!」

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