第26話 人質

バチバチバチバチバチ。


耳をふさぎたくなるような巨大な拍手が鳴り響く。

振り返ると、ビーストが遠くで両手を叩いていた。


「いいねえ、いいねえ、満足だぜえ。まさかお友達の野郎が生きていたなんてなあ。おまけになんだ? お前も極微細想像力増幅装置が使えるようになってんのか? ヒャハハ! いいぜえ! せっかく復活してパワーアップして、助けに来たのに、俺様にあっけなくやられるところを想像しただけで……くうぅー! 楽しいぃぃ!」


ビーストは後ろに倒れこむんじゃないかと思うほどに、背をそらし、大笑いした。


「ビースト、今度こそ、貴様を倒す!」


二刀流のアスカが腰を落とし、ゆっくりと前に歩み出る。


「奥義……」


「おっとっと、いやーん、怖―い! 二対一では勝ち目がなーい。このままじゃあ、殺さてしまうー」


突然の棒読み? 一体なんだ?


「仕方がないので、人質を取らせていただきまーす!」


ビーストが右方向へと大きくジャンプする。ズシン、と着地した先には保育園の送迎バスが停車していた。

やばい! 中には逃げ遅れたこどもたち三人と、先生一人の姿が見える!


「動くなよ? 動いたら、わかるな?」


「くっ、人質を取るなんて卑劣な。戦士の風上にもおけぬ」


「ヒヒヒ。そんなに褒めるな。よし、大人! 降りろ!」


ビーストの長い爪が蛇のように伸び、窓を割る。そして保育園の先生だけを爪に引っ掛け、外へと放り出した。

ドサッ。先生は動かない。衝撃で気絶をしたようだ。


「たすけてー! おねえちゃあん!」


バスの中から園児の声が聞こえた。

あれ、あの女の子は、確か……そうだ! あの子だ!

トレーラーの下敷きになりそうだった時と、ウォーターアイランドの多脚戦車戦の時、出会った女の子だ。また出会うなんて!


「うわあーん! こあいよー!」


「心配するな! 絶対に助ける!」


アスカが大声で答えた。でも、どうしたらいいんだ。考えろ、俺。




「おもしれえから、 まずは……おい、さっき俺様に飛び蹴りをくらわせたてめえ! 前に出ろ! もう一度切り刻んでやる!」


ビーストが何本もの爪をシャキンシャキンとすり合わせる。


「行くな、ハルト、素手では奴には決して勝てない」


「おっとダメだぜ? さっさと来ないと、ガキどもが、みじん切りになっちまうぜ?」


マジかよ。それじゃあ、行くしかないじゃないか。


「ブツブツ……わかった。行くから待ってろ。まったく、なんで俺が……ブツブツ……」


俺はブツブツとつぶやきながら、ゆっくりゆっくりとビーストへ近づく。


「さっさと来いやあ!」


「はいはい、来ましたよっと」


「ヒヒヒ、よし。細切れになって、死ね!」


ビーストの巨大で長い何本もの爪が俺の体へ向けられて迫ってきた。でも大丈夫だ。




ほら、ね。いまの俺なら、見えるから。

スローモーションの世界で、俺はビーストの攻撃を上半身の動きだけでかわした。


「な! 避けただとぉ!」


「大きな声出すなよ。まったく、うるさいったら……ブツブツ……」


俺はブツブツとつぶやきながら、さらに少しずつビーストの方へと近づく。


「だいたい、どうして俺が素手で戦わないといけないんだ……ブツブツ……。おっ、こんなところに手ごろな破片があるじゃないか」


アスカの倒したスキニーの破片だろうか。ボール大の固そうな金属部品が落ちていた。俺はそれを拾うやいなや、思いっきりビーストめがけて投げた。


「当たれええ!」


ガシャシャーン!


「あらら? 外れ……た?」


金属部品はビーストに当たらず、バスの窓に直撃し、窓ガラスを粉々に粉砕した。


「てんめええぇぇ! 勝手に動くんじゃねえ!」


カッとなったビーストは、再び俺に攻撃を仕掛け始めた。

だが、そのいずれも俺には当たらない。正直、スローモーションの世界でも、ビーストの攻撃は十分に早いのだが、イメージ通りに動く体のおかげで、ぎりぎりでかわせる。


でも困ったな。ビーストを倒せるほどの攻撃手段を、俺はたぶん持ってないんだよな。


しかしそれを素直に認めるのはイヤだ。よし、こうなったら、できるだけふざけたポーズで、攻撃をかわし続けてやる!


俺は迫り来る攻撃を変顔でかわしたり、伝統的なギャグのポーズでかわしたり、とにかく命がけでふざけてかわし続けた。


「動くなって言ってんだろうがぁぁ! もういい! ガキどもを殺す!」


待て待て待て! こうなったら仕方ない。口喧嘩だ! 俺の口の悪さを見せてやる!


「プークスクス! ちょっとこの人、さっきから威張りまくってるくせに、ぜんっぜん攻撃を当てることもできないんですけど! やばい、チョーウケる!」


「ああん? てめえ、口のきき方に気をつけろ!」


「やっだー! その言葉、そっくりそのままお返ししますわー。大体、何、その毛皮。かっこいいとでも思ってるわけ?」


「きっさまああぁぁ!」


とうとう激しく怒ったビーストは、素早く振り向きざまに、巨大な爪で後ろの保育園送迎バスを横に輪切りにした。


「ビャアハハハ! 俺様をなめんなよ! ガキどもが死んだのはてめえが軽口をたたいたせいだぜ! ヒャ……ガキどもが、いない?」




『ハルトの作戦大成功! みんな無事だよ! アスカ、やっちゃって!』


ひばりの明るい声がバイザーから聞こえた。


バスの中の園児たちは、俺が破壊した窓から侵入したひばりによって、こっそり救出されていた。みんなはすでにバイザーの示す安全圏まで避難している。


「了解だ。ひばり。奥義 灼光(シャッコウ)」


地面に大きなへこみだけを残し、輝きと共にアスカは大太刀と太刀の二刀流でビーストへ斬りつけた。


ドゴンッ! と鈍い音が聞こえた。


「やったか!」


俺が駆け寄ろうとすると、ビーストの体から黒い煙が激しく吹き出した。


「くそっ、前が見えない!」


俺は慌てて、後ろへと飛びのく。


「アスカ、無事か?」


「私は大丈夫だ。多少の手ごたえはあった……しかし、とどめはさせていない。逃してしまった。追わなくては」


煙幕が晴れた後には、地面に巨大な穴が開いていた。後ろから追いついてきたひばりが穴を覗き込む。


「この下は地下街だね。私も一緒に追うよ! ハルト、危なくなったら助けてね!」


どうやらビーストは星空駅地下のショッピング街に逃げ込んだらしい。

俺たちはその穴へと飛び込んだ。

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