第25話 握手

「ひばり、ごめん。時間がないから抱っこさせてもらうぞ」


「はえ? えっ? なに? ちょっと、恥ずかし、いいぃっ。はっ、速すぎぃ!」


一秒でも早くアスカの元へひばりと一緒に行くには、俺がひばりを抱っこすればいい。

そう考えた俺は、ひばりの返事を聞く前に、ひばりをお姫様抱っこし、駆け出した。


 

俺が覚醒してから数時間、だいぶ体の使い方にも慣れてきた。

 

だが、ひばりを抱っこして歩道を高速で走るのは目立ちすぎるし、他人と接触事故を起こしそうで怖い。……そうだ、建物の屋根を走り、跳んで行けば安全じゃないか? 

とりあえず、あの屋根へジャンプだ。とうっ!


「ちょっ? おおぉっ。にえぇぇぇぇ! おうっ」


 

突然の大ジャンプによる加速、浮遊感、落下感、着地の衝撃でひばりが変な声を出す。


「ごめんなひばり。そういや、駅はどっちの方向だ? こっちであってるのか?」


 

俺はおぼろげな方向感覚を頼りに、屋根から屋根へと飛び移る。


「ハルトっ、おうっ、待ってっ。これっ、このバイザー着けてっ」


 

ひばりは激しく上下動を繰り返されながらも、俺のカバンからアスカの置き土産の二つのバイザーを出した。そして一つを自分に着けた。


「さっきぃっ。喫茶店で待ってる間にぃっ。いろいろ試してみたんだけどおおぉ。このコ、いろんなこと教えてくれるのおおぉ。そ、それに目元も隠せるしねっ。バイザー! ハルトと画面共有! 星空駅までのルートを出して!」


 

徐々に縦揺れに慣れてきたひばりがもう一つのバイザーを俺に着けた。


『了解しました』


 

音声とともに、途端にバイザーのディスプレイには、立体的なルートや様々な情報が表示され始めた。


「へー、こりゃSF的だな。よっしゃ全速力で行く! ひばり、しっかりつかまってろ!」


「ハルトがんばってぇぇぇぇ。にええぇ! うぅっ」


 

俺は激しく飛び跳ねながらも、アスカとビーストのことを考えていた。

アスカ、いまの俺ならお前を助けられる気がする。俺たちがつくまでムチャするなよ。



「見えた! 星空駅だよ! バイザー! アスカを拡大!」


 

星空駅まではまだ距離があるが、バイザーのディスプレイにはアスカの姿がすでに検知されていた。


「アスカ! 無事みたいだな、良かった! ん? アスカの周りに何か小さいのがいないか?」


「バイザー、あれは何?」


『支援型偵察機、通称スキニーです。数は六個体です』


「スキニーって、あの恐ろしく速い攻撃をする奴か! まだ残っていたのか!」


 

俺は猛然とアスカめがけて走る。早くたどり着け!

 

アスカは小太刀を構え、スキニーと戦っている。アスカの小太刀が光り出した。


「あれは、確か……桜花とかいう技か?」


 

光が収束すると同時に、アスカがひらひらと舞い散る桜の花吹雪のように、不規則に動きながらスキニーを細切れにしていく。


「やったねアスカ! あっ、危ない!」


次の瞬間、アスカが空中に吹き飛んだ。

どこから現れたのか、ビーストが猛スピードで体当たりをかましたのだ。

空中でくるりと回り、ふわりと着地したアスカの左手が光る。


「太刀を出す気だな。でもあれはこの前通用しなかった……ん?」


なぜか太刀は出なかった。そのスキを突いたビーストの連撃が始まった。

ビーストの長く鋭い爪が激しくアスカに迫る。押されているのがわかる。


「アスカが防戦一方だよ! なんで太刀を出さないの? うそっ、小太刀が折れた!」


アスカは衝撃で大きく飛ばされ、ビル壁に激突し、倒れこんだ。


「ひばり、ここで待っててくれ。あ、カバンも預かっててくれ」


俺はひばりを少し離れた場所に下ろし、アスカたちのところへ向かった。


俺の脳裏に昨夜見た夢とも現実ともつかなかった治療中のアスカの姿が浮かぶ。

あの時、俺の全身は確かにぼろぼろになっていた。骨は肉を破って皮膚から突き出していて、ちぎれているところもあったはずだ。


でも一晩でなんともなくなっていた。手紙には俺とアスカの体の一部を交換したと書いてあったが……治療には相当の代償が必要だったのかもしれない。


もしかしたら、アスカにとって何か重要な部分まで俺の肉体の方に来てしまったのかもしれない。……だとすると、俺を治療するのに体を分けちまったから、太刀が出なくなってしまったのか?


だったら、今度助けるのは、俺の番だ。




「ヒャハハ! 慎重派ぁ! お友達の野郎は無事に死んだか? 落ち込んだか? 悲しんだか? お前が怒り狂って俺様を殺しに来ることは想定済みだったぜ! 俺の本当の狙いはなあ、絶望して、怒り狂って本気で戦っても勝てずに、悲しみながら死んでいくお前の顔を見ることだ! ああ、もうすぐ俺様の長大な作戦が完結するぜ! 超! 楽しみいぃ!」


ビーストの巨大な爪が、倒れこんでいるアスカの体を輪切りに……。


「させるかよぉぉ!」


俺は全力疾走の勢いそのままに、ビーストの脇腹に飛び蹴りをくらわした。


「ゲェッ!」


ビーストがくの字に折れ曲がり、遠くへと吹っ飛んだ。




え? いまの俺の蹴りってこんなに威力あるの?


これまでの人生で、実際に人に飛び蹴りをしたことはなかった。でも俺の体は、俺のイメージ通りに動いた。こんなにうまく動くなんて驚きだ。


これはやはり、俺の体の中にも極微細想像力増幅装置が入り込んでいるのかもしれない。それで俺の考えた通りに手足が動くのかもしれない。


俺の頭の中には、これまでテレビで見た特撮ヒーローたちの情人離れしたアクションシーンがすべてインプットしてある。この調子なら、それらがすべて再現可能かもしれない。……これならこの勝負、イケるかもしれない。




「ハルト! なぜココに! それになんだいまの動きは?」


「やあアスカ。なんか目が覚めたら、凄い力持ちになっちゃっててビックリ! 俺ってスーパーヒーローだったのか? 的な状態だぜ」


「……まさか、私の極微細想像力増幅装置の一部がハルトに移ったのか?」


「たぶんな。けっこう使いこなせるみたいだぜ。ってわけでアスカ、俺も一緒に戦うぜ」


俺は倒れたままのアスカに手を差し出した。

だがアスカは動かない。手を握ろうとしない。どうした?


「……手は結べない。もうこれ以上、ハルト達を巻き込むわけにはいかない」


「どうしてだ?」


俺は手を引っ込めない。


「手紙を見ていないのか」


「読んだ。だからここに来たんだ」


「どうして! だって、ひばりは私のこと、友達だって言ってくれたのに! なのに私は、もやもやした気持ちで! 私は……、助けることができたのに、わざと助けなかったんだ……ひばりを見殺しにしようとしたんだ! あげくの果てにハルトに大怪我をさせた!」


「だそうだひばり。何か言うことあるんだろ?」


『アスカ、聞こえる? あたしよ、ひばり』


アスカの肩がビクッと震えた。


「ひばり? 近くにいるのか?」


俺のバイザーにもひばりの声が聞こえる。どうやら三人での通信が可能になったらしい。ひばりのやつ、こんな短時間にバイザーを使いこなせるようになるなんて。


『うん。でも怖いから姿は見せない。あっ、怖いっていうのはビーストのことね。アスカは怖くないからね』


「……私は、その……」


『あたし、許さないから!』


語気を強めたひばりの声にアスカの全身が大きく跳ねた。


「ひばり?」


思いがけない言葉に思わず俺も聞き返す。


『許してほしい? だったらあたしがアスカを許す条件はただ一つ! ずっとあたしと友達でいること! 以上よ!』


「プッ、ハハハッ、なんだよそれ」


思わず笑ってしまった。


「……」


アスカは目をぱちくりさせている。


『どう? いいでしょ! これがあたしの言いたかったこと! ハルトもアスカに言うことあるでしょ?』


「えーっと、いっぱいあったんだけど、なんだったっけ? あーっと、そうそう。俺をこんなスーパーヒーロー みたいな体にしてくれて、ありがとうな! 俺、一度でいいからSF的なヒーローみたいな肉体になりたかったんだ。えっと、あと、俺とも仲良くしてくれよな! そうしたら、俺も全部許すぜ!」


「……」


やっぱりぱちくりしている。


『ほら、ね。あたしもハルトももう気にしてないんだよ。で、アスカの返事は?』


「ほ、本当に、許して……くれるのか? グスッ」


「『許す!』」


「うぅ……もう一度……友達になってもいいのか?」


「『いいの!』」


アスカはおずおずと、俺の手を握った。


その瞬間、ウォーターアイランドの時みたいに、アスカの全身から炎が上がった。

いや、アスカからだけじゃない。俺の体からも激しい炎が上がっている。

炎のせいか、アスカの顔も真っ赤に見える。


「おおっ燃えてるな、アスカ! よし、一緒に戦おうぜ!」


『相変わらず、鈍感男ね……』


「ふふっ。あっはっはっはっ。そうだな! 戦おう! 私はもう負けない!」


久しぶりにアスカの笑顔が見えた。アスカが俺の両手を強く握る。


『ピピッ。武装のロックが解除されました。武装レベル3を開放します。ピッ』


え? 何? 俺の両手、光ってない? いや、俺の体の周り全体が光って、どんどん両手に集まってくる。なんだこれー!


見る見るうちに、俺の左右の手のひらから刀の束が出てきた。アスカはそれを左右の手で握り、一気に引き抜いた。


「えっ、でかい!」


アスカの左手にはウォーターアイランドの時に見た太刀が握られていた。そして右手にはさらに長く大きな、2メートルはありそうな、ぶっとい刀が出現していた。


「これは、大太刀……! これならビーストも斬れるかもしれない」 

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