第24話 手紙

「はあっ、はあっ、ハルト、ちょっと教室で休んで、頭を整理しようよ」


ひばりの提案を受け、教室に入った。ふー、やれやれ。


「俺の身体、いったいどうなっちまったんだろう。ん? 俺の机の上に何かあるぞ?」


「あっ、これってウォーターアイランドであたしとハルトが着けたバイザーじゃない。ちょっと前のことなのに、なんだかなつかしく感じるね」


「そうだなあ。ん? バイザーの下に何かあるぞ。手紙?」


表には『ハルトとひばりへ』と書いてあった。


「これ、アスカの字だ!」


俺は急いで手紙を開封した。



―ハルトとひばりへ。


本当にすまない。

ハルトが大怪我をしたのは私のせいなのだ。


ビーストの爪でひばりが空中に放り上げられた時、私は動けなかったのではない。

動かなかったのだ。

助けるのが間に合わないと判断したから動かなかったのでもない。


すぐに動けばビーストに一撃をくらわせ、ひばりを助けることがほぼ確実にできたのだ。それなのに、私は、ひばりを助けなかったのだ。


私は最低な心の持ち主だ。

あの一瞬に、私は「このままひばりがいなくなってしまえば……」と考えてしまったのだ。そう思うと、もう体が動かなかったのだ。


ひばり、本当にすまなかった。



私はいつの頃からか、心がおかしくなってしまったのだ。

ハルトとひばりが仲良く話をしているのを見るだけで、私の心がいじけてしまうように変化してしまった。


その私のひどい心のせいで、あやうくひばりを見殺しにするところだったし、結果としてハルトを瀕死の重傷にさせてしまった。



ハルトの体のことだが、私の極微細想像力増幅装置を用いて、私の身体の半分とハルトの身体の半分を入れ替えるという治療を施した。


なにぶん前例のない行為なので、どのような副作用が起こるかはわからない。

重ね重ねすまない、ハルト。


こんな私は、もうこれ以上、二人と青春をする権利はない。

私はもう、二人の前から姿を消そうと思う。


ビーストのことは、私が責任を持って最後まで処理するので心配しないでほしい。



最後に伝えたいことがある。

ハルト、あの日、私に話しかけてくれてありがとう。


ひばり、友達だって言ってくれてありがとう。


三人で行ったウォーターアイランド、楽しかった。


初めて食べた地球の料理、おいしかった。


そうそう、ハルトにお風呂を覗かれたときは、本当に驚いたな。


ハルト、女子の下着を頭にかぶるのはもう辞めた方がいいぞ。


ひばりが本当に引いていた。


あと、カバンに女物のカツラを入れっぱなしにするのもやめてくれ。先ほどカバンの中のジャージを捕ろうとして、驚いた。


ハルトにジャージを着せる時は、目をつむっていたから少ししか見ていない。


学食チャレンジ、クラスのみんなが応援してくれて、とても嬉しかった。


心残りは私たちの新しい部活を作れなかったことだ。


本当は、もっと三人で青春をしたかった。



ハルト、ひばり、こんな私にいろいろと教えてくれてありがとう。

規則違反だが、バイザーは二人にあげる。


うまく言えないが、せめて私がここにいた証を残していきたいのだ。

短い間だったけれど、青春、楽しかった。



さようなら。 アスカより―



手紙の最後の方は、文字がゆがんだり、にじんだりしていて、読み取りにくかった。アスカがこの席で、泣きながら書いた姿が想像できた。


「うぅ……、アスカ。 何勝手にいなくなってんだよぉ。まだ青春の途中だっての! 俺は元気なんだから、気にせず帰って来いっての!」


「わーん。アスカー、いなくなっちゃダメだよう。恋する女の子なら、誰だって嫉妬するもんなんだよう。ぐすっ。私だって同じだってばぁ」


俺とひばりはしばらく涙が止まらなかった。でも、いつまでも泣いてはいられない。


「「アスカを探そう」」


同時に声が出た。


「でもどこにいるんだろ?」


「……そうだ。もしかしたら、地球での思い出の場所とかに、寄っているかもしれない」


「あっ、そうかも」


「よし、三人で行ったことのある場所に、手当たり次第に探しに行こう!」



俺たちはそれからアスカを探して、街中を走り回った。

だが、アスカの手掛かりは一向につかめなかった。


「はあっ、はあっ。ゲホッ、ゲホッ」


「大丈夫か、ひばり。走りっぱなしだったからな。無理するな」


「ご、ごめん。ち、ちょっと休ませて」


「顔色もよくないぞ。そういえば、昨日からずっと何も食べていないな。ひばり、ムリをしちゃあいけない。そうだ。あそこの喫茶店でご飯を食べて、休んでいてくれないか」


「はあっ、はあっ、ハ、ハルトは休まないの?」


「それが、体の調子がいいんだ。うまく言えないんだけど、空腹感みたいなものも全然ない。……あっ、もしかしたら、アスカの治療の影響で、俺の体内にも極微細想像力増幅装置が入り込んで、それで無意識に光合成してるのかもしれない」


「……そうかも。早朝の野球部の時の動きもすごかったし、いまだって、全然息切れしてないし。わかった、ハルト、あたしはここで一時間休む。一時間経ったら、戻ってきてくれる?」


「ああ、わかった。俺のカバンを預かっててくれ。じゃあ、行ってくる!」




俺は一人で走り始めた。 

ひばりが休憩しているいま、俺は気兼ねなく、高速で走ることができた。たぶんいまの俺は、世界一のマラソン選手よりも早く、長く走れるだろう。


アスカ、どこだ? どこにいるんだ? そうだ。俺がストーカー……じゃなくって、追跡調査をしていた時の場所はどうだろう。わずかな希望を胸に、思い出の場所をめぐる。


高層ビル街の路地に入り、アスカのように、ビルの屋上へと大ジャンプをしてみた。難なく俺も同じように飛び上がれた。


豪雨後に子猫を助けた時の川にも行った。川の水量が平常時のいま、幅の広い川には中州が見えた。その茂みが動いた。アスカか? 俺は中州へと勢いよく飛び移る。

まるで水たまりを飛び越えるように簡単に、中州へと大ジャンプができた。


間違いない。いまの俺の肉体は、極微細想像力増幅装置の影響か、それ以外の特殊な要因があるのかわからないが、まるでアスカのように動ける。


……中州には誰もいなかった。風で茂みが揺れただけだったようだ。



俺は高速で走り続けた。街中を。


ここか! あっちか! アスカに会いたい! 話がしたい! 


どこにいるんだアスカ! アスカ!


なぜだか、俺は走りながらアスカに出会ったばかりのころのことを思い出していた。



あの頃は、アスカのことを考えるだけで、夜も眠れなかったっけ。

あの時、これが恋なのかどうか、わからないって思ってた。だって、いままでの人生で恋をしたことがなかったから。恋かどうかわかるはずかない、って思ってた。 


「いまはどうなんだ! 俺!」


走りながら、思わず声が出る。


「……いまだって、これが恋なのかどうか、わからない!」 


すれ違う人たちが振り返っているのがわかる。でもそんなの、関係ない。


「いまわかるのは、俺はアスカと、もっと、もっと、もっと青春をしたいと思っている! これだけは、絶対に譲れない俺の気持ちなんだ!」  



ひばりと約束した一時間が経過した。結局、アスカは見つからなかった。俺は肩を落とし、ひばりの待つ喫茶店へと入っていった。


「ごめんひばり。アスカは見つからなかった」


「ハルト、大変だよ! テレビを見て!」


喫茶店のテレビから、レポーターの緊迫した声が流れていた。


『……こちらは星空駅の現場です。繰り返します。緊急事態です! 現在、星空駅構内のバスターミナルにて、連続殺人犯と思われる獣姿の容疑者が暴れています! あっ、あれは警察、または軍の特殊部隊でしょうか、これから突撃をするようです』


「あれって、まさかビーストか?」


 脳裏に、ビーストの「人間を狩りまくる」という捨て台詞がよみがえった。


「きっとそうだよ! あっ、特殊部隊が動き出したよ!」


 

特殊部隊と思わしき黒ずくめの人々が四班に分かれ、ビーストの四方を取り囲む。

隊員が何やら警告をした後、ビーストがゆっくりと一つの班に向かって歩いて行く。

特殊部隊の一方的な銃撃が始まり、やがて終わった。


だが、ビーストにはまるで効いた様子がなかった。ビーストは次々と特殊部隊四班に襲い掛かる。画面越しに、長い鋼のような爪が振り回されているのがわかった。


やがて画面内では、ビースト以外に動くものはいなくなった。


テレビの画面越しに、逃げ遅れた人々のパニックが伝わってくる。


ビーストは停車していた大型バスに乗り込んだ。

バスの窓が次々と赤い鮮血で染まっていく。


人々のパニックは最高潮に達しているようだった。バスターミナルは我先に逃げようとする人々により、スムーズな避難ができなくなっていた。


その人だかりの群れに、バスから降りたビーストが近寄っていく。



ダメだ。みんな、やられてしまう。


そう思った時、一人の少女がビーストの前に立ちふさがった。

長い髪の毛。すらりと伸びた手足、背が高く凛とした立ち姿。

服はドレス、手には小太刀、そして、目元にバイザー。


「「アスカ!」」


「おじさん、お金、ここに置くね! 行こうハルト! あたし、アスカに言いたいことがあるの!」


「ああ! 行こう!」

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