第23話 蘇生と変化
「ダメ。ダメだ。死ぬなハルト。私が悪かった。頼む。死なないでくれ!」
アスカでも取り乱すこと、あるんだなあ。
ひばりは気絶してるし、俺は意識がもうろうとしてきたし、困ったなあ。
「ああ、どうしよう! ハルトが死んでしまう! 私が、私が助けなかったから! 私のせいだ!」
涙を流していたら、せっかくのクールビューティーが台無しだぜ?
さっき見た感じじゃあ、全身がズタボロだった。出血も尋常じゃなかった。
そうか。理解した。俺はもうすぐ死ぬんだな。ああ、なんか現実感がないな。
……だったら、せめて、アスカには心に後悔が少しでもないようにして死なないといけないな。俺の最後の仕事ってやつだ。
「アス……、……」
ダメだ、声が続かない。目の前も暗くなってきた。
「ハルト? しっかりしろ! 死なないでくれ! お願いだ……」
暖かい……。なんだろう。ああ、アスカの涙か。
「私のせいだ! ごめん、ごめんなさい!」
お前のせいじゃないって。俺が自分で決めた行動だ。結果の責任は俺にある。
「……私は、ハルトと目が合うだけで、胸が高鳴ったんだ」
何の話だろうか。
「だから私は、ハルトがひばりと話している姿を見るだけで……。私は……最低だ……」
アスカが最低? 意味が分からない。お前はいつも最適な選択をしていると思うぜ。
「ハルト、死ぬのはお前じゃない。私だ!」
ちょちょちょ、アスカ、なんで服を脱ぎだすんだ?
「私は生まれてからずっと、冷たく冷えきった心で生きてきた。でも、ハルトが私に告白をしてくれたあの日から、私の心に何か暖かいものが宿ったんだ」
そうだったのか? へへっ、俺の告白も役に立つこともあるもんだな。
「でも、ハルトが死んだら、私はきっと、永遠に冷えた心で生きることになるだろう。そうなるくらいなら、私は、私は……死を選ぶ」
いやいやいや、死んじゃあダメだろ。っていうか、えっ、それも脱いじゃうの?
「きっとハルトはいま心の中で、「やめろ」と言っていることだろう。だが私は、ハルトを生かしたい! たとえ私が死ぬかもしれなくても」
アスカは涙でぐしゃぐしゃの顔のままそこまでしゃべると、ハッ何かに気がついた顔をした。そうして、少しだけ笑ったんだ。
「そうか……この気持ち、きっとこれが……。ハルト、私に青春を教えてくれて、ありがとう」
お礼を言うのは早いって、あー……もう目が見えなくなってきた。意識が遠のく。いよいよ死ぬのか。死ぬときはもっといろんなことを考えると思っていたけど、こう出血多量じゃあ、そんな余裕もないもんだな。ああ……終わりか。
◇
それから俺は夢を見たんだ。
うわー、裸のアスカが俺を抱きしめるー。えっ、ちょっ、そんなとこまで?
温かいなあ。柔らかいなあ。気持ちいいなあ。
あれ? 俺たちの身体の周りが、ピカピカ、キラキラと光ってない?
ねえ、光ってるよね! うわっ、まぶしっ。でも綺麗だなあ。
うわわ、光が渦巻きながら、俺の身体に入ってきた! 痛……くない。
ちょ、どんどん俺の身体の光が強くなっていくんですけど! まぶしー。
なあアスカ、すごくない? ……アスカ? どうした? なんでそんなに苦しそうな顔してるんだ? おいアスカ! お前の身体の光が薄くなってないか?
もういい。やめて くれ!
◇
「……ト……ルト……ハルト! 起きて、しっかりして!」
「ん? ひばり?」
意識が戻ると、涙で顔をぐしょぐしょにしたひばりが顔を覗き込んでいた。
「……ここは? あれ?」
ひばりの返事を聞かなくても、すぐにわかった。ここは以前アスカが日光浴をしていた場所。つまり俺たちの通っている高校の屋上の、階段室の屋上だった。
朝のさわやかな空気の中、野球部の朝練の声が聞こえてくる。
「俺たち、どうしてここに?」
「分かんない。あたしもさっき目が覚めたばっかり。そしたらハルトが隣で倒れてて、死んでるんじゃないかって。あたし、あたし……」
俺は自分の身体をぐるぐると見渡した。制服は着ていない。代わりにカバンに入れっぱなしだったジャージと体操服を着ていた。足元にカバンも転がっていた。
あっ、そうだ! ケガは? 俺の手足は? 内臓は?
ひばりも俺の身体の状態を思い出したのか、慌てて俺の身体をあちこち触る。
……何ともない?
「俺は、大怪我をしたはずじゃ……」
「うん。私も見た。それから……。あれ? どうしたんだっけ? 記憶がないよ」
「ああ、それならしょうがないぜ。ひばりはすぐに気絶してたからな」
「そうだったんだ」
「でも、本当にどうなってんだ? 俺は大怪我をしたはずなのに、どこもなんともないなんて。それになんで学校の屋上にいるんだ?」
「私たちをここに連れてきたのって、やっぱりアスカじゃない? どこにいるんだろ」
「「おーい、アスカー」」
ひばりと俺は、周囲を見回しながら呼び掛けた。だがどこにもアスカの姿はなかった。
「いないな。ここにずっといても仕方ない。降りよう」
「ハルト、本当に体の調子、大丈夫なの?」
「驚くほど何ともないな。そうだ、ちょっと走ってみたい。校庭に行こう」
校庭では野球部員たちが、元気よく練習をしていた。
俺は走ったり、跳んだりしてみた。うん、体の調子は問題ない。
「おーい、ひばりー、どこもなんともな……」
「「危ない!」」
突然、後方から野球部員たちの緊迫感のある大きな声がした。
と、同時に世界から音が消えた。数メートル先のひばりが止まって見える。
な、なんだコレ? まさか時間が止まったとか?
……いや、違うな、よく見ると、ひばりがゆっくり驚いた顔をしているのがわかる。
そうか、SF的な世界ではよくある、時間の流れがゆっくりになるやつだ。でも、なんで急に俺にそんな能力が宿ったんだ?
おまけに……後ろを振り向かなくても、後ろの野球部員たちの動きもわかるぞ。
ああ、打球か。打球がこっちに飛んできているんだな。見えなくても分かるぞ。それで、危ない! って教えてくれたんだな。
おおー、すごいじゃん。俺。超感覚ってやつかな。
ん? ちょっと待てよこの打球、このまま行くとひばりの顔面に直撃するな。
見えなくってもわかるって変な感じだ。へえ、不思議なもんだ。って感心してる場合じゃない。打球がひばりに当たる前に捕らないと。でも俺からひばりまでは、数メートルあるぞ。あー、でもたぶん間に合うな。よいしょっと。
俺がゆっくりとジャンプすると、あっという間にひばりの前に着いた。
パシーン!
「キャアッ。……ん? ハルト捕ったの? すごっ」
「取れた、な」
ボールを捕った途端に、スローモーションの世界は終わった。
「えっ? さっきあそこにいなかった? 瞬間移動してない? ハルトからボールが飛んでくるの、見えていなかったよね? どうなってるワケ?」
そりゃそう思うよなあ。俺だって、不思議だ。
「ごめんなさい!」
「ケガはないですか?」
振り返ると、遠くから駆け寄ろうとする野球部部員たちの姿が見えた。
「あー、大丈夫ー! キャッチャー、いくよー!」
投げ返しますよーっと。
ん? また世界がスローモーションみたいになったぞ?
投げる時もなるワケ? えっ? これひょっとして、豪速球とか投げれちゃうヤツ?
ワクワク! ちょっとやってみよ! よいしょーっと。
うわー、しなる、しなる。体全体がムチにでもなったみたいにしなるぞ。
それ、ボールをリリース。いっけー!
ゴオッ。ズバーンッ!
ボールはまるで重力がないかのように水平に飛び、キャッチャーのミットに収まった。キャッチャーはそのまま後ろにゴロゴロと転がり、起き上がった。口をパクパクさせている。良かった。ケガはしていないみたいだ。
「ハルト、これって、まさか」
「ああ、俺の身体が大きく変化しているみたいだ」
あっけにとられていた野球部員たちが騒ぎ出した。これ以上ややこしい事態になっては困る。俺はひばりの手を取って、その場から速やかに逃げ出した。
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