第22話 絶望

翌日、星空高校の正門前で俺とひばりは青い顔をしていた。


「ハルトどうしよう。もうすぐHRの時間なのにアスカが学校に来ないよ」


「まずいなあ。昨日の様子じゃあ、アスカが一人でビーストのところに行ってしまいかねない。朝一で説得しようと思っていたのに」


「やっぱりそうだよね。アスカは優しい子だから、あたしたちを巻き込みたくないはず」


「そうだろうなあ。昨日俺たちの前から姿を消したのも、その話題になることを恐れたからだと思うんだ。そうじゃなきゃあ、急に逃げ出したりなんてしないはずだ」


「そうだね。……で、ハルトはどうするの?」


「……俺は行く。きっと場所はビーストと初めて会った星空公園だ」 


ひばりが急に俺の手を握った。見るとグッと下唇を噛み締めている。


「い、行かないでよ! ハルトが行っても、足手まといでしょ! 警察官の拳銃だって、ビーストには効かなかったっていうんだから。ハルトに何かあったら、あたし、耐えられないよ! ……アスカは強いから、一人でビーストにも勝てるかもしれないし」


俺はひばりの手を強く握り返す。そして、そっと放した。


「でも、アスカは友達だ。友達のピンチに手を貸さないなんて、俺じゃない! ごめん、ひばり。俺は行く!」



俺は学校を後にして、星空公園へと走っていた。俺に何ができるのかはわからないけれど、とにかく止めないと!昼まではまだ時間がある。間に合うはずだ! 


「はあっ、はあっ。よし、この先の林の道を進めば、あの広場に出る」


「待ってよー、ハルトー。あたしも行く!」


「ひばり? ついてきたのか? どうして?」


ひばりは両手を膝につき、息を整え、汗びっしょりになっている顔を上げた。


「あたし、ハルトが好き! ……でもアスカも好き!」


ん? 何の話だ? 


「ごめん! あたし、ひきょうだった。アスカがいなくなればいいって、思っちゃった! でもこのままあたしも行かなかったら、一生後悔する! だから、あたしも一緒に行く!」


ひばりの眼には涙がたまっていた。そうだな。きっと後悔する。それだけは分かる。


「行こう! 俺たちにもできることはきっとあるはずだ」



俺たちは静かに、ビーストと初めて出会った約束の広場へと移動した。春には桜が満開だった広場は、新緑の緑で青々と輝いていた。新緑の風が清々しい。


「しっ、……ハルト隠れて」


ひばりが俺の手を引っ張った。瞬間的に茂みに身を伏せる。


「奥義 灼光(シャッコウ)」


聞き覚えのある声と共に、林の奥がキラキラっと光り、赤い閃光が水平に駆け抜けた。

アスカだ。バイザーと戦闘用のドレスを装着し、手には太刀を握っていた。


バキバキィッ!


少し遅れて、林の中から木が折れる音と共に、広場の中央へとビーストが飛び出してきた。どうやらアスカの激しい攻撃がビーストに命中したらしい。


「慎重派の犬め! やるじゃねえか!」


ビーストはその巨大な体躯をゆっさりと揺らしながら、腰を低く落とし、構えた。


「……なぜ動ける。効いていないのか?」


アスカは呆然としていた。俺だって不思議だ。だっていまの技は、ウォーターアイランドに現れた巨大な多脚戦車をも一瞬で仕留めた技だ。なぜビーストは無事なんだ?


最初に現れた時にだって、小太刀で傷を負わせられたじゃないか。


「バカが。俺様の野獣闘衣をなめるなよ。てめえのへなちょこ刀なんざ、屁でもねえ。最初にダメージを受けてやったのは、遊んでいたからだぜ。もっとも今も遊び程度だがな」 


俺たちはさらに身を低くした。


「なんでもう戦ってるの? まだ昼前なのに」


「もしかしたら、アスカは俺たちを巻き込みたくないから、昼前に来たんじゃないか? ……そしたら、先に来ていたビーストと鉢合わせしたのかもしれない」 


ビーストは地面を蹴り、巨大な手の爪で素早くアスカへと襲い掛かる。 


ギャリイィィン! 


アスカが太刀で受け止めると、金属音とともに、すさまじい火花が舞い散った。


「慎重派の私が狙いなら、なぜ地球人を殺す。強行派と言えども、そんなことをするメリットはないだろう」


「メリット? そりゃあ強行派にも無差別殺人はメリットはねえよ。でもよ、俺にはすげえメリットがあったんだわ」


「お前にメリット……? なんだそれは」


「いやあ、最初は騒がれたから、仕方なく原住民を殺したのよ。そしたらよ、気持ちいいんだわ。これが。わかるか? 俺の冷え切ってた心がポッカポカよ! 目覚めたんだわ。殺人の快楽ってやつになあ」


「そんなことのために、ヨネスケを……生徒会長を……、人々を襲ったのか」


「その通りだぜ! まさかこんなに人間を狩るのが楽しいなんてなあ……」


「では、なぜ私を呼び出したのだ!」


ビーストは天を仰ぎ、トラのように大きな鼻をひくひくとさせる。


「バーカ! まだわかんねえのか! 俺は遊んでんのさ。つまり、お前が狙いなんじゃねえってことよ! 真面目そうなお前に、お友達が出来たら、そいつらをぶっ殺してやりたかったのよ! そうなったらお前、落ち込むだろ? お前をただぶっ殺すより、よっぽど楽しいってわけよ」


「……ゲスめ。だが残念だったな。あの時の少年と少女はただの顔見知りだ。友人などではない。だからここに来ることも……ない」


アスカは暗い表情で、ビーストとの間合いを計りなおしている。


「ヒャッヒャッ。……そいつはどうかな? 野獣闘法 地獄鎌!」


ビーストの手の爪が紫に光り、刀のように伸びた。と思った瞬間、ビーストは高く飛び上がり、木々をまるで大根でも切るかのように、スパスパと斬っていく。


「……何をしている? 私はここだぞ」


凄まじい連撃により、辺りの大きな木々が倒れだす。どんどんとこちらへ迫ってくる。


「きゃあー!」


「危ない、ひばり!」


ビーストはあっという間に俺たちの前にまで迫り、俺たちが身を潜めていた大木を刈り取った。大木に押しつぶされそうになるひばりを、俺はギリギリで引っ張った。


「ハルトとひばり? バカな! どうしてここに来た!」


「良かったなあ! お友達が応援に来てくれて! さあ殺すぜ! まずは女からだ!」


「ひばり、逃げろ!」


俺はひばりに手を伸ばすが、ビーストは素早く長い爪の先をひばりの制服にひっかけ、空高く放り投げた。


「うそっ、た、助けてっ」


ビーストはその場に足を止め、落下してくるひばりを爪で切り刻む動作に入った。

重力に引かれ、ひばりが落下してくる。そんなのダメだ、やめろ、やめろ! やめろ!


「ひばりぃっ」


俺は飛び上がり、落下してくるひばりの身体に体当たりをした。


ドンッ。シュッ。ザザンッ。


ひばりの身体の落下位置はずれた。ビーストの爪は、ひばりには当たらなかった。


……俺の身体に当たったんだ。 


なんだろう、現実味がない。体のあちこちが熱い。……爪で斬られたのか。斬られたら、熱いのか。熱くって、痛い。でも、現実感のない、痛みだ。


「ちっ、男に当たったか。まあ順番が狂っちまったが、いいだろう」


「うぅ、ハルト……、ハルト……」


地面に落ちたひばりが、地面を這いながら、俺のところへやってくる。


「わあぁぁぁぁ!」


俺の状態を確認したひばりは突然取り乱した。……バカひばり。あー、もう、そんなに泣いてちゃダメだろ。せっかく助けたんだから、早く逃げてくれよな。


アスカは? なんで突っ立ってんだ? 早くビーストをやっつけちまいなよ。


「あああ……なんでハルトが斬られている? こんなのダメだ。ダメだ。おぉぉ……私のせいだ。全部、私のせいだ。こんなのはダメだ……」


こらアスカ。そんなにうろたえてどうする。おい、刀を落とすんじゃない。

そうだ拾え。そう。よしよし、刀をしっかり握るんだ。


「しっかりしろ、私……。でも……あぁ……こ、心が崩れそうだ……」


あっ、また刀が落ちた。早く拾えってば。おい、膝から崩れ落ちるんじゃない。


「んー? ……ハハッ! なんだそういうことか。おいおい、慎重派さんよう、原住民にお友達以上の気持ちを抱いてたってことか! こりゃ傑作だぜ!」


おいおい、この着ぐるみ野郎、アスカが落ち込む姿見て、うっとりしちゃってんじゃねえよ。おいおい、嬉しそうにブルブル震えだしたぞ。新手の変態かよ。


「まん! まん! 満足! 大満足うぅぅ!」


声でけえ。なんだそのセリフ。笑わせたいのか?


「あー、堪能したぜ。これでもう慎重派のお前には用はねえ。あとはじっくり己のふがいなさを悔やみまくれ。ヒッヒヒ。俺はこれからこの星の人間を狩って狩って、狩りまくって、毎日満足しまくってやるぜ。じゃあな!」


あっ、おい、逃げるんじゃない。アスカ、追いかけないのか! おい!

……あれ? なんか意識がぼんやりして来たぞ。視界も暗くなってきた。


ビーストの去った後、ひばりが俺の横にへたり込み、泣き続けている。

アスカがフラフラしながら、こちらへやってくるのが見える。


「……アスカァ、ハルトがぁ、ハルトがぁ。血が止まらないよう」


「お、落ち着けひばり。ふ、服を脱がすんだ。傷の深さを確認するのが先だ」


おいおい、女子二人に脱がせられるなんて、恥ずかしいんですけど。


「だ、だめ。手が震えて、脱がせられない」


「こ、小太刀で服を斬ろう」


まさか公園で女子二人に素っ裸にされる日が来るとは思わなかった。

っていうか、ちょっとは会話しないと、アレだな。よし、しゃべるぞ。頑張れ、俺。


「……。コヒュー……」


えっ、声出ないんですけど。

アスカが小太刀で服とズボンを斬り、布地を払った感覚があった。


「ふぁ……」


ドサリ。倒れる音が聞こえた。ひばりが気絶したのか。どうしたんだ? 


……よし、少しだけ、首が動かせた。……あー、この傷、死ぬやつだな。

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