第21話 ヨネスケの見たもの

それから三十分後、涙目の俺はパトカーの中で説教を受けていた。


「君ねえ、ブラジャーを二つもかぶって、奇声を発しながら病院内を走り回り、挙句の果てにトイレに閉じこもり、全裸で投降してくるなんて、人としてどうかと思うよ?」


「……ハイ、ホント、スミマセン。モウシマセン……」


「そのカツラはねえ、薬の副作用とか、頭部の手術で困っている患者さんのためのモノなんだよ? 変態のプレイに使うものじゃないんだよ?」


「……ハイ、ホント、スミマセン。モウシマセン……」


「まあ、ブラジャーをかぶること自体は罪にならないから、今回は逮捕しないけど。次やったら病院に対する威力業務妨害で逮捕するよ? わかった?」 


「……ハイ、ホント、スミマセン。モウシマセン……」


俺は厳重注意を受けたうえで、ようやく解放された。

うう、こんなはずでは。……何か人として大切なものを失った気がする。グスン。


「ファイト! 自分!」「ガンバレ! 俺!」「大好きだよ! 自分!」


脳内の俺たちが俺を応援している。よし、元気出そう。



俺は作戦通り、待ち合わせ場所のファミレスに着いた。


「サンキュー。ブラジャー役立ったぜ!」


「振り回さないで! さっさと返す! カツラも外して!」


「はいはい。どうぞ」


ブラジャーをひったくられた俺は、カツラを外し、カバンに押し込んだ。


「……」


「アスカ、大丈夫か? どうした? 何があった?」


アスカは真っ青な顔をして座っていた。全身がカタカタと震えているようにも見える。


「あたしから話すね」


「……すまないひばり、頼む……。すまない……」


「……ハルトが見張りの警察官たちをひきつけている間に、あたしたちはヨネスケ君の病室を探し出して、その部屋に飛び込んだの。部屋は個室でヨネスケ君だけだった」


「ヨネスケはどうだった?」


「面会謝絶のはずなのにあたしとアスカが突然入ってきたから、相当びっくりしてた。点滴してたけど、大きなケガは右足の骨折だけだから、すぐに退院できそうだって」


「そっかー、骨折は心配だけど、生きててよかった。詳しい事故の様子は聞けたか?」


「うん。ヨネスケ君が言うには、昨日の夕方、生徒会長との買い出しの途中に商店街に行ったらしいの。そしたら突然、前の方から悲鳴が聞こえてきたんだって。その叫び声のする場所では、人が次々と空中に放り出されていたのが見えたらしいの」


「それってまさか、ビーストが現れて、人々を襲ってた?」


「うん、たぶんそう。ヨネスケ君は、獣のコスプレをした見たこともないような大男が暴れていた、って言ってたからたぶん間違いないと思う」


アスカは、落ち込んだ表情のまま、下を向いている。


「それでビーストの攻撃に、ヨネスケが巻き込まれたのか」


「そうね。でもヨネスケ君は最初、赤水生徒会長を連れて逃げようとしたんだって。とっても恐ろしかったから」


「そりゃそうだよなあ。あんなのとケンカして勝てる地球人なんていないと思うし」


「でも、赤水生徒会長は違ったらしいの。襲われそうになっている親子連れを助けに走って向かって行ったんだって」


「……まさか」


「そう。それで赤水生徒会長は、まともにビーストの攻撃を受けてしまったらしいの。ヨネスケ君この話した時、ものすごく取り乱して泣いてた。『俺がビビッてないであの人を助けていればよかったのに! 俺が代わりに吹っ飛ばされたらよかったのに!』って」


アスカの全身がキュッと動いた気がした。


「ヨネスケ……つらいだろうな」


「それからビーストは群衆にものすごい勢いで突っ込んだって。ヨネスケ君の足はその時に折れたらしいの」


「くそっ、ビーストめ! よくもヨネスケを!」


「それから警察がやってきて発砲したんだって。でも、全然効かなかったみたい。それで今度は警察の人たちが次々と襲われて、宙を舞ったらしいの。ヨネスケ君もそれを見て、『もうダメだ』って思ったみたい。でも、その後ビーストはあっさり攻撃をやめたって」


「なんでやめたんだ?」


「それがね。伝言ゲームのためらしいの」


「伝言ゲーム?」


「うん。ビーストはね『いまから言うことを、お前たちの知り合い全員に伝えろ!』って言ったんだって。内容は『慎重派! お前と初めて出会った場所で、毎日昼12時に待っている! お前が来るまで毎日伝言ゲームを続ける!』って言っていたらしいの」


「それってまさか、アスカが現れるまで、毎日この街の人間を無差別に襲うってことか?」


「そうみたい。さっきニュースで知ったけど、今日の夕方にまた、別の商店街で無差別殺傷事件が起こったみたい。報道の目撃情報からして、まず間違いなくビーストね」


「なんて奴だ……。アスカを呼び出すためにそんなことをするなんて」


「……」


アスカは何も言わないが、身体の緊張がさらに強くなっていくのが伝わってくる。


「そうだ! 赤水生徒会長は大丈夫だったのか?」


アスカの身体がビクッと小さく跳ねた。


「それがね。ヨネスケ君も生徒会長の容体は知らされていなかったみたいなの。それから廊下が急に騒がしくなったの。あたしとアスカは病室の扉の隙間から様子を見たわ。そうしたら、大手術が終わったらしい患者が一人、運ばれていくところだったの。体中にチューブやモニター用のコードをたくさんつけられてた。大勢の医療関係者に付き添われていた。その……全身が……頭部まで、特別な器具で固定されていて、絶対安静って雰囲気だった……」


まさか。イヤな想像が止まらない。


「顔が見えたの。赤水生徒会長だった……。容体はそこまでしかわからない。それからあたしたちは空室の病室を探して、その部屋の窓からアスカに抱っこしてもらって、飛び降りて、病院から脱出したの」


「……」


俺もアスカ同様、言葉が出ない。でもアスカはきっといま、すごく複雑な気持ちなのではないだろうか。

今回のビーストの虐殺事件は、ビーストが一方的に悪い。そこは間違いないと思う。


だけど、その原因の一つがもしかしたらアスカ自身にある、と考えていないだろうか。まじめなアスカなら、考えてしまうかもしれない。


「アスカ」と声を出そうとしたその時、アスカは無言で立ち上がり、早足で店を出て行った。慌てて後を追ったが、もうどこにもアスカの姿はなかった。

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