第20話 潜入大作戦

「先ほど、うちのクラスの米田君が事故に巻き込まれたという一報が学校に入ってきた。先生はこれから星空病院へ行ってくる」


朝のHRの時間、いつもより遅れて教室に入ってきた渡辺先生が、息を切らしながらそう言った。

「ヨネスケのやつ……大丈夫かな」


「心配だね。登校中に交通事故にでもあったのかな?」


「そうだな。いつも元気な奴がいないと心配になるものだ」 



それから休憩時間のたびに、ウソとも本当ともわからない情報が、クラス内を飛び交い始めた。


「今朝事故に遭ったんじゃなくって、昨日の夕方に事故に遭ったらしいよ」


「赤水生徒会長も一緒にいたらしいよ」


「米田君以外に、他にも事件に巻き込まれた人がいるんだって」


「何十人も救急車で病院に運ばれたって言ってたよ」


「重症の人も結構いるって」


「米田君だけじゃなくって、赤水生徒会長も大怪我したんだって」


「なんでも五人ほど亡くなったらしいよ」


「毛皮を着たでっかい男に襲われたって」


真偽の定かではない情報が入ってくるにつれ、俺の頭の中には、あの獣みたいなやつ、ビーストの姿が浮かんできた。


放課後、俺たちは机を囲んでいた。


「ハルト、ひばり、これはもしかしたらビースト絡みの事件かもしれない。米田が大怪我をしていたらどうしよう。もし、最悪なことになっていたら……」


いつも冷静なアスカがオロオロしている。


「落ち着いて、アスカ。まだそうと決まったワケじゃないでしょ。それにもしビーストが関係していたとしても、それはアスカのせいじゃない」


「しかし……、ああ、どうしよう」


「落ち着けって。なんにせよウワサ話だけじゃあ、何も分からない。よし、いまからヨネスケが担ぎ込まれたっていう病院へ行こう!」


 

俺たちは詳細な事情が分からないまま、星空病院へと向かった。

星空病院はこのあたりで一番大きな総合病院だ。


「なにこれ、辺りがおまわりさんとパトカーでいっぱいじゃない」


他にも私服の刑事と思わしき目つきの厳しい男たちが、あちこちに立っていた。


「どうなってんだ?」


警察官たちの厳しい視線を感じながら、俺たちは病院の受付へと進む。


「すみません。入院している米田新之助君の友達です。病室を教えてください」


ひばりが丁寧に受付の人に聞いてくれた。受付の人は、「調べますので少々お待ちください」と何やら調べ物を始めた。その直後、表情が変わった。


「患者さんは現在、北棟6階の特別病室に入院中です。ただ、現在面会謝絶ですので、お見舞いはご遠慮ください」


「どうしてですか? ケガがひどいんですか?」


「……守秘義務があるのでお答えできません」


「そんな、学校でも詳しいことがわからないんです! 俺の友達なんです!」


俺は思わず受付カウンターに身を乗り出した。


「規則ですので。ご理解ください」


「そんなのおかしい……」


「ハルト落ち着け。仕方ない。あそこの喫茶店でお茶でも飲んで帰ろう」


食い下がろうとする俺の腕をアスカがグイと引く。アスカは何やら目をパチパチしている。何か考えがあるんだな。


「……わかりました。失礼します」


俺たち三人は、そのまま病院内の喫茶店へと入った。



「……で、どうする気だ?」


俺は注文したレモンスカッシュを飲みながらアスカを見た。


「幸い北棟6階の特別病室にいることがわかった。病院内のマップもあそこの壁に掲示してある。特別病室の階には警備がいると思われるが、一気に強行突破しようと思う。そして米田の病室を探し、何があったのか、直接聞く」


「アスカ、そこまでする?」


「する。もしこれが、ビーストが起こした事件だとすると、アイツを止めるのは、私の仕事だ。二人はここで待っていてくれ」


「あたしたちも行くよ。だって友達だもん。ね、ハルト」


そう来たか。面白くなってきやがった。でも、こういう時は力押しじゃあダメなんだ。SF的な発想が必要だぜ。少し不思議な作戦がな……。


「むふふ、俺にいい考えが浮かんだぜ。二人とも、耳をかしてくれ。ごにょごにょ……」


「えー! 絶対にイヤよ!」


「ハルト、そこまで堕ちたか」


「違うって! そんな汚物を見るような目で見るなって。これなら誰も傷つけずにうまくいくはずなんだって!」


俺は二人に詳細な作戦を伝え、一気にレモンスカッシュを飲み干し、席を立った。


「さあ、行くぞ! 特別病室潜入大作戦だ!」


時折警察官の姿があるものの、制服姿の俺たちをそれほど警戒していないのか、北棟5階まではなんとか無事にたどり着けた。


「ここから先は、階段から進もう。あとは作戦通りに頼むぞ」


「ハルト……その作戦、本当にやる気なのか? 私も恥ずかしいのだが……」


「ああ! 任せとけ! 友達のためだ、後悔はしない。さあ、気にせず行ってくれ」


俺は階段の陰からひばりとアスカを見送り、階段に身を伏せ準備を始める。


「君たち、どこへ行くんだ」


ひばりとアスカが6階へ着いたとたん、警棒を握りしめた二人組の警察官に声をかけられている。


「あの、友達が入院しているはずなんです。お見舞いに来たんです」


ひばりが緊張した様子で答える。


「そうか。すまないが現在この階は、医療関係者以外立ち入り禁止となっているんだ」


「そうなんですか……。じゃあ、帰ります……。きゃー! あそこの階段にブラジャーをかぶった変態がー! 助けてー、お巡りさーん!」


「はあ? そんな変な奴が病院にいるはずが……いるー!」


俺は病院の売店で買った女性のロングヘアのカツラをかぶり、ひばりとアスカから借りたまだ温かいブラジャー2つを、マスクとメガネのように十字にかぶり登場した。


「でゅふふふふ。俺……じゃなかった。私はブラジャーガール!」


説明しよう! こうすることで即席の覆面が完成し、顔バレすることなく、警察官の注意を引くことができるのだ! さらにカツラを被ることで、性別さえもわからなくすることができる! これでアスカが警察官にケガを負わすことなく特別病室へ侵入できるはずだ!


「至急、至急! 北棟6階特別病室通路に不審者出現! 変態だ! 応援を求む!」


「君たち、危ないから下がっていなさい! そこの不審者、その腰をクイクイしながらジグザグに動く不気味な踊りをやめろ! こら、やめろと言うのが聞こえないのか!」 


警察官二人は警棒を振りかざし、俺の方へと迫ってきた。

さあいまだ二人とも。ヨネスケの病室へ行って、何があったのか聞き出してきてくれ!


ひばりとアスカは警察官が俺に気をとられている間に、病室へと走って行った。


これでよし、と。さて、俺の方は華麗にこの場からおさらばしますか! アデュー!

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