第16話 突撃! となりのエイリアン

俺はいま、アスカの制服を着ている。

おまけにブラジャーとパンティを頭にかぶり、鼻息をフガフガさせている。

そして目の前には裸のアスカがいる。

……どうしてこうなったんだっけ?


俺たちはウォーターアイランドのショー事件の後、速やかに家路についた。


「ただいまー」


「ハルト、おかえりーって、ああっ、母さん! 大変! ハルトがひばりちゃん以外の女の子を連れてきたよ!」


「そこじゃねえだろ! 驚くところ! っていうか、連れてきたっていうか、連れてこられたように見えるだろ、コレ。どう見ても」


俺はショー事件で走り回ったので、再びケガが痛み出したのだ。だからひばりとアスカの肩を借りて帰ってきた。


「じゃあ、私はこれで」


ガシッ、ガシッ。


「ままま、さささ、どうぞどうぞ」


さっさと帰ろうとするアスカだったが、母と姉に強引に家の中に連れ込まれていった。

……ゴリラ男たちでも捕まえられなかったのに、なんかすごいな。


アスカとひばりは、そのままうちで夕食を食べた。

姉と母は俺たちの関係を、わちゃわちゃしながら聞いてきた。

めんどくさいので「あー」とか「そーね」とか言って、濁しておいた。


テレビでも見るか。ポチッとな。


『……本日、新しくオープンした複合レジャー施設、ウォーターアイランドにて、ドーム天井が壊れるという、謎の爆発事件がありました。複数の目撃者の話では、「クモみたいな戦車が降ってきた」や「謎のヒーローが倒した」などという証言がありました。ちなみにこの事件によるケガ人はいませんでした……』


あちゃー、ニュースになってんぞ。知ーらないっと。


『……次のニュースです。ここ連日、市内で若い女性を中心とした行方不明者が増加しています。また行方不明者たちが姿を消す前に、大きな獣の皮をかぶった怪しい人物を見た、という情報が複数寄せられています。特徴的な人物でありながら、いまのところ逮捕につながりそうな有力な情報は寄せられていません……』


これもまさかビーストの仕業か? あいつ、いったい何が目的なんだ?


「ひばりちゃん、いつもハルトのためにお弁当のおかず作ってくれて、ありがとうね。あとごめんね、鈍感な弟で」


姉が食卓をふきながらひばりに話しかけていた。


「いいんです。慣れてますから」


ん? 姉ちゃんは何を言ってるんだ。確かにひばりは頻繁に、我が家におかずを持ってきてくれる。でもいつも「量を間違えて作りすぎちゃった」って言ってるじゃないか。まあ、訂正するのもめんどくさいから、ほっとくか。


「ハルトもう遅い時間だから、アスカちゃんとひばりちゃんを家まで送ってきなさい!」


はいはい、そうしますよっと……。


「イテテ!」


やばい。体があちこち痛くて歩けない。立ち上がるのがやっとだ。


「困ったわねえ。ひばりちゃんちはお隣だから見送れるけど、アスカちゃんみたいなか弱い女の子一人で夜道を返すわけにもいかないわ。さっきもテレビで怖いニュースやっていたし」


「いや、ご心配無用です。私なら一人で大丈夫……」


その時、姉の眼がキランと光ったのを俺は見た。


「しょうがないわね。じゃあ、アスカちゃん泊まっていきなさいよ! ね!」


ええー! 何その急展開! いや、そりゃさすがにまずいんじゃないの?


「ね、姉ちゃん。そりゃまずいって。ひ、ひばりの家に泊まるのはどうだ?」


「ごめんハルト。うちは弟たちがうるさいし、部屋がもう一杯だから、アスカを泊めるのは無理なんだ」


そうだった。ひばりの家は大家族。弟たちがたくさんいるんだった。


「ふむ。一つ屋根の下で過ごしてみれば、青春にも近づけるかもしれぬな。よし、泊まらせていただこう」


ええー! いいの? そりゃあ、エイリアンの生態を観察できる機会が増えるのはうれしいけど、まだ、俺の心の準備が、その、あの。


姉は「どう? お姉ちゃん、いい仕事したでしょ!」といわんばかりに俺に目線を送っている。何考えてるんだこの姉は。 


「ただし! アスカは冬美おねえちゃんの部屋で寝ること! 冬美おねえちゃん、ハルトが変なことしないように、お願いします!」


「オッケ! 任せといて、ひばりちゃん!」


「じゃあ、あたしは一度家にかえって、家のこと済ませてから、また様子見に来ます」


こうして急遽、アスカが俺の家に泊まることになった。



……そして俺はいま、忍び足で風呂場前の脱衣所に向かっている。

そう、アスカは現在、風呂に入っている。


部屋で一人思考を整理した俺は、一つの解にたどり着いたのだ。


「これは研究の大チャンスがやってきたのだ。ムフフ」


思わず変な笑い声が漏れ出る。気分は探検隊の隊員だ。


「こんにちは。研究員の青木ハルトです。研究対象であるアスカは、休日でも同じ制服を着ています。それはなぜでしょうか? もしかすると制服にも秘密があるのかもしれません。いまからその秘密に迫りたいと思います」


俺は探検隊のナレーション風に小声でしゃべりながら、ついに風呂場前の脱衣所にやってきた。ガチャリ。よし、侵入成功だ。


「……どうでしょうか。あっ、見つけました。アスカのいつも着ている制服です」


俺は脱衣所のカゴに置いてあったアスカの制服を手に取って観察してみる。うん、すべすべしていて気持ちいい。


じっと見つめる……が、特に怪しい点は見当たらない。


クンクン……匂いも……なんだかいい香りがする。変態じゃないぞ。研究だ。うん。


「……いま新しい仮説が生まれました。これは、装着した時に力が出るタイプのパワードスーツかもしれません。さっそく着てみたいと思います。すべては研究のために……」


俺はアスカの制服を着てみた。もちろんスカートもはく。


「……おかしいです。何も起こりません。あっ、また新仮説が生まれました。ブラジャーとパンティにも秘密があるのかもしれません。……違います。変態なのではありません。研究のためなのです」


俺は自分に言い聞かせるようにナレーションを入れつつ、ブラジャーとパンティを手に取った。水色のプラとパンティだ。


「……意外です。詳しくチェックしたところ、一部にフリルやリボンが確認できます。おしゃれ下着です」


……おお? なんだ? 下着を手に取ると、俺の身体の奥底から何かが湧いてくる!


「ピンと来ました……下着と制服、セットで装着すると力が出るタイプのパワードスーツなのかもしれません」


俺はもう制服を着ている。いくらなんでも制服の上からブラはつけられない。変態じゃあるまいし。……とすると、後は頭しか装着する部分がない、な。


「……かぶってみたいと思います」


俺はパンティをかぶり、次にブラジャーを頭に載せた。これが極微細想像力増幅装置でできたものなら、装着することで、未知のエネルギーが得られる可能性が高い!


「……はっ、これは! 何か、何か湧き上がってくるエネルギーを感じます! ふおおおおおぉぉ!」


ふと脱衣所の鏡に映る自分が目に入った。


そこにはクラスメイトの女子が入浴している風呂の脱衣所で、女子の制服を着て、頭にブラジャーとパンティをかぶって変なポーズを決めている自分の姿があった。


途端に未知のエネルギーはゼロになった。


「……危ないところでした。別の何かが目覚めるところでした。……いやいや、変質者じゃないですよ。研究のためですから」


俺は鏡の中の自分に説明をするかのように、真顔で独り言を言った。


ガチャリ。


アスカが裸で出てきた。


「えぅっ、ハル、なに……」


ガチャリ。


「お待たせアスカ! 替えの下着と服、持ってき……」


後ろの扉からは、ひばりが入ってきた。


「「……」」


二人とも状況の理解に時間がかかっているようだった。そりゃ無理もない。

だってどう見たって変態がそこにいるのだから。


俺だって、そんなやつが家の中にいたら、どうしていいか理解に苦しむだろう。

しかし! 俺は変態ではないのだ! 話せばわかる!


俺はスッと背筋を伸ばし、人生最高のさわやかな笑顔でこう言った。


「……みなさんこんばんは。いやあ、これも一つの青春で……」


アスカとひばりの手足が俺の視界に飛び込んで来たところで、俺の意識は途絶えた。

 


「い、いてて……」

ここは? ああ、わかった。玄関の外だね。


どうやらアスカとひばりにボコボコにされた後、家の外に放り出されたらしい。

布団でぐるぐる巻きにまかれていて、身動きはとれない。


「ふう……、外見は地球人と同様……か。そして、太ももや胸の感触も地球人と同様。いまわかっている違いといえば、極微細想像力増幅装置によるものであろう肉体強化や人体発火現象、装備の作成など……だ。でも、それはエイリアンだから、というよりも、技術力の違いからくるものだけなのではないだろうか。だとするとアスカは……?」


空はうっすらと白み始め、朝日が昇ろうとしていた。

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