第15話 アオハリアン

ジャングルゾーンを抜けた俺たちがついた場所は、リゾート海岸ゾーンだった。

白い砂浜に人口の小さな波が打ち寄せる、静かな場所だ。


「あたし、あそこのお店で氷買ってくるね! そこのビーチチェアで横になってて!」


ひばりは俺の打撲箇所を冷やすための氷を買いにお店へと走っていった。


「このビーチチェアは固いな。ふむ、膝枕をしよう」


「いや、いいって」


「遠慮するな」


アスカはまるで赤ちゃんを抱っこするかのように、おれを担ぎ、そのままビーチチェアへ横たわらせ、膝枕をした。うわわ、柔らかいな。


アスカが心配そうに俺の顔を覗き込む。……って、顔、顔が近い! なんか恥ずかしいんですけど! ああ、また良い匂いが……!


いや、それより水着姿のアスカの生足から、肌のぬくもりが伝わってきて、変な気分なんですけど! なんかやばい。他のことを考えよう! た、体温は地球人と変わらないな、うん。……ダメだ。膝枕だから、強制的に目が合う。っていうか、水着に包まれたおっぱいが近い! 太もも柔らかい! 変な気分が止まらない! 


「ハルト」


「ひゃい! ななな、なんでしょうか」


「さっきも言ったが、先ほど私はうれしかった。守られたことなど、初めてだった」


「そ、そうなの?」


「うむ。守られるというのも、悪くないものだな。ふふふ」


「そっか、俺でよけりゃあ、いつでも守ってやるぜ。ははは」


こんなぼこぼこにされた状態で、軽口をたたく自分がちょっとおかしくて笑いが出た。

ん? どうした? なんだか苦しそうな表情だぞ。


「な、なんだろう、この感情。胸のこの辺りがキュッとする。苦しくて、うれしい、私の知らない感情だ」


アスカの潤んだ瞳に水面の光が反射し、キラキラと輝いて見える。


無言のまま時間が過ぎる。俺たちは言葉を発することなく、見つめ合う……。


「ハルトォー! 氷買ったよぉー! 冷やしたら帰ろうねぇー!」 


ずっと遠くからひばりの大きな声が聞こえた。

アスカと俺は頭を跳ね上げ、おんぼろなロボットのように、ギクシャクと手を振り返した。



打撲の痕を氷で冷やし終わり、何とか歩けるようになった俺は、二人の肩を借りたまま、プールゾーンへと戻ってきた。このまま更衣室のあるセンタービルへと向かおう。

今日はアクシデントもあったけど、アスカのことをまた少し知ることができて良かった。またいつか、三人で遊びに来たいな。


ドガーン!


突然、後方から凄まじい爆発音が聞こえた。


「な、なんだ?」


「見てハルト、ドームの天井が壊れてる! あっ、水しぶきも凄い上がってるよ!」


「バイザー! 索敵」


アスカがそう唱えると、きらめく光と共に、アスカの頭部にバイザーが出現した。

おおっ、カッコいい。何度見ても、良いデザインだ。


「むっ……。敵性エイリアンの反応を検知した。危険だから二人は先に帰ってくれ」


「いや、俺も行く! 友達だろ!」


「あたしも行く!」


「……わかった。ただし、ムリはするな。バイザー!」


声と同時に、俺とひばりの頭部に光が集まり、アスカと色違いのバイザーが現れた。


「そのバイザーをつけていろ。素顔が隠せるし、防御力も高い。それに様々な情報も表示される。私との通信もできる」


俺たちは巨大な水しぶきが上がった場所へと急ぐ。

それにしても、このバイザーと呼ばれた装置……なんだこりゃ? 俺の頭部に干渉していないのに、離れないぞ。どうなってんだ?


目の前のディスプレイには、情報がいろいろと表示されている。

ん? 西暦12万1979年? なんだこれ? 

もしかしたら、アスカの星で使われている暦か? 変なの。


現場に着いた。そこには長距離大型バス三台をくっつけたような巨体に、さらに八本足をつけたような、いかついクモ型の戦車のようなロボットが静止していた。


「ママー、なにアレ? おっきいくもさん?」


「ねー、なにかな? 新しいアトラクションかな?」


多くの親子連れやカップルたちが楽しそうに、クモ型ロボットを眺めている。


「えー! なんで誰も逃げてないの?」


ひばりが驚きの声を上げた。そりゃそうだ。こんなレジャー施設にあんなでかいロボ

ットが現れたら、ショーの一つと思っても無理はない。


「ねえアスカ、あれ何? 危なくないの?」


「バイザーによると、大昔の惑星調査用の多脚戦車だ。危険度高。しかしあんなもの、とっくの昔に使われなくなったはずだが……」


やっぱり戦車なんだ。


「ままー、おそらにおっきなひとがうつったよー」


「あらーほんとねー。イケメンね。俳優さんかしら」



「なんだ? クモ型から立体映像? あいつは……野獣化する前のビースト!」


空中に映し出された立体映像には、先週の日曜日にアスカと敵対していた敵性エイリアンのビーストの姿があった。


「あー、あー、ただいま、マイクのテスト中。あーあー、……なんだ? なんで誰も逃げ出してねえんだ? おーい原住民ども、聞こえるか? いまからこの多脚戦車でニンゲン狩りをしてみたいと思いまーす」


プールゾーンにビーストのふざけた声が響く。


「あのでかいクモの中にビーストがいるのか?」


「いや、ビーストの反応はここにはない。おそらく遠隔操作でどこか別の場所から操作しているのだろう」


「ゲーム感覚かよ、あの野郎! ふざけやがって!」


「みんなー! 早く逃げてー! あれはエイリアンの戦車なの!」


バイザーをつけたままのひばりが大声で叫ぶ。


「みんな! 多脚戦車に踏みつぶされるぞ! 逃げてくれ!」


俺も続けて大声で叫ぶ。時間がない。急いで避難をして欲しい一心だった。


「よーよー、そのヘルメット、カッコいいよ!」


「ねえ、あの子たち、バイトかしら? 演技がマジすぎない?」


「次は何が起こるのかなあ。楽しみだね」

 

まわりの人々は依然としてショーか何かの演出と思っているらしく、のんきに見物している。それどころか次々と人が集まってきてしまっている。


まあ、ムリもない。さっきまでヒーローショーをやっていた場所に、顔立ちの整った敵キャラが映像で登場し、その後におそろいのバイザーをつけた三人組が登場したのだ。誰だって次のショーが始まったと思うだろう。 


「それではゲームスタート。せいぜい逃げ惑いやがれ。ギャハハ」


立体映像は消え、多脚戦車が奇妙な音を発しながら、ゆっくりと人々に向かって動き出す。


アスカの言っていた生存条約が有効なら、あの多脚戦車にも光学兵器やミサイルなどの武装はないはず。だがあの巨体で暴れまわったなら、死傷者が大量に出てしまうだろう。どうしたらいいんだ!

 

「あっ、どうろでたすけてくれたおねえちゃんだ、がんばえー」


ん? 道路で助けた? 誰だ?

声の主は、幼い女の子だった。あの子……どこかで見たような……。


思い出した。あの子はトレーラーの下敷きになりそうになっていたところを、アスカが助けたこどもたちの一人じゃないか!


「あの女の子は……。仕方がない。やるしかないな。ハルト、ひばり、聞こえるか?」


バイザーを通して、アスカの小声が聞こえてくる。


「「聞こえる」」


アスカはみんなが逃げないことと、見知ったこどもの存在を把握したことで、何か意を決したようだった。


「みんなの期待通り、ショーのまま終わらせる。幸いビーストはこちらにまだ気がついていない様子だ。いまがチャンスだ」


そんなことできるのか? と聞こうとしたところ、先ほどの女の子がテクテクとアスカのところまで歩いてきた。そしてマイクを差し出すポーズをとった。


「ねえねえ、おなまえは、なんですか?」


「えっ? そ、その我々は……ハルト、何と言ったら良いのだ?」


ええっ、俺だって突然言われても困る……うーん。アスカは青春したいエイリアンだから。それをもじって……アオハルエイリアン……長いな。あっ、ひらめいた!


「俺たちは、アオハリアンだ!」


「えーっ? ダサくない?」


「仕方ないだろひばり、時間がないんだから、それで我慢しろ。行くぞ! アスカを中心にしてフォーメーションデルタだ! アスカは腰に手をやって、動かないでくれ!」


「よくわからんが、わかった!」


「もー、しょうがないなあ、了解!」


俺たちは仁王立ちのアスカを中心に、こどもの時にさんざん遊んだ、戦隊ヒーローの決めポーズを取った。


「俺たちはアオハリアンだ! いまからあの巨大な多脚戦車を倒す! しっかり見ていてくれ!」


俺はバイザーを通して小声で「アスカ、後は頼む」と告げた。


「承った。二人とも、下がっていてくれ」


水着にバイザー姿のアスカが一人、多脚戦車の目の前に立つ。


「武装レベル2 太刀 解放」


レベル2? ああ、そう言えば、さっきのゴリラ男たちとのアクシデントの際「武装レベル2が解放」とか音声が聞こえていたっけ。


アスカの全身が光り、左手に光の渦が収束していく。手のひらから、1メートル程度の長い刀が出てきた。

刀身は真っ白に光り、周辺の空気が少し歪んで見える。やはり地球の技術では理解不能な特別な能力のある刀なのだろうか。


アスカは身を低くし、刀を居合の抜刀前のような姿勢で構えた。アスカの身体が赤く光る。その赤く燃える眩しい光は刀身にも集まっていく。


地球人の俺にも、何か凄まじいエネルギーがその刀に集まっていくのがわかる。


え? でも遠すぎない? 多脚戦車まで、まだ十数メートルはあるように見える。


「奥義 灼光(シャッコウ)」


つぶやきと共に、その姿は消え、アスカが身構えていた地面には、ボコンッと大きなへこみができていた。瞬発力のすさまじさが如実に伝わってくる。

瞬きをするよりも早く、アスカの身体が多脚戦車まで水平に間合いを詰め、太刀がキラキラキラッと輝くのがわかった。


まさに一瞬だった。


地面のへこみと、きらめく刀身の光と、駆け抜けた後の刀を振り抜いたであろう姿勢でのみ、かろうじて多脚戦車を斬ったのだろうと思えた。


次の瞬間、多脚戦車の巨体には真っ赤な光のラインが何本も走った。そこからまるで豆腐をさいの目状に切って、お鍋に入れるみたいに、ボロボロと巨体が細切れに崩れていく。分割された躯体は激しい水しぶきを上げながら、次々と水中に沈んでいった。


「敵性勢力の反応消失を確認。ハルト、こちらはOKだ。ショーを終わらせてくれ」


バイザーからアスカの声が聞こえる。


「よっしゃ、ひばり、もう一度フォーメーションデルタだ。その後はわかるな?」


「任せて」


俺とひばりは再びアスカの元へと集結し、決めポーズをとる。


「みんな応援ありがとう! おかげで悪は滅んだ! 困ったことがあったら、いつでも俺たちを呼んでくれ! アオハリアンは君たちの心の中にいるぞ!」


ひばりは女の子の前にしゃがみ込み、握手をした。


「さあ、これでもう大丈夫だよ。頑張ったね」


「ありあとー、アオハリアン!」


「応援ありがとう! では、さらばだ!」


「みんな、楽しかったかなー? まったねー」  


俺たちは拍手を浴びながら、そそくさとその場から消えていった。

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