第14話 友達

「ご、ごめんなさい!」


「謝らなくってもいいんだ。ぼうや、金で解決してやるって言ってんだ」


ゴリラ男たちのリーダーらしき男は妙に優しい口調でそう言った。他の男たちは、ゴリラみたいな大男やら、ゴリラみたいな筋肉だるまやら、ちょっと知的そうなゴリラやら、ゴリラみたいなゴリラやら、とにかくゴリラぞろいだ。


やばい。非はこちらにある。おまけにひばりたちもいる。できるだけ穏便に事態を収束させたい。

チラリとひばりとアスカの方を見る。激しく燃えていたアスカの炎はもう消えていた。


「治療費をいただくぜ。おら、財布出しな」


背の高いゴリラ男が素早く俺のポケットから財布を抜き取った。


「ん? 兄貴ー、こいつの財布、ちっとも金が入ってませんぜ」


そうだった。さっきおごりすぎて、もうお金が残っていないんだった。


「ちっ! しけたやろうだなあ。しゃあねえ、ちょいとしつけてやるか」


ゴリラのリーダーみたいな男は拳をボキボキと鳴らす。数人のゴリラ男たちはすばやく俺の身体をつかみ、身動きを捕れなくする。

あー、まずいなこりゃ。まあ、でも俺が痛い目見て済むんなら、我慢するしかないか。


「ハルトを離して! ケガなんてしてないでしょ!」


バカ、ひばり声を出すな。引っ込んでろ。ほら、声が震えてるし、涙目じゃないか。


「なんだあ? ……ヒュー♪ いい女がいるじゃねえか。しかも二人も」


「そうだ。おいぼうや、いいこと考え付いたぜ」


悪い予感しかしないし、超能力者でもないのに、この後のセリフが予想できてしまう。


「治療費の代わりにそっちのかわいい彼女たちに、ちょっとつき合ってもらおうじゃねえか。それで許してやるぜ」


ほら当たった。ふざけんなこのゴリラ! 大体ジャングルゾーンでゴリラに出会うって、どういうことだ。住んでいるのか、ここに。


「一緒にそこの茂みにデートに行こうぜ。ぐへへ」


ゴリラ男たちはひばりとアスカの方へと歩いて行く。

ひばりはガクガクと震えている。そのひばりの前にアスカが歩み出た。


「断る。貴様らにつき合うつもりは毛頭ない」


アスカの眼が、敵性エイリアンたちと戦った時と同じ眼になっている。

ありゃりゃ、こっちもまずいぞ。ゴリラ男とはいえ、一般人だからな。


「アスカ! 抑えてくれ! 事件でも起こしたら、最悪、アスカが退学になってしまう。そんなことは絶対に避けなければいけない! 俺が守るから手を出すな!」


「ハルトが私を……守る?」


「ぶははは! お前みたいなもやし小僧に女が守れるかよ!」


「おいみろよ、見れば見るほど、こいつら上玉だぜ」


「俺たちにちょっとつき合ってくれりゃあいいんだ。ぐへへ。楽しいぜえ」


水着姿の二人を至近距離で目の前にしたゴリラ男たちは、歓喜の声を上げた。


ああ、なんだろう、めちゃくちゃ腹が立つ!


アスカは俺の研究対象なんだ。それにひばりは俺の幼馴染だ。

急に出てきて手を出すなんて、絶対にそんなことさせるものか!


「おい! 二人は俺にとって特別な存在だ! お前らなんかに渡さないぞ!」


俺はゴリラ男たちの手を振りほどき、アスカの前に走り込む。気がつけば近寄る集団の前に、両手を広げて立ちはだかっていた。


正直、怖い……でも、引っ込んでいられるかよ!


「ギャハハハ。お前、バカか? この人数に勝てると思ってんのか?」


「戦力差? そんなの関係ない! 男には、絶対に負けるとわかっていても、絶対に引いちゃあいけない時があるんだ! それがいまだ! くらえ! アオハルパンチ!」



……その時、俺は覚醒した。俺の右の瞳に古のドラゴンの紋章の形をした炎が宿る。

さらに俺の右拳が、七色の光に包まれる。この世の精霊たちの力が集まる。

そして俺の右手から放たれた輝く拳は、ゴリラ男たちを吹き飛ばしていた。

「ふふ……。見たかゴリラーズ、これが燃える心の、アオハルパンチだ……」



「……おい、このガキ、白目向いて倒れたまんま、なんかブツブツ言ってるぞ?」


「夢でもみてんじゃねえか? ずっとおねんねしてやがれ。ぺっ」


……なんだ? 顔に水? ……くさっ! ツバの臭い?

はっ、なんだ? 夢? 俺はなんで地面に倒れているんだ? 痛い、起き上がれない。


「ぎゃはは、こいつ、弱っちいな。口先だけだぜ。とどめさしとくか?」


「もうやめて! ハルトを殴らないで!」


こらひばり、アスカの後ろに隠れていろ。俺の前に両手を広げて立つんじゃない。危ないぞ。ほら足が震えてるじゃないか。


「ひばり、私の後ろに下がれ」


「アスカはダメ! 青春したいんでしょ? あなたが戦ったら、事件になっちゃう!  一緒に青春できなくなっちゃうかもしれないでしょ!」


「ひばり……私がいてもいいのか?」


「アスカはもう私の友達なの! 友達を守るのが友達なの!」


そのひばりの言葉を聞いたアスカの全身が、ブルっと震えたように見えた。


『ピピッ。武装のロックが解除されました。武装レベル2を開放します。ピッ』


「なんだぁ? いまの声は?」


まずい。また新しい武装を出す気か? 


「……一般人を斬るなよ、アスカ。青春できなくなる」


俺は地面に横たわったまま、立ち上がれないでいた。

アスカは拳を握りしめたまま、俺たちの前に歩み出る。


「ダメだよ、アスカ」


「心配するな。ひばり、ハルト。殺しはしないし、武装も出さない」


「ぶははは。なんだこのねえちゃん、水着姿で俺たちとケンカしようってのか。いいぜえ、大歓迎だぜえ」


ゴリラ男たちは大笑いしている。アスカを笑ってんじゃねえ。


「ひばり、友達を助けるのが友達なのだったな」


アスカはひばりをじっと見つめ、にこりと笑った。


「……ならば私も二人を助けよう!」


アスカはゴリラ男たちの方へとスタスタと歩み寄っていった。


「うひひ、ほーら、捕まえた!」


一人のゴリラ男がアスカの柔らかそうな腕を強くつかんだ。

かと思うと、そのゴリラ男は地面にズシッと跪いた。


「なっ? なんだ? か、体が、重い! 動けねえ!」


なんだ? アスカのやつ、何をやったんだ?


「この女! 調子に乗るな!」


別のゴリラ男が、今度はアスカの両肩に後ろからつかみかかる。だが先ほどと同様に、アスカの体に触れたとたんに、ゴリラ男の巨体は、地面に倒れこむ。


「ぐおおおお! 動けん! 重い! ど、どうなってやがる!」


「おい、ねえちゃん、あんたなんか武道やってんな?」


「ふむ。それは公開不可能な情報だ」


「おい、てめえら一気に襲い掛かれ! 同時なら勝てる!」


ゴリラ男たちのリーダーらしき男が指示を出すと、一斉にゴリラ男たちがアスカへと殴り掛かる。


危ない! 丸太みたいなぶっとい腕から生えた拳が、次々とアスカの顔や体に迫る。

ところがアスカは、その攻撃を一歩も動かずに、手のひらだけでいなしていく。アスカの柔らかそうな手のひらが大男たちに触れるたびに、ズシン! ズシン! とゴリラ男たちが地面に倒れこんでいった。これも近接戦闘の技術の一つなのだろうか。


「どうした、もうおしまいか?」


「ぐああっ! どうなってやがる! 力を入れれば入れるほど、体が重くなりやがる!てめえは何者なんだ!」


「貴様らには公開不可能な情報だ」


 ズシンッ!


「ぎゃああ!」


そこには水着姿の美少女の足元にゴリラ男たちが、ゴロゴロと寝転んでいるという異様な光景が広がっていた。


「だ、大丈夫なの? この人たち、大怪我してないの?」


ひばりが心配そうにゴリラ男たちを見る。

こんな目に遭っても相手を心配するのがひばりらしい。


「ああ、古の武術の一つを使った。かすり傷一つ負わせてはいない。貴様ら、このようなことをもう二度とするなよ。もしまた襲ってくるならば、この次は本気で倒す」


アスカがそう言うと、周辺の空気全体が重くなった気がした。


「わ、わかった。もう二度としねえ。だからこの体を何とかしてくれねえか……」


アスカは静かにうなずくと、ゴリラ男たちの体をポンポンとたたいていった。


「もう動けるぞ。さあここから立ち去れ」


ゴリラ男たちは、そそくさとその場から去っていった。


「怖かったー。まだ足が震えてる気がする。アスカ、助けてくれてありがとう!」


「いや、こちらこそ助けるのが遅れて申し訳なかった」


「ううん。あたしたちが「戦っちゃダメ」って言ったんだもん。仕方ないよ。誰も傷つけずに戦って勝てるなんて想像もしてなかったから」


「……私はさっき、うれしかったのだ」


「ん? 何がうれしかったの?」


「ハルトが私をかばって戦ってくれたこと。そして、ひばりが私のことを友達だと言ってくれたことだ」


アスカは恥ずかしそうに両手の人差し指をくるくる回しながらそう言った。


「そんなの当たり前だよ。あたしもアスカが友達だって言ってくれてうれしかったよ」


「へへっ、俺もアスカのこと、もうずっと友達だと思ってるぜ。助けてくれてサンキューな……イテテ」


「大丈夫かハルト。どこが痛む?」


「あっちこっち痛いが……たぶん大丈夫だ。でも、ちょっと歩くのがしんどいな」


「ハルト、あたしの肩につかまって」


「私の肩も使ってくれ」


こうして俺は二人の美少女の肩を借り、歩き出した。


……ちなみに、一番痛い部分は、最初にアスカに突き飛ばされた肋骨付近だが、それは黙っておこう。

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