第13話 トライアングルデート

土曜日、俺たちは新しくオープンした複合レジャー施設のウォーターアイランドを訪れていた。


このウォーターアイランドは「一年中水着で遊べる別世界」というキャッチコピーで、連日テレビCMを流している。

文字通り施設内ならどこでも水着のままで過ごせる。大きな複合プールやレストランやマッサージ店、ショッピングまでなんでもできる小さな街みたいなレジャー施設だ。


俺達三人は更衣室のあるセンタービルから出て、ヤシの木の小道を歩いて行く。

周りの人々は水着姿だというのに……ひばりは私服のまま、アスカなんて制服だ。


「なあひばり、本当に水着に着替えないつもりか? アスカまで」


「アスカをハルトの魔の手から守るためよ! どうせ青春を教えるとか言いながら、アスカの身体を見たいだけなんでしょ!」


「だから俺は変態じゃないって。水着もレンタルできるんだから、着替えた方がいいと思うんだけどなあ」


内心、俺はアスカの身体を見たい。とても見たい。隅から隅まで眺めたい。

もちろんやましい気持ちではない。そう! 熱いSF的研究心が俺をエイリアンの身体を見たい、という衝動に駆らせるのだ! 断じてHな気持ちではないんだ! 


「でもいいところだねー。天井がドームで覆われているから日焼けの心配もないし。プールも温水だっていうし、室内だから気温も年中常夏温度だし、まさにリゾート気分ね……って、きゃああああ」


ブッシャアアー!


突然、道の両側から大量の水が噴き出した。


「なにこれ? あーもう、服がびしょぬれじゃない!」


『ようこそ! ウォーターアイランドのリゾートゾーンへ! ウエルカムスプラッシュです!』


周りのカップルたちはキャーキャー言いながらはしゃいでいる。俺も水着を着ているから、心地よい。でも、服を着たままのひばりとアスカはびしょぬれだ。


おおっ、よく見ると、水をかぶったことで服が体に張り付き、うっすらと二人のブラジャーが透けて見えるではないか。ひばりはピンク。アスカは水色か。もうちょっと詳しく見たい。うん、もちろんこれもまた研究心からの気持ちだ。


「なに目を凝らしてんのよ! やっぱり変態じゃない!」


「ち、違うって、ほらタオルでふいてやるって」


入り口で渡された大きな防水バッグに、荷物をまとめて入れておいてよかった。


「な、なにするのよ!」


「ん? 昔はよく拭いてやってただろう?」


俺は胸の辺りを早く乾かそうと、念入りにひばりの胸をふく。


「そ、それは保育園のころの話でしょうが!」


ひばりは頬が真っ赤になっていく。


「ハルト、すまん。ちょっと教えてくれ」


アスカがグイと俺とひばりの間に割って入った。どうしたんだ? 


「何かわからない。だが二人のやりとりを見ていたら、こう、胸の辺りがモヤモヤしてきた。なんだろう、この感情は」


どうした? なんで急にちょっと泣きそうな顔をしているんだ?


「うーん? おっ、それはアレだな。SF的な話ではよくあるやつだ。宇宙人と地球人では感覚が違うことで生じるギャップみたいなもんだな。きっと」


「そ、そうか。実はハルトに出会って以降、知らない感情ばかりが出てきて、やや混乱しているのだ。すまない、もう大丈夫だ」


ひばりを見ると、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていた。こっちもどうした?



白い砂浜。きらめく水面。

俺はいま、ウォーターアイランドのリゾートゾーンで、ビーチチェアに横たわりながら、トロピカルドリンクを飲んでいる。

右には、輝く太陽のように鮮やかなフリルビキニを着たひばり。

左には、まぶしく輝くビキニを着たアスカが同じくビーチチェアに座っていた。


結局、下着が透けたままではいけない、ということでひばりとアスカはセンタービルへ戻り、レンタル水着を着てきたのだ。チラチラと横目で水着姿のアスカを観察した結果、地球人と変わったところは見当たらない、ということがわかった。


それともう一つ、アイドルのようなひばりと、モデルのようなアスカの二人の存在感は強烈で、周囲の男子たちの目線がこちらに集まっているのがよくわかった。 


「なあハルト、ここでこのジュースを飲んでいると、青春がわかるのか?」


「あー、アスカ。よく聞いてくれ。たぶん青春とは理解しようとしてもできないものだと思う」


「どういうことだ?」


「多分だが、俺たちがこうやっていろいろと勉強したり、遊んだり、笑ったり、悩んだり、泣いたりするだろ? で、それを何年かして振り返ったら「ああ、あれが青春だったんだな」ってわかるようなものじゃないか、と思うんだ。なあ、ひばり?」


「まあ、そうかもね」


「まだよくわからないが、とにかくすでに青春は始まっているのだな。わかった」


「そうそう。だから今日はたくさん遊ぼうぜ!」


ふふふ。こう言っておけば、これからずっとエイリアンであるアスカの研究ができるはずだ。我ながら策士だ。


「ねえ、あっち見て。あのおじさん、さっきからハアハア言いながら、いろんな女性に声をかけているよ。あっ、また無視された」


「どれどれ? ……ああ、本当だ。だいぶしつこい感じでナンパしているな。でも誰にも相手にされていないな。あっ、蹴られた」


「よくわからんが、あの大人も青春をしようとしているのか? あっ、平手打ちされた」


「そうかもね。あっ、あのおじさん、泣いてない?」


俺は涙ぐんで佇んでいる中年の男性を見つめた。なぜかはわからないが、胸が締め付けられる。そして、やはりどうしてかはわからないが、若い時に頑張ってでも青春をしないといけない気がしてきた。


俺は「いま青春をしよう!」と少し強く心の中で思ったのだった。



それから俺たちは、プールゾーンで思い切り遊び始めた。

三人で巨大ウォータースライダーを滑り、もみくちゃになった。俺の手がひばりの水着に引っかかって、水着が脱げそうになった。ひばりがマジで怒ってた。反省。


飛び込み台があったから、アスカに「飛び込んでみたら?」と冗談で言ったら、飛び込み台の一番上から見事な飛び込みを決めた。飛込競技のコーチらしき人がやってきて、アスカを熱心にスカウトしてた。アスカが困ってた。


流れるプールで、三人で浮き輪に乗って漂っていたら、ひばりが行方不明になった。迷子の呼び出しをしてもらった。また怒られた。


波の出るプールで、みんなでサーフィンに挑戦した。俺は一番大きな波に挑戦した。脳内のSF的なイメージでは大成功のはずだった。現実はおぼれそうになったところを、アスカが助けてくれた。感謝。


たまたまやってたヒーローショーも三人で見た。「我々はウォーターアイランドの平和を守る、レジャー大好き戦隊レジャリアン! よいこの皆、安全に遊んでくれよ!」との決め台詞が心に染みた。やはりヒーローは良い。


「こんなに楽しいのは初めてだ」


「良かったー。ふふ、アスカってもっと怖い人かと思ってた。ごめんね。全然違ってた」


俺もそう思う。この数時間で、アスカの笑顔は格段に増えた。


「お腹減ったなあ。そろそろご飯にしようぜ」


「そうだねハルト。ね、あそこの『海の家』っていうお店にしようよ。アスカもいい?」


「うむ。行こう」


しめしめ……。実は俺にはもう一つ狙いがあった。それはエイリアンであるアスカの食事の謎だ。学校の昼めし時にはいつもいない。 一体、どんな食事をするのか? それともしないのか? ついにその謎を解くときが来たのだ!


 店内に入り、まるで海岸にいるかのような素晴らしい景色が見える席に座った。


「さあ、なんでも好きなものを食べてくれ! 今日は俺のおごりだ!」


「本当か!」


アスカの眼が急に光る。アスカはメニューを凝視し始めた。


「……すまない、メニューを見ても、どんなものかわからない」


「じゃあ、適当に頼んで、三人で取り分けて食べようよ」


ナイス、ひばり! これで謎が解けるぞ!

次々と料理が運ばれてくる。ひばりと俺は料理をそれぞれの皿に取り分けていく。


「さあ、食べたいものから食べてくれ!」


「うむ。ハルト。馳走になる」


「いただきまーす」


ワクワク。エイリアンはどれを食べるんだ? 

アスカが最初に選んだものは、意外にもカツカレーだった。ちなみに俺が注文した。アツアツのカレーのルーとごはん、そして揚げたてのトンカツが生み出すハーモニーが最高の逸品だと思う。アスカはスプーンでカレーライスを一口食べた。


「はんだ、ほれは、ほへもおひひいへははひは」


アスカは口を膨らましたまま、目を丸くしている。

うん、何言ってるのか、わからない。


それからアスカはカツカレーの大皿を指さし、「すまない、これを全部食べてもいいか?」とジェスチャーで訴えてきた。


「お、おう。もちろん」


アスカはカツカレーの大皿を自分の目の前に置き、次々と口の中へ入れていった。


「ほんはおひひいほほほひほうひはるほは、ははひへない」


うん、だからわからないって。でも美味しいってことは伝わってくる。

学校では高嶺の花だとか、クールビューティーだとか、男子から評されたアスカのイメージとは大違いだ。アスカはあっという間にカツカレーを完食した。


それから俺とひばりとアスカの三人は、唐揚げ・サラダ・パスタ・フライドポテト・ラーメン・うどん・たこ焼きなど、頼んだものはすべて食べた。


「ハルト、こんな美味しい食事を馳走になり、感謝の言葉が見つからぬ。わが母船でもこれほどの料理は見当たらぬ。さぞかし高額な料理に違いない」


「いや、ふつうの大衆的な食事なんだけど。満足してもらってよかったよ」


「なんと、これが普通だと? ……すまぬ、もった食べたいのだが」


「あー、予算の都合上、あと少しでもよろしいでしょうか……」


それからひばりがフルーツ盛り合わせを頼み、みんなで食べた。


「あー、おいしかったー。ハルト、ごちそうさま!」


ひばりとアスカは今日一番の笑顔を見せてくれた。


「ありがとう。ハルト。私には夢ができた。それは地球の美味しい食事を、いつかもっとたくさん食べるというものだ」


意外と夢、庶民的なんだな。なんか、かわいいな。

観察の結果、たぶんエイリアンはなんでも食べる! ということがわかった。

あれ? だとすると、どうして学校ではいつも昼飯時にいなくなるんだろう……。



食後、俺達三人はジャングルゾーンを散策していた。

辺りには、南国の植物などが茂り、見たこともない綺麗な極彩色の鳥たちもいる。


「……ってワケなの、面白いよね」


「アハハ、そんなやついるー?」


他愛もないことで笑い合っていたところ、アスカがふと足を止めた。


「ん? どうしたアスカ」


「いや。思えば、この星に降り立ってから今日まで、こんなに心が穏やかになったことはなかった。……ハルト、ひばり。ありがとう」


ジャングルの木漏れ日の中で、不意に見せたアスカのキラキラと輝く笑顔の美しさに、俺は思わず息をのんだ。


「む? どうした? 私は何か変なことを言ったか?」


「あ、や、なんか、アスカってやっぱ、すっげえ、キレイだなって思ってさ」


思わず、下心のない、純粋な気持ちが口から出た。

すると見る見るうちに、アスカの耳が真っ赤になっていく。


「ど、どうした? 耳が赤いぞ」


「私にもわからん。動悸もする。これまでにも学校で何人かの生徒から同じようなことを言われたが、こんな反応を示したことはなかった。だがハルトに言われると、なぜかこうなってしまった。なぜだ?」


耳を真っ赤にしながら、アスカは真剣に質問してくる。


「もしもーし? あのー、ひばりさんもいますよー?」


「もしかして地球の感染症に感染したんじゃないのか? SF的にはよくある話だ」


俺は心配になり、アスカの瞳を覗き込む。

すると今度は顔全体が、真っ赤になっていくじゃないか。


「大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」


とはいえ体温計はない。困った。そうだ!


「えっ? ちょっ……」 


俺はアスカの肩をガシッとつかんで、自分のおでこをアスカのおでこにくっつけた。

その瞬間、アスカの身体からピカッと光の渦が発生した。

こ、これは……極微細想像力増幅装置とかの放つ光か! 


瞬間、ボボボボッと爆発的に、アスカから激しい炎が発生し燃え出した!


「こ、これは、人体発火現象?」


「ダメーッ!」


 ドンッ! 


なぜかアスカは俺を突き飛ばした。突き飛ばされた脇腹に「ビキッ」と激痛が走る。

痛い! たぶんだけど、肋骨数本にヒビが入ったなこりゃ。


やけどはしていないみたいだ。激しい炎に俺も接触したが、それによる熱は感じなかった。想像だけど、何かしらのエネルギーが極微細想像力増幅装置によって、炎上の光として表出しただけなのだろうか?


俺は発火現象について考察をしたまま、水平に数メートル吹き飛ばされ、ドスンッと人の集団に当たって、ようやく止まった。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


俺は脇腹の痛みをこらえつつ、慌ててぶつかった集団の人に謝る。


「兄貴、大丈夫ですかい?」


「おーおー、いてえ、いてえ、こりゃ、骨が折れたな」


「本当だ。兄い、重症ですぜこりゃ」


「おいぼうや、治療費として有り金、全部置いてけや」


 ぶつかった集団は、十名程度のゴリラみたいに屈強な男たちの集団だった。

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