第10話 戦闘開始

「いま、そこの林の中にアスカが入っていったんだ」


「ホントに? 見間違いじゃないの?」


「いや、確かにアスカだった。なんだか様子がおかしかった。ちょっと様子を見てくる」


「待ってよ、あたしも行くってば」



俺たちは走って林の中へ入っていく。まだ日が沈むまでは時間がある。

おおっ、林の中は夕日が斜めに差し込んで、なんだか幻想的な雰囲気だな。

林の中の道をかけていくと、少し開けた広場に出た。あれ? ここは……。


「あっ、ここ久しぶり。あたしたちがすっごく小さい時に、みんなでお花見した場所。もうすっかり忘れていた」


あたりを見回すと、桜の木がここだけ広場を囲むように、ぐるりと円を描くように植樹してあった。

今年は桜の開花が遅いため、いまが満開だ。なんだかとても幻想的な雰囲気だ。

だがあまりにも公園から離れているからか、人の姿は見当たらない。


「……ハルト、あそこ見て」


小声のひばりが指さした場所は、桜の花びらの舞い散る広場の中央。

制服姿のアスカが一人、そこに立っていた。

なぜか空気が重い。俺たちは思わず、大きな桜の木の陰に身を隠してしまった。


「バイザー!」


アスカの声が響くと、光とともにアスカの頭部にバイザーが装着された。

あれは、巨大トレーラー横転事件の時に着けていたやつ、だな。かっこいいな。


「バトルドレス選択」


今度はなんだ? アスカの体の周りが光っている? 

まばゆいキラキラ・チカチカとした光の渦が、アスカの全身を包み込む。


「おおー、すごい。見ろひばり。光が実体化していくぞ」


その光はやはりサイバー感のあるなドレスへと変化し、アスカの身を包んだ。


「な、なにいまの? どうなってるの?」


「説明しよう。おそらくあのバイザーは、素顔を隠すため。そして同時に様々な情報を投影する支援型ディスプレイのようなものだ。さらにドレスは戦闘用に違いない。詳しくはわからないが、驚異の耐久力などが秘められているはずだ」


「なんでハルトにそんなことわかるのよ」


「だってSFではよくある話だからさ」


「じゃあ、これからどうなるの?」


「普通は……戦闘が始まるな」


アスカが、上体を大きくひねった。そうかと思うと、体の軸を崩すことなく、足さばきだけで、左右に水平移動を繰り返す。


「ダンスの練習かな?」


「いや違う。見えない何かと戦っているんだ」


「ハルトじゃあるまいし。あっ、もしかして白雪さんって、中二病? ねえ、これって見ちゃいけないやつなんじゃないの?」


ひばりの心配をよそに、アスカは空中に向かって、手刀を振り回し始めた。

バギィッと鈍い音がした。勢い余ったアスカの手刀が、桜の木に当たったのだ。

うわっ、手が痛そう……って、桜の木がくの字に折れてる!


「うっそ。ね、ねえ、もう帰ろうよう。担任の渡辺先生が、変な格好の変態がうろついてるって、言ってたし」


 ガィンッ。


鈍い音とともに、アスカの手刀が当たった空中から火花が散った。

突如、銀色に輝く、直径五十センチくらいの円盤が出てきた。


「ははあ、ステルスモードってやつだったんだな。たぶん」


円盤は、空中で、パキパキと音を立て、変形していく。


「見ろひばり、人型だ。すごい。めっちゃ細い。身長1メートルってところか?」


変形を完了した小型のヒト型ロボットは、その形態では飛行機能がないらしく、地面にストッと降り立ちカシカシと歩き始めた。


「スキニー……か。強行派の使用実績あり、か」


アスカが一人でつぶやいている。たぶんバイザーに投影されている情報を整理しているんじゃないだろうか。それにしても、強行派? なんのことだろうか。


シュンッ。


速い! アスカがスキニーと呼んだ細いロボットは、その外見からは想像もできないほどの素早い動きでアスカとの間合いをつめた。と同時に、その鋭くとがった手で非常に素早い攻撃を繰り出したように見えた。


っていうか、速過ぎだろ。全然目で追えない。


アスカはその攻撃を最小限の動きでかわしたり、素手でスキニーの攻撃を払いのけたりしていた。


「生存条約は有効なようだな。条約通り、飛び道具はなし、と」


生存条約? なんだそれ。うわー、気になる。一体どんな内容なんだろうなあ。

アスカは大きく踏み込み、自らの手刀をスキニーの胴体に激しく当てた。

スキニーの躯体はメシィと不思議な音を立て、大きくつぶれ、地面に倒れこんだ。


「さっきから何が起こってるの? 白雪さん、まるで人間じゃないみたい」


「ふふん。だからエイリアンだって言ってるだろ」


「なんでハルトが自慢げに言うのよ。あたし白雪さんに確かめてくる」


少し緊張の解けた様子のひばりが、木の陰から出ようとした。


「ダメだっ」 


「な、なんで止めるのよ」


俺はひばりの腕をつかみながら、林の奥の方を指さした。

音もなく、先ほどのスキニーと同じタイプの円盤が複数飛来し、続々と人型に変形していった。


「おいおい、ちょっとやばくないか。数が多すぎる」


ざっと見た感じ、十体はいる。どんどんとアスカに迫る。

スキニーは一斉にアスカに襲い掛かった。

アスカはスキニーたちの攻撃をかわしつつ、手刀を一体のスキニーに当てた。しかしよけながらの攻撃ではいま一つ威力が無いようで、スキニーを破壊できない。


アスカは高く飛び上がり、3メートルはありそうな太く長い桜の枝を叩き折った。

そしてそれを振り回しながらスキニーたちの群れを払いのける。

それでもやはり決定的な攻撃とはならず、すぐに桜の枝は役に立たなくなった。

スキニーたちの攻撃は徐々に連携が取れだし、次第にアスカは防戦一方となり始めた。


「ねえ、白雪さんどうなっちゃうの? あたしたちに何かできることないの? ……って、いや……ちょっとハルト、こんな時に変なところ触らないでよ。あんっ」


「は? 俺はなんにも……」


隣に目をやると、一体のスキニーがチキチキと音を立てながら、ひばりの体をつついていた。


「キャー!」


「この野郎! ひばりに手を出すな! くらえ! 燃える心のアオハルパンチ!」


俺はとっさに全身全霊を込めた鉄拳を、スキニーにお見舞いした。


コオォン。


軽い音がし、スキニーが一歩だけふらついた。でもそれだけだった。

ぜんっぜん効いてないんですけど! さっきアスカは手刀一発でスキニーをつぶしていたけれど、それってどれだけスゴイ力だったのだろう。


スキニーはひばりの方を向きなおし、小さくスッと動いた。


「ひっ!」


ひばりが尻もちをついた。と同時に、ひばりの頭のあった位置の後ろの木の幹に小さく深い穴が空いていた。パラパラと木の皮が落ちる。


攻撃をされたのだろうが、速すぎて見えなかった。


やばい。これ当たったら死ぬやつだ。頭に穴が空くこと、間違いなしだ。

全身からどっと冷や汗が出る。次に攻撃されたらおしまいかもしれない。


「ハルト? そこで何してる! 逃げろ!」


アスカが俺たちに気がついた様子で、こちらへ駆けてくる。

俺たちの目の前のスキニーがアスカの方を向きなおす。


「でえやあぁぁぁー!」 


アスカは電気すら通っていないであろう古びた背の高い街路灯を、根元から引っこ抜いた。そしてそれを大きく振りかぶり、大上段に振り下ろした。

俺たちの目の前のスキニーは、一瞬で押しつぶされ、動きを停止した。


助かった。と俺は思ったが、アスカはいまの攻撃で生まれたスキを突かれ、あっという間に残りのスキニーに包囲された。

そして、スキニーの高速攻撃により、即座にくし刺しにされた。 


「やめろー! 俺の(研究対象の)アスカに手を出すな! くらえ! 燃える心のアオハルパンチ!」


無意識だった。


俺の脳内SF的イメージでは、ここで俺の拳が謎の光で光りまくって、スキニーたちを全部吹っ飛ばすのだ。

足が勝手に走り出し、拳が宙を加速する。俺はほとんどジャンプしながら、アスカをくし刺しにしていたスキニーの一体にパンチを繰り出していた。いっけー!


コオォン。


って、やっぱり効かない! 俺の拳は光らず、先ほど同様に軽い音だけが響いた。

ちくしょう。女の子一人くらい、助けられないのかよ。


スキニーたちは、今度は俺をめがけてくし刺し攻撃を仕掛けてきた。もうダメだ。


ストトトトッ。


「なぜ私を助けようする」

えっ? 声の方を見ると、くし刺しにされたはずのアスカが俺をかばって、先ほどよりもさらに多くの鋭い手により、くし刺しにされていた。


「アスカ! お前、くし刺しに……なってない?」


よく見ると、スキニーの細い手はアスカのドレスを貫通していなかった。

ああ、わかった! SF的な力場みたいなのが発生していて、攻撃を遮断するんだな。

次の瞬間、アスカは俺を抱えて、ひばりの方へと大ジャンプをした。しかし、空中で一体のスキニーの追撃を受け、バランスを崩し、地面へ二人そろって落下してしまった。


もにゅん。


あれ? 痛くないぞ? それどころか、もにゅん? 

俺はアスカに馬乗りになり、右手でおっぱいを掴んでいた。

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