第7話 追跡調査①
翌日から俺はエイリアンであるアスカを研究するために、ストーカー……じゃなくって、追跡調査を始めた。
―授業中の様子―
基本的にまじめに授業を受けているように見える。
普段は無口なのに、歴史の授業では、時々自発的に質問までする。歴史の授業に興味があるみたいだ。エイリアンだから他の星人の歴史が気になるのだろうか。
―昼休憩・昼食時の様子―
いつも教室にはいない。それどころか学食や校舎裏などを探しても、アスカの姿はない。もしかするとエイリアンは、昼飯を食べないのかもしれない。
―女子生徒への聞き取り―
最初にひばりに聞こうとするが、なぜか怒っている。理由は不明。
仕方ないので、クラスの女子数人に聞く。
「白雪さん? ああ、美人だよね」
「え? 変わったこと? 武士みたいな言動以外で? そうねえ。意外なんだけど、当たり前なことを結構知らないんだよねー」
「そうそう、この前なんて消しゴムを指さしながら「その白い物体はなんだ?」って聞いてくるんだから」
「体育の授業? え? 別に普通の女子って感じだったよ?」
「すごい運動神経じゃないかって? べっつにー? 本当に普通って感じー」
「は? なに? え? 白雪さんの着替えの時の様子? どんな体つきかって? あんた、なに聞いてんのよ」
「え? 研究に必要? 下着の色とか、おっぱいの大きさを教えてくれ?」
「みんなーちょっと来てー! 変態だよー!」
あいたたた……。袋叩きにあってしまった。
しかし、エイリアンと地球人の体の違いを把握するのは研究において、外すことができないテーマだ。いつかこの目で確認したい。
―男子生徒への聞き取り―
「かわいいというより、美人だよな。ちょっと厳しそうなところがそそるよ」
「スレンダーでスタイルがいいよな。俺のいとこが読者モデルやってるけど、それよりずっとスタイルいいと思うな」
「ちょっと近寄りがたい感じだね。僕は無理かな」
「語尾に『ござる』をつけて欲しいでござるな。ぶひひ」
「あいつマジ男みる目ないわー。この俺様が話しかけてるっつうのに、一言も返事しやがらねえ。きっと根暗だな」
「昨日、他のクラスのイケメンで有名な奴が告白したらしいって。……イタタ、痛いって、落ち着けよ。なんでも「私には重要観察対象がいるから、つき合えない」とか変なことを言われてフラれたってよ。他に好きな男がいるんじゃね?」
ここまでの調査の結果、アスカは自分のことをエイリアンであるとは、誰にも言っていない様子。
―下校時の追跡調査―
あー、ダメだ。学校内だけじゃあ、アスカに関する大きな収穫はないな。
やっぱり放課後にストーカー……じゃなくって、追跡調査しないと。
「最後に注意事項を伝える」
夕方のホームルームの終わり際、担任の渡辺先生が、まじめな顔つきになった。
「最近、夜間に獣の毛皮を被った変質者の目撃情報や障害事件の情報が警察より寄せられている。くれぐれも、夜間、一人で出歩かないように。では今日はここまで」
ホームルームが終わると、アスカはスッと立ち上がり、教室を出て行った。
よし、尾行開始だ。ちょっとドキドキするな。
服装は制服姿のまま、と。なんか、あてもなくブラブラしているように見えるな。
ん? 商店街? エイリアンが買い物か? いろいろなお店で、いろいろな物品を手に取って眺めているな。購入は……何もしない、と。
うーん、地球人とその製造品を観察してるのか?
お次は、駅前の高層オフィスビル街、と。よく歩くな。
おっと、危ない、隠れろ。急に振り向くなよな。
ん? なんだ? アスカのやつ、急に周囲をきょろきょろと見渡しだしたぞ。
おっ? ビルとビルとの間の狭い通路に入ったぞ?
こんな狭い通路に、何の用だ? どれどれ……ばれないように、首だけ出して、と。
いたいた。でもなんだ? この通路は道というより、ただの狭い袋小路の空間だ。ほら、先には他のビルの巨大な壁しかない。いったい、ここで何を……あっ。
ガンッ、バンッ、ガンッ、ガッ、ガッ……。
「と、跳んだ? ウソだろ?」
俺は自分の眼を思わず疑う。
何十メートルもの高層ビルの垂直な壁面を、アスカはリズミカルに蹴り上がっていく。そしてそのまま屋上へと姿を消した。
「……まあ、SFの世界では、このくらいよくある話だ。……うん」
追跡調査の対象を見失った。本日はここまで。
追記:エイリアンのパンティはピンク色で、ややセクシーなデザインだった。下着は地球人と同様のものを着用しているのかもしれない。
―追跡調査 二日目―
翌日、下校時。今日も頑張ってストーカ……もとい、追跡調査をしよう。顔がバレないように、今日はキャップにマスクとサングラスで変装していくぞ。
ありゃ、アスカのやつ、今日は住宅街に行く気みたいだ。
ん? アスカが道路で急に身をかがめたぞ。何をしているんだ? むう、あれは……一見すると、猫だな。それも親子の猫のようだ。一匹はまだ子猫って感じだ。
はっ、そうだ、こんな道の真ん中で突っ立っていては、見つかってしまう。どこか、隠れる場所は……。よし、あの電柱の陰から観察を続けよう。
「ごろにゃーん。ごろごろ。にゃんにゃん。ごろにゃんにゃん」
なんということだろう。
一方的だが、エイリアンが地球の猫と会話をしているではないか。いや、あるいはあれは猫ではなく、地球人の眼を欺くための、猫型の通信端末なのかもしれない。
「にゃみゃ? にゃにゃにゃんにゃん。にゃあーん」
アスカは相変わらず猫語(?)を話している。なんて言うか、はたから見ると、猫大好き人間に見えるな。……ちょっとかわいいな。
……猫と戯れ続け、すでに三十分が経過。猫の親子とはすっかり打ち解けたようだ。。
一方俺の方はキャップ・マスク・サングラスのままで、電柱の陰に隠れっぱなしの三十分。通り過ぎていくご近所の方々の目線が、痛い。
それにしても、いったい、いつになったらアスカは家に帰るのだろうか?
いや、そもそも家ってあるのか? 宇宙船とか?
「おっ、ついに動きがあった」
猫の親子は塀の狭い場所にヒラリと飛び上がり、移動を開始した。猫の親子の飼い主の家に帰るのだろうか?
同時にアスカも塀の上にヒラリと飛び上がった。そしてそのままスタスタと猫の親子についていく。人間離れした跳躍力に、バランス感覚だ。
「よし、追跡開始だ。今日こそ見失うものか!」
「お兄さーん、何してるのかな? ちょっとお話聞かせてもらえるかな?」
振り返るとパトカーが一台、警察官が二名、俺の前後を挟むように完全なフォーメーションで立っていた。
「あっ、いや、その、怪しくないんですよ。俺は、その、クラスメイトのストーカ……じゃなくって、学術的な追跡調査をですね。その、違うんです。あっ、やめて、腕を離して」
「はいはい、怪しくないなら、詳しい話をパトカーの中で聞かせてね」
解放される頃には、土砂降りの大雨。俺はずぶぬれになりながら家に帰った。
本日も若干のアクシデントにより、追跡対象を見失ってしまった。
―追跡調査 三日目―
朝、昨夜からの大雨がようやく止む。各所で交通網の乱れが生じていた。
放課後。今日は変装をしない。昨日は下手に変装をしたから、ストーカーに間違われてしまったのだ。もし追跡がばれても「やあ、偶然だね♪」と言えばいいだけなのだ。
よし、今日こそ、アスカの家を突き止めてやる!
家がわかったら、毎晩、夜遅くまで家の前の電柱から、監視したり、朝に偶然を装って「やあ、奇遇だね♪」と話しかけよう。
うん、これなら効率よく観察できるし、さわやかだ。
もう警察のご厄介になることもないだろう。
などと考えながらアスカの後ろをつけていると、いつの間にか、大きな川沿いの国道に出ていた。十数メートル前に、アスカ。そのさらに十数メートル先には保育園児とその先生たちらしき集団がお散歩をしていた。何かの行事の帰り道なのかな?
キキーッ! ガシャーン!
キキキーッ! ドガンッ! ガッシャーン!
「な、なんだ? ああっ!」
突然、俺の真横の車道で、数台の乗用車が玉突き事故を起こした。
複数台の事故車両が車道をふさいでいる。
昨日の大雨の影響で、路面状態が悪く、車の制動距離が延びてしまったのだろうか。
パァーッ! パッパァーッ! ギギャーーッ!
「こ、今度はなんだ?」
後方から、けたたましいクラクションとタイヤが路面にこすれる音が鳴り響く。フルブレーキをかけた状態の巨大なトレーラーが事故車両たちに突っ込んでくる。
積み荷は高層ビル建築にでも使われそうな、巨大な鉄骨だ。
一目見ただけで、その重量と、速度と、目前の事故を起こして停止している乗用車との距離から、「止まれない」「ぶつかる」ことが容易に想像できた。
巨大トレーラーは次の瞬間、停車していた事故車両群に突っ込んだ。
あまりの速度と重量で、巨大トレーラーは、大きく左によじれ、車道から歩道へと滑り込む。
巨大トレーラーはアスカの横を通過し、そのままその先を歩いていた保育園児たちの集団へと突っ込んでいく。巨大トレーラーはバランスを大きく崩し、その巨体の脇腹を、保育園児たちへと押し付けようとしていた。
ああ、なんということなんだ。この後の状況を想像したくない。
でも、わかる。「間に合わない」それだけは容易に想像できる。
その時、俺と保育園児たちの間にいたアスカが、叫んだんだ。
「バイザー! 最適ポイントを探せ!」
声と同時に、アスカからピカッとまぶしい光が発せられた。
気がつくとアスカの顔には近未来的なバイザーが装着されていた。
それからは、本当に一瞬だった。
ダッシュした、とか、足が速い、とかそういうレベルじゃない。瞬間移動みたいに、水平にシュッ! と動いたんだ。いや、本当に俺、生まれて初めて残像っていうものを見たね。アスカは一瞬で保育園児たちのところへ到達したんだ。
でも無情にも巨大トレーラーは横倒しになった。
「アスカー!」
俺は巨大トレーラーへと駆け寄った。
気が動転した俺の目に飛び込んできたのは、巨大トレーラーと地面との間に生まれていた不自然な隙間だった。
その隙間には保育園児たちを、身を挺してかばってしゃがみこんでいる保育園の先生たち、そしてうずくまっている保育園児たちの姿があった。
そしてその隙間を生み出していたのは、バイザーを着けた一人の女子高生だった。
アスカは右手で巨大トレーラーを、左手で巨大鉄骨を押しとめていた。
生きてる! なんて力なんだ!
「でえええやぁぁぁぁぁー!」
アスカは雄たけびを上げながら、一気に鉄骨ごと巨大トレーラーを押し返した。巨大トレーラーはドウゥンと着地した後、そのまま静止した。凄すぎだろ。
「ありあとー!」
「おねえちゃん! すごいちからもちだね!」
腰が抜けている先生たちが見上げる中、保育園児たちはアスカを取り巻き、口々に、賞賛の声をアスカに浴びせる。
アスカの表情はバイザーで正確にはわからないものの……耳を真っ赤にして、笑いそうになるのをこらえているような顔をしていた。照れているのだろうか?
一方で保育園の先生たちは、今しがた起こった驚くべき出来事の連続に、理解がおいついていないようだった。まあ、ムリもないな。
「おーい、アスカ大丈夫かー?」
「む? ハルトか、す、すまん、助けてくれ。どうしたらいいのかわからない」
アスカが返事をするのとほぼ同時に「ニャー! ニャー!」という鳴き声が、川の方から聞こえた。
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