第6話 仲直りからの……

屋上での一件から一夜が明けた。

教室へ入ると、ヨネスケが早速声をかけてきた。


「おっすアオハル、昨日どうなった?」


「おはようヨネスケ。昨日はありがとうな!」


「おおっ、その明るい表情からすると、うまくいったみたいだな」


「いや、つき合うという件では、フラれた」


「なに? そうなのか? じゃあどうして、そんなに笑顔なんだ?」


「いや、話せば長くなるんだけど……」


「もったいぶるなよ。余計聞きたくなるじゃないか。何があったんだ?」


「わかった。要点だけ言うとな、まず白雪アスカはエイリアンだ。で、地球には「青春する」ためにやってきたらしい。そして交渉の末、アスカは俺に青春を教わる。その見返りとして、俺はエイリアンであるアスカを研究する権利を得た。だから俺はいま、とてもうれしいんだ!」


俺は興奮のあまり、早口でこれまでの経緯を端的に説明した。


「……そうか。フラれたショックで、現実逃避をしているんだな。でも、いきなり下の名前で女子を呼ぶのは、やめた方がいいぞ」


「俺は本当のことを言っているだけなんだが。それにアスカがアスカって呼んでいいって言ってくれたんだぜ。……なんだその憐れむような目つきは」


「……いや、いいんだ。SFの世界なら何でもありだもんな。ゆっくり自分の世界で、心の傷を癒してくれ」


ヨネスケは俺の肩をポンポンと叩くと、目頭をおさえながら教室を出て行った。

本当のことを言ったのに、変な奴だ。 


しばらくすると、アスカが教室に入ってきた。まるでいつもと変わらぬ素振りで隣の席に座る。


「お、お、おはよう。ア、アスカ」


入学式の日以来、初めて教室で声をかけることができた。

でも下の名前で呼ぶのには慣れない。変な汗をかいてしまう。


「おはよう。ハルト。さっそく今日から青春について教えてくれるのだな」


返事が返ってきた。それだけでうれしい。

だが、同時に焦る。青春について何をどう教えたらいいのか、昨日一晩考えた。でも結局考えがまとまらなかったんだ。


なんとか出た答えは、「青春とは何かを考える時間がもっと必要だと思うから、時間稼ぎをする」だった。


「あー、そ、それなんだけど、いま準備中なんだ。もうちょっと待ってくれないか?」


「話が違うではないか。今日から教えてくれるはずだろう」


アスカの顔がグイと俺の顔に近づく。


「か、顔が近いって! あ、あのな、昨日よく考えたんだけど、青春って人それぞれ違うものだと思うんだ。だから教えるには、先に俺がアスカのことを研究しなければいけないと思うんだ」


「そういうものなのか」


「そ、そう。だから今日から一週間、つまり来週の金曜日まで、俺が先にアスカを観察させてもらうぞ」


「わかった。いいだろう。待とう」


やった、俺、偉い! これで時間稼ぎもできるし、エイリアンの研究もできる!


昼休み。よし、さっそく「エイリアンは何を食べるのか?」という興味深いテーマを観察しよう! 

って思ったけれど、アスカは教室から姿を消していた。探しに行くか。


「おー、アオハル。調子はどうだ。一緒に飯を食おうや」


俺が席を立とうとしたとき、ヨネスケが弁当を片手に俺の席へとやってきた。


「ほら、元気出せよ。購買部で買ってきた、人気の焼きそばカレーパンおごってやるからさ」


「まだ勘違いしているのか。俺は落ち込んでなんていないって。新たな研究テーマを見つけて、喜んでいるんだって」


「……うんうん。そうだな。そうだ。宇宙は広いんだ。一人の女子にフラれたくらいで落ち込むことはないって」


「だからその憐れむような眼はやめろって」


ヨネスケは強引に俺の席にパンを広げて、昼飯を食べだした。

仕方ない、今日はヨネスケと昼飯を食べることにするか。


「そういや、ヨネスケは生徒会執行部に入部できたのか?」


「おう。もうバッチリよ。昨日はさっそく生徒会長様と、ちょっとだけ濃厚なおしゃべりしちゃったもんね。もうこれから青春しまくりってなもんよ」


ちょっとなのか濃厚なのか、どっちなんだ。


「あ! いや、悪い。アオハルがフラれたばかりなのに、俺だけ彼女ができることになっちゃって。生徒会長から惚れられちゃって。いやー悪い」


たぶんそれ、思い込みだと思うけど。まあ、幸せそうだから放っておこう。


「それにほら、白雪にフラれても、アオハルにはひばりちゃんがいるじゃないか」


「ひばり?」


なんでまたひばりの話になるんだ?


「そうだ! そうだよ! アオハルにはひばりちゃんがいるじゃないか。ひばりちゃんがいるのに、他の女に告白をして、フラれて、それで現実逃避するなんて、なんちゅう贅沢な悩みを持つやつだ」


「はあ?」


 どうもヨネスケの言うことは支離滅裂だ。


「ひばりちゃん、いいよなー。かわいいし、気がきくし、優しいし。おまけにおっぱいも大きいし。どんな失敗でも、笑って許してくれそうな優しさがあるし! 俺の調べでは、星空高校幼馴染にしたい部門第一位だ。そんなひばりちゃんがいるのに、お前というやつは!」 


「そうか? 俺からしたら、本当に妹みたいなもんなんだ。まあ確かに可愛いとは思うけどな」


「お前ねえ……! そういうこと、サラッと言うかね。かわいい幼馴染がいるなんて、マンガの主人公かよ! 憎たらしい! あー、同情して損した。これでもくらえ!」


「あいたたた! 痛い、痛いって!」


そういえばひばりとは、あの帰り道の一件以来、話をしていない。

俺はヨネスケにヘッドロックをかまされながら、ひばりはどうしているだろうと教室の中を見渡す。


ひばりは一人、机に座っていた。


「おーい! ひばり! 一緒にご飯食べようぜ!」


俺はとっさに手を挙げた。

ひばりはビクッと肩をさせ、こちらの様子をうかがい、いそいそと大きな弁当箱を持って俺の机まで小走りでやってきた。


「あ、あたしも一緒に食べていいの?」


なぜかひばりは少し涙目だ。


「もちろんだぜ。中学の時はよく一緒に昼飯食べただろ? これからも一緒に昼飯食べようぜ。ひばりと食べた方がおいしいしな」


「そ、そうなんだ。えへへ。ぐ、偶然だけど、あ、あたしお弁当作りすぎちゃって。これ、良かったら一緒に食べてくれない?」


机の上には、色鮮やかな豪華な料理が並ぶ。


「おっ、こりゃおいしそうだ。作りすぎたんなら仕方がないな。よっしゃ。俺が食べてやるよ」


「ホント? うれしい!」


ひばりはとてもニコニコしていた。

その一方で、ヨネスケには「お前のような奴におごる焼きそばカレーパンはない!」と言われ、パンを奪い返されてしまった。俺、何かした?


「あー、満腹だー。ひばりの料理、おいしかったぜ。ごちそうさまでした!」


「ね、ねえハルト。この前、蹴っちゃってごめんね。……あたし、また前みたいに一緒にハルトと帰りたいな」


そうか。アスカのこと、また、ひばりに相談すればいいんだ。この前は怒らせちゃったけど、もう怒ってないみたいだし。そうしよう。帰りにいろいろ相談してみよう。


「俺の方こそ、この前はごめんな、ひばり。俺も今日、大事な話があるんだ。一緒に帰ろう」


ひばりは手を口に当て、目を大きく見開いた。ん? どうした? 顔が赤いぞ?


「あ、あ、あ、あたしに大事な話?」


「ああ、(ヨネスケは信じてくれないし、なんか会話が食い違うから)ひばりにしか話せないことなんだ」


「は、はひっ。じ、じゃあ、放課後、ね」


ひばりは顔を両手で覆いながら、パタパタと廊下へと飛び出て行った。


「ひばりのやつ、どうしたんだろうな? なあ、ヨネスケ」 


「ア・オ・ハ・ル~。俺は、いま全世界の男子の怒りを代行し、お前に刑を執行する」


これまた意味不明にヨネスケは再び俺にヘッドロックをかけてきた。


「えっ、ちょっ、まっ、イデデ! 俺が何をしたっていうんだ!」


放課後。俺は約束通り、久しぶりにひばりと下校していた。

「それでヨネスケ君は結局、生徒会執行部に入部しちゃったんだね。あはは。ヨネスケ君らしいね」


「生徒会長が好みのタイプだからって入部するなんて、凄いやつだよな。ははは」


「ねえ、ハルトは部活、どうするの? あたしはずっとハルトと一緒に下校したいから、できれば同じ部活に入りたいな」


「うーん、俺SFが好きだから、SF研究部みたいなのがあれば入部したかったけど、ないみたいだから、帰宅部かな」


「そっか。じゃあ、あたしも帰宅部に入部する! よろしくね!」 


「ようこそ、帰宅部へ。あはは」


こんな調子でひばりはずっとご機嫌だった。

俺はアスカのことを相談したかったけど、あまりにもひばりが楽しそうに話していたので、ついつい家の前に着くまで話をしそびれてしまった。


俺たちの家は隣同士。

家のちょっと手前で、ひばりは足を止めた。


「……ねえ、ハルト。あたしに大事な話があるんでしょ? な、な、なにかな?」


「ああ、聞いてくれるか?」


俺はひばりの両肩をつかみ、ひばりの瞳を見つめる。


「うん、うん。聞く。このまえ鈍感王なんて言ってごめんね。いいよ。言って」


「相談っていうのは、アスカのことなんだ」


「……へひ? アスカって、えっと、白雪さんのこと? なんで下の名前?」


「だってアスカがそう呼べって」


「は? あたし以外の女子を下の名前で呼ぶわけ? なんでそうなったわけ?」


「ああ、昨日告白してさ」


「ちょっと待って、告白したの?」


ひばりの眼は丸くなりっぱなしだ。


「ああ、フラれたけどな」


「そ、そうなんだー。ん? でも、それならなんで下の名前呼びになるわけ?」


「いや、それがな! 凄いんだ! アスカはエイリアンだったんだ! えーっとそれで、なんだったっけ? ああ、そうそう、つき合うことはできないんだけど、俺はアスカを研究してもいいってことになったんだ!」


「あー、そういうことねー。よかったー」


ひばりは安堵の表情を浮かべ、くすくすと笑い始めた。


「おっ、さすがひばり、わかってくれるか! ヨネスケのやつは全然信じてくれなくってなあ」



「違う違う。あたしも信じていないよ」


「えっ?」


「あたしがわかったのは、ハルトが白雪さんに体のいい断られ方をしたなって言うことだよ」


「何を言ってるんだ?」


「さすが鈍感王ね! 教えてあげるわ。ねえハルト。想像してごらんなさいよ。白雪さんはとっても美人でしょ? そんな美人がいちいち告白されるたびに、『あなたの顔と声と態度、もろもろ全てが気に食わないから、お付き合いできません。ごめんなさい』っていうの、大変でしょ。恨みも買っちゃいそうだし」


「まあ、そうだな」


「だから『自称エイリアン』なのよ。そういったら、たいていの男は『ああ、白雪さんは僕のこと、全然! ちっとも! 好きじゃないんだな! あきらめよう!』って気がつくもんでしょ」


「でも、俺は研究の許可も得たぜ?」


「それが恨みを買わない作戦なのよ。遠回しに見るだけならいいけど、もうこれ以上関与しないでね、っていう意味なのよ。まだわかんない?」


「ちっともわからん。俺はアスカがエイリアンだって信じてるし、研究だってするつもりだ」


「もー! じゃあ、勝手にエイリアンの自由研究でも、なんでもしていなさい! このSFバカ! あたしもう帰る!」


「ま、待ってくれひばり!」


「なによ!」


「アスカのことを観察したいけど、教室だけじゃほとんど観察できないんだ。どうしたらいいと思う?」


「もー! 相手にされないのに、そんなに気になるなら、ストーカーでもなんでもすれば? バカハルト!」


「なるほど、その手があったか。ありがとう!」


「へ?」


「月曜日からしばらく、学校はもちろん、放課後もアスカに張り付いてみるぜ!」


「バカ!」


 バタン! ガチャッ!


……いいアドバイスにお礼を言ったのに、なんでひばりは怒りながら家に入っていったんだろうか。難しいお年ごろなんだろうか。

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