第5話 交渉の果てに

俺はハッと正気を取り戻し、ここ一週間分の走馬灯から、戻ってきた。


「エ、エイリアン? 白雪さんが?」


白雪さんは綺麗に整った顔立ちを崩すことなく、静かにうなずいた。


「そう。私はエイリアンだ」


俺は、予想外の言葉に、池のコイみたいに口をパクパクさせるしかできなかった。

だって、顔はもちろん、声も、体つきまで、地球人にそっくりじゃないか。

そんなことがあるのだろうか? 


……いや、あるな。SFならそんなの当たり前にあるじゃないか。そうだ。よくある話だ。一見同じでも、詳しく調べてみたら驚きの秘密があるってやつだ。


「というか、君は、ええと……名前は……その……」


ああ、これ俺の名前すら覚えてないな。

ま、まあいい。というか、いまので緊張が収まってきた。 


俺は制服の胸元をパタパタとさせながら、深呼吸をした。動け、俺の脳みそ。


「えっと、俺の名前は、青木ハルト。席は君の隣」


白雪さんは長いまつ毛をパチパチさせ、ああ、という顔をした。


「……そういえば、自己紹介で『アオハルと呼んでくれ』と言っていた人か?」


「そうそう! そのアオハルだよ!」


初日の自己紹介で「俺は、SF大好きマン、青木ハルト! みんな、これからアオハルって呼んでくれ!」って、俺の好きな宇宙海賊アニメの決めポーズを決めながら言ったんだ。我ながら、カッコいい自己紹介だったと思う。


だが、なぜかヨネスケは「気にするなよ。誰にでも間違いはある」と言ってきた。意味わからん。

ひばりは「あ、うん。ハルトらしかった、かな」と言ってたしな。


「もちろん今日から白雪さんもアオハルって呼んでいいぜ!」


俺はもう一度、宇宙海賊の決めポーズとともに言い放った。


「わかった、ハルト。それで私を屋上に呼び出して、話というのはそれだけか?」


「……あ、はい」


まずい。何か会話を続けないと、変な奴だと思われてしまう。

そうだ! 自称エイリアンについて確認だ。一口にエイリアンと言っても色々な意味合いがあるからな。

広い意味では「ちょっと変わった人」もエイリアンに含まれる可能性がある。


「あ、いや、その。な、なあ、本当に白雪さんはエイリアンなのか?」


「そうだ。私はこの星で生まれた人間ではない。宇宙から来た。この星では宇宙から来た者をそう呼ぶのだろう?」


バリバリバリ!!!


俺の全身に、一週間前と同じ電撃が走った。

わかったぞ! 胸の高鳴りの謎が解けた!


俺が恋するとか絶対におかしいと思ったんだ。

俺が興味あるのはやっぱり恋愛じゃなかった。SFなんだ! 俺がこれまでの人生で培ってきたSFレーダーが、白雪さんがエイリアンだって、初対面の時からビンビン感じとっていたんだ! 


でも、恋じゃなかったなら、俺はどうしたい?


そんなの答えはすぐに出る。俺は白雪さんがエイリアンならなおのこと、仲良くなって、いろいろと彼女を研究したい!


そうだ。まずは質問だ。もっと情報が欲しい。


「ど、ど、どこから来たんだ? なんのために学校にいるんだ?」


俺は興奮を隠しきれず、早口になってしまう。


「すまない。私が保有している情報の大部分には、規律によりロックがかかっている。ハルトに現在公開可能な情報は、私がエイリアンだということだけなのだ。今後もこれ以上の情報の提供はできない。では失礼する」


そういうと、白雪さんはくるりと向きを変えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、白雪さん!」


白雪さんは俺の制止が聞こえなかったかのように、スタスタと屋上の階段室へと進んでいく。


えっ? これで俺たちの関係はおしまいなのか? これから三年間、ただの普通のクラスメイトとして過ごすのか?


そんなのいやだ! 


どうしたらエイリアンである白雪さんと、もっと仲良くできる?

どうしたら、もっと白雪さんのことを研究できるんだ?


わー! 早くしないと白雪さんが帰ってしまう! 

もう時間がない! 考えろ、俺! なんでもいい! 何か言うんだ! 


「白雪さん、俺と青春しよう!」


だー! 何言ってんだ、俺!

意味わからんし! 昨日の部活説明会で生徒会長やヨネスケが青春、青春って言うもんだから、頭の中に言葉が残っていたのか?

 

だが、意外にも白雪さんはピタリと歩みを止め、振り返った。


「ハルト、青春とは何か知っているのか? 知っているのなら教えてくれ」


さっきまで何を言っても、ほぼ無表情だったアスカが、急に興味津々な表情をして食いついてきた。


「先日、部活動の説明会でも生徒会長なる人物が、青春について述べていた。だが、私はいまだに要領を得ない」


青春が何かだって? そんなの、うまく答えられない。でも、知らない、と言ってしまえば白雪さんはそのまま屋上から去ってしまうかもしれない。


「も、もちろん知っているぜ。せ、青春って言ったら、地球人の高校生なら、誰でも体験したいものだ。アオハルとも言うな、うん。」


青春しようなんて言ったけど、とっさに出た言葉なので、俺自身も何も明確な答えなど持ってはいないんだ。俺はしどろもどろだ。


「むう? アオハルとは青木ハルトの別の呼称だろう?」


「そ、そうじゃなくって、えーっと、青春は青い春って書くだろ? だからアオハルとも言うんだ」


白雪さんは「ふむふむ」とうなずきながら、ジリジリと俺の方へと近づいてくる。


「そうか。それで、青春とは何をすればいいのだ?」


「な、何って……、一言じゃあ、言い表せないものだし、その」


具体的に聞かれると、さらに混乱する。


「一例を教えてくれ。青春するとは具体的にどのような行動を指すのだ?」


白雪さんはついに俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「えっ? 具体的な行動? えーっと、っていうか、か、顔、顔が近いって!」


白雪さんの吐息が、俺の顔にかかりそうな位置まで近づいてくる。


ここ一週間、白雪さんを見ていて感じていたことだけど、言動がちょっと変だ! 

まず会話の受け答えがなんだか妙に大人びている。むしろ武士だ。うん。武士。


他にも、休憩時間に校庭に近所の猫が迷い込んで来た時、授業が始まるまで窓からじっと猫を見つめていた。

そうか。今思えば、あれはたぶん、初めて猫を見たから、観察していたに違いない。エイリアンならその星の生物に興味があるのは納得だ。

 

「なあハルト、お願いだ。青春について私に教えてくれ」


白雪さんはさらに顔を近づけてくる。

ああっ、なんかいい香りがする。……エイリアンでもいい香りするんだなあ。


そうだ! いいこと考えついたぞ!


「わ、わかった! 俺が青春のことを教える。だけど、青春は一人じゃできないモノなんだ。だから、条件がある」


「条件とはなんだ?」


「これから俺が白雪さんのことを研究することを認めること。そうしたら、明日から俺が毎日少しずつ青春について、教える! そ、それでどうだ?」


白雪さんはきょとんとした表情のまま、右手の人差し指をあごにやり、ふむ、と考える仕草をした。


「いいだろう。面白い提案だ。こちらも無条件で教えてもらおうというのは、確かに図々しい願いだった。今日からハルトに私のことを研究する許可を与えよう。その代わり、明日から私と一緒に青春をしてくれ」


よっしゃー! やったー! 


心の中でガッツポーズとバンザイ三唱、胴上げからの優勝パレードが開催された。


「い、いいぜ! 交渉成立だな。俺は白雪さんを研究する。白雪さんはこれから俺と一緒に青春をする、と」


俺がそういうと、白雪さんは少し微笑み「うむ」とうなずいた。


『ピピッ。情報のロックが一部解除されました。ピッ』


「えっ? いま何か言った?」


白雪さんの方から、何か無機質で抑揚のない人工的な音声のようなものが聞こえた。


「なんでもない。気にするな。それより、先ほどの質問に一つだけ答えてやろう」


「さっきの質問って、白雪さんがどこから来て、何をするのが目的なのかってやつか?」


「そうだ。現在公開可能な範囲で答えよう。私は遠い宇宙より母船にのって、この星へやってきた。そして私に与えられた任務は、「青春する」ことなのだ」


「は? 青春することが目的?」


「そうだ。母船にいる上司によると、この学校という場所にいることで、それを実行しやすくなるらしい。だから学校にいる」


「母船! スゴイな! それに任務の内容が「青春する」ことって謎過ぎる!」


あっ、だから俺が青春しようって言ったら振り返ったんだな。なるほど。

とっさに出た言葉とはいえ、えらいぞ、俺。


「現在、公開可能な情報は以上。あと、今後、私のことは白雪さんではなく、アスカと呼んでくれ。その方が効率的だ」


「わかった、ア、ア、アスカ、だな」


女子を急に下の名で呼ぶのは、なんだか気恥ずかしい。


「うむ。明日から青春についていろいろと教えてくれ。では、さらばだ」


アスカは今度こそ向きを変え、颯爽と屋上から立ち去った。


極度の緊張からか、全身が汗びっしょりであることに気がついた。

膝もがくがくと笑っているじゃないか。


だー! 疲れた! ちょっと横になろう。

俺は大の字で寝転がる。太陽を浴びたコンクリートの床が少し暖かい。


……すごいな。本当に宇宙人っているんだ。しかもクラスメイトに! 

何だよ、やっぱりSFなことは現実にあるんじゃないか。

やったぞ、人生捨てたもんじゃない。


さあ明日から、エイリアンの研究に忙しいぞ。


「でも……青春するって、何をどうしたらいいんだろうか」


俺は時間の経つのも忘れて、空を見つめていた。

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