第4話 青春あるのみ?

入学式の日から、今日でもう九日が経ってしまった。


放課後、俺は一人で机に突っ伏していた。

あれ以来、白雪さんに話しかけることすら、できていない。

そしてずっと一睡もできていない。


こんな日々を送っていては、俺は睡眠不足でやがて死んでしまうだろう。


「おい、アオハル起きろって! 部活説明会が始まるぞ!」


放課後に体育館で全部活の説明会があるらしい。俺が調べた限りではこの学校にはSF研究会などという都合の良い部活はなかった。だから部活に入るつもりはない。よって部活説明会にも行くつもりはない。


「いや、俺、部活はいいよ」


「バッカやろう! 高校生活において、部活は恋愛への最短ルートの一つなんだぞ! 部活無くして青春なしだ! さあ、一緒に行こう!」


ヨネスケは拳を高らかに掲げ、そう言い放った。

そして寝不足の俺をずるずると引きずって、体育館へと向かった。


体育館の壇上では、次から次へと各部の部員たちが登場しては、自らの部活のアピールをしていった。


「どうだヨネスケ。もう結構な数の部活を見たけど、入りたい部活は見つかったのか?」


「いやー、まだだな。まだ俺好みの可愛い先輩のいる部活は見つからない」


その選び方でいいのか? 

俺がヨネスケに呆れていると、「次が最後の部活紹介です」のアナウンスと共に、壇上に一人の女子生徒が登場した。

その女子生徒は頭にハチマキをし、腕には『生徒会長』と記入してある腕章を巻いていた。


「新入生のみなさん、こんにちは。私は二年生の赤水ジュンコです。生徒会長をしています。最後に、私たち生徒会執行部についての紹介をします!」


明るく、ハキハキとした声が体育館中に響き、一瞬にして聴衆はその赤水という生徒会長に注目した。


「二年生で生徒会長? なあ、普通、生徒会長って三年生がやるんじゃないのか?」


「このヨネスケ様が聞いた話じゃ、昨年末の選挙で一年生にして二年生を破って、生徒会長に就任した人がいるってことだ。……っていうか、そんなことよりあの生徒会長、めっちゃ美人じゃないか?」


確かに美人だ。「そうだな」と言おうとしてヨネスケを見ると、目じりは下がり、鼻の下がだらしなく伸びていた。おいおい。


「――以上が生徒会執行部の主な活動内容です! 最後に、新入生諸君に私からメッセージがあります!」

赤水生徒会長は大きく息を吸いこむ。


「我が星空高校の校風は『青春大好き』である! 恋愛でも! スポーツでも! 勉強でも、なんでもいい! 青春のためなら、我ら生徒会執行部は協力を惜しまない! 若者たちよ、大いに青春しよう! 以上!」


生徒会長は大声でそう言うと、壇上から降りていった。テンション高いなこの人。


「アオハル、俺はあの人に惚れた! あの人と青春する!」


なんかテンション高い人間が、もう一人増えたぞ。


「それって生徒会執行部に入るってことか? もうちょっと考えた方がいいんじゃないか?」


「バッキャロウ! 青春は一度しかないんだぞ! ボサッとしてたら、高校の三年間なんて、あっという間に過ぎ去ってしまうんだ! 思い立ったらすぐに行動しないと、あっという間に卒業になっちまうんだ!」


「そうか?」


「そうだ! 中学がそうだった。ずっと彼女ができなかった。俺は高校では後悔したくない! だから俺は生徒会に入る! そして生徒会長と付き合って、あんなことやこんなことして、ぐふふ。……青春するんだ!」


「ヨネスケ、本音がダダ洩れだぞ。本音はもうちょっと隠したらどうなんだ」


「はあ? 本音を隠してどうするんだ。何かいいことあるのか? 本音を隠して生きて、それが自分の人生だって、青春だって言えるのか? ずっと自分にウソついて生きていくのか? 俺はイヤだね! 惚れた女子にはアタックあるのみだ!」


ヨネスケの言葉に、不覚にも俺は心を揺さぶられた。

確かにそうだ。


青春が何かなんて俺は知らないけれど、本音を隠して生きるなんて、なんだかイヤだ。

自分には正直であるべきだ。自分のために。

白雪さんへのこの気持ちを隠したまま、三年間を過ごすなんて、無理だ! そうだ! この気持ちを白雪さんに伝えよう、まっすぐに!

「……なあヨネスケ、まじめな相談があるんだが」


「おっ、なんだ? なんでも言ってくれ、部活説明会についてきてくれたお礼だ。なんでもするぞ」


「俺、隣の席の白雪さんに伝えたいことがあるんだ。手伝ってくれないか?」


「はっ? 白雪に? ひばりちゃんじゃなくって?」


「ん? なんでひばりが出てくるんだ? ひばりじゃなくって白雪さんだ」 


「あれ? んー? 俺の眼に狂いがあるはずは……うーん」


ヨネスケはしばらく首をひねっていた。

だがしばらくすると何か考えがまとまったらしく、ポンと手を打った。


「わかった、アオハル。俺も生徒会執行部の一員になる男だ。青春は全力で応援する! 明日の放課後、俺が白雪との仲介をしてやる」


「本当か! ありがたいぜ!」


「細かい話は明日の朝にでもしよう! アオハル、説明会に付き合ってくれてありがとうな。おかげで俺の運命の人が見つかった。俺、いまから生徒会執行部に入部の手続きをしてくる。じゃあな!」


ヨネスケは手を振りながら、スタスタと生徒会執行部の人々がいる長テーブルへと歩いていった。なんだかんだ言っても、頼りになるやつだ。ありがとう。



そして翌日の放課後。


「ちょっとごめんな。白雪さん、こいつが君にどうしても言いたいことがあるんだって、屋上で話を聞いてやってくれないか?」


帰り支度をしている白雪さんに、ヨネスケはこともなげにそう言ってくれた。

白雪さんは俺をチラリと見て、「うむ」と短く返答し、うなずいた。


「俺はいまから生徒会執行部にいかなきゃならんから。じゃあな、頑張れよ」


俺の肩をポンと叩いて、ヨネスケは去って行った。


放課後の屋上には誰もおらず、青い空が広がっていた。


「話とは何だ?」


春風がそよそよと吹く中、白雪さんは一輪の花のように立っている。

俺は彼女に向き合い、その澄んだ瞳を直視する。


さあ言うんだ。俺の想いを、まっすぐに。しっかりと心は決めてきた。


……はずなのに、途端に俺の心臓は制御不能に陥る。ドキドキがどんどん強くなる。


まるで全身が心臓になったみたいだ。そんな未体験の鼓動が俺を襲う。


やばい! 長引かせると、俺がぶっ倒れる! 一秒でも早く胸の内を伝えねば。

……。なんて言うんだったっけ。


だー! やばい! 頭の中が真っ白で言葉がまとまらない。

ええい! もうわからん! とにかくしゃべるんだ!


「し、白雪アスカさん! 君のことを考えると、夜も眠れない! 君のことを研究したい! 俺と研究を前提につき合ってくれないか!」


そして、その返事を要約すると「君とはつき合えない。私はエイリアンだからだ」だったんだ。

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