第2話 SFバカには恋がわからない?

入学式の間、俺はずっと考え事をしていた。




何をって? それはこの世界について。


言うまでもないが、世の中には、少し不思議なことがたくさんある。


いわゆるSFってやつだ。




おっと、SFの定義をここでとやかく言うつもりはない。


ただ俺にとってのSFっていうのは、少し不思議なことってわけ。異論は認める。




さて、俺は物心ついたころから、SF的なものが大好きなんだ。テレビの特撮ヒーローものや、宇宙を舞台にしたアニメ、それからオカルト系雑誌など、何度も何度も見た。


そこには、実に俺の好奇心をそそるものたちが紹介されていた。




一例を上げてみよう。


巨大ヒト型ロボット・宇宙戦艦・人体発火現象・フライングヒューマン・念動能力者・未確認生物・未確認飛行物体・透視能力者・宇宙人・怪人・怪獣・ヒーロー戦隊などなど。




もう本当に大好きだ。


そんな少し不思議な事態に、自分が遭遇することを想像しただけでドキドキする。




でも、出会えなかった。


年齢を重ねるごとに、それらは空想でしかないという現実が、俺に襲い掛かってきた。




あーあ、結局、SFは空想の世界のものなのかなあ……。




「よお、アオハル! 高校でも同じクラスなんて、奇遇だな! 運命を感じるなあ」




「あのなあヨネスケ。男同士で運命感じるなよな」




座席表通りに席に座った俺に意気揚々と声をかけてきたのは、中学校からの友達、米田新助だ。あだ名はヨネスケ。


俺の本名は青木ハルトなんだけど、ヨネスケはアオハルって呼んでくるんだ。ちなみに俺はけっこう気に入っている。




「ヨネスケ、中学の時よりさらに髪型がツンツンになったなあ」




「ああ、これ? かっこいいだろ? この最新ヘアスタイルで、女子のハートもくし刺しだぜ!」




くし刺しにしてどうするんだ。


ヨネスケはいつもバカなことばかり言っている。だが入学初日で、知らない奴らばかりで緊張している中では、ヨネスケの陽気なノリにホッとしてしまう。




ヨネスケと他愛のない話をしていると、スタイルの良い長身の女子が、こちらへと音もなく歩いてくるのが見えた。


誰だろう? 知らない顔だ。たぶん違う中学から来た女子だな。


その女子は俺の隣に静かに座った。




お隣さんか。ちょっと挨拶でもしておこうか。


俺が横を振り向くと、キラリと光る美しい瞳と目があった。




バリバリバリ!!!




な、なんだ? いま俺の全身に電撃が走ったぞ?


……いや、落ち着け、実際に電気など発生してはいないはずだ。




でも、俺の脳天から、背中、腰、足の指先にまで、確かに何かが走ったんだ。




ドドッドドッドドッ……。




おいおい、俺の心臓、どうした? まるで100メートルを全力疾走したみたいに激しく動き出したじゃないか。


この隣の席の女子が何かしたのか? いや、座っているだけだな。


俺は隣の席の少女の顔を改めて見る。




スッとした鼻筋に、キリリとした眉毛の美少女だった。


なんていうか、俺がいままでに出会ったことのないタイプの美少女だな。




「や、やあ。こ、こんにちは」




至近距離で見つめ合うことで生じる謎の圧力に耐えられず、思わず挨拶が口から出た。


美少女は無表情のまま、「うむ」とうなずいた。




落ち着いてて静か人って印象だ。


……でもそれだけじゃなくて、なにか力強い意志も感じるな。




その美少女はプイと反対方向を向き、窓の外を眺め始めた。


ありゃ、初対面だから緊張しているのかな。それとも、俺がいきなり声をかけたから、警戒されたのかな。




「……おい、アオハル」




「な、なんだ。そんな小声で」




「いまの女子が俺の調べでは、星空高校一年生クールビューティー部門第一位の女子だ」




なんでこいつは入学早々、そんなこと調べているんだろうか。っていうか、そんな風に女子をランク付けしている男は、絶対に女子から嫌われるぞ。


でも、クールビューティーというのは、うまい表現だと思う。




「ねえ、ハルト、ヨネスケ君、何の話してるの?」




突然、小鳥がさえずっているかのような、明るく弾んだ声が聞こえた。




「あっ、ひばりちゃん。また同じクラスだね! 運命感じちゃうなあ」




「いやいや、ヨネスケ君、偶然偶然」




俺たちの話に割って入ってきた女子は、ヨネスケの言葉をバッサリと切り捨てた。


彼女は俺の幼馴染の黄之畑ひばりだ。




ついこの間、中学の卒業式でヨネスケは「俺がチェックした中で、この中学一番の美少女はひばりちゃんに間違いない。あのクリクリとした可愛い瞳に、可愛い声。背は少し低めだけど、そこがまた守りたくなって可愛い! さらに意外にも大きな胸! そして、そして、引き締まっているところは引き締まっている。くーっ、最高!」と叫んでいた。




俺が思うに、どうもひばりは男子から人気がある。


中学のころから「ひばりちゃんと仲がいいんだろ? 紹介してくれよ」と、いったい何人の男子から相談されただろうか。もっともその話をひばりにすると、なぜかいつも激怒するので、最近では丁重にお断りしているが。




まあ、確かにひばりは可愛いと思う。


だが俺にとっては妹みたいな存在だ。




なにしろひばりと俺は家が隣同士。小さい時からずっと一緒に育ってきた。


ホントにずっと一緒だった。


昔なんて、よく一緒に、戦隊ヒーローの必殺技をマネし合ったもんだ。




「ハルト、また同じ学校で、同じクラスだねっ。よろしくね」




ひばりの昔からの髪型であるショートカットの髪が、ふわりと揺れた。


あれ? この前会った時よりも、少しだけ髪が短くなってるな。




「ああ、こっちこそ、よろしくな。っていうかひばり、髪切ったんだな。似合ってるよ」




ひばりは、一瞬驚いた表情をした後、顔を赤らめ、うれしそうに「えへへ」と笑った。




「ハ、ハルトも制服姿、カ、カッコいいよ」




「ん? そうか? 普通だろ?」




こんな感じで、最近のひばりはちょっと変だ。


二人で話していると、突然赤面したり、口ごもったりするんだ。




「あー、ゴホン。ヨネスケさんもいますよ?」




 ひばりはハッとして、首をぶんぶんと横に振った。




「で、二人は何の話してたの?」




「それがさ、ひばりちゃん、ハルトのやつ、他の女子が気になるみたいなんだ」




「はいはい。そーですか」




「あれ? ひばりちゃん、気にならないの?」




「だってハルトが女子に興味を持たないことくらい、幼馴染の私が一番良く知ってるんだから」




「まあなあ、こいつ、本物のSFバカだからなあ」




「でしょ」




「バカとは何だ。SFは素晴らしいんだぞ。そもそもSFとは少し不思議な……」




「おーい、お前ら。席着けー。始めるぞー」




担任の先生がやってきたことで、俺たちの朝の会話はそこでおしまいとなった。




担任の渡辺先生の話を聞きながら、俺は先ほどの二人の会話を思い出していた。




――女子に興味を持たない――


――SFバカ――




確かにそうだ。正直、俺には恋や惚れたなんてものはピンとこない。自分でも不思議なくらい、恋愛ごとには興味がわかないのだ。


俺が興味あるもの、何度も言うがそれはSFなんだ。




例えばそう、巨大ヒト型機動兵器! 


俺が巨大ヒト型機動兵器に乗って、操縦しているところを想像するだけで、何時間でも楽しく過ごせてしまう。


内緒だが、家のトイレの便座に座るたびに、俺の目の前には空想上のコックピットと操縦レバーが出現する。もう何万機、敵機を撃墜したかわからない。




それくらい好きだ。


いや、大好きすぎて、将来はSFの研究者になりたいとすら思っている。


そんなものあるのか知らないけれど。ないなら、勝手になろう。うん。




こんな俺はおかしいのだろうか?


ああ、わかっているさ。多分、おかしいんだ。




大体、ヨネスケをはじめとして、同じ年ごろの男子なら、やれどのアイドルが好きだとか、やれどの女子がかわいいだとか、そういう方面に興味がわく年ごろだと思う。




それが普通ってやつなんだろう。




……おっと、いつの間にか、クラス全員の自己紹介が始まっているじゃないか。


気になる隣の席の女子の番になった。俺は耳を澄ます。




「白雪アスカ。趣味はない。以上」




えっ、終わり? 自己紹介、シンプル過ぎない? 武士? 武士なの?


でも名前がわかった。白雪アスカか。良い名前だと思う。




……えっと、どこまで考えたっけ? そうそう、俺には普通の男子みたいな女子に対する興味があんまりわかなかったんだ。


だから恋愛感情とか、俺にはそう言った普通の感情が、一切わからなかったのだ。




そう、ほんの少し前まで。




白状する。




さっき白雪アスカなる女子を一目見た瞬間から、『俺の興味があるもの』順位は激変してしまった。彼女がダントツ一位になっているんだ。 




さっきからずっと、胸がドキドキしっぱなしなんだ! まるで本当に、巨大ヒト型兵器の操縦席に座ったかのような高揚感だ。まあ、想像上なんだけど。




そしていま、俺は困っている!


何がって? これが恋なのかどうか、わからないってことに困っている。




なぜ? それはこれまでの人生で恋をしたことがないからだ。恋をしたことがないのに、この気持ちが恋かどうかわかるはずかないじゃないか。

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