倒れる俺と敗退した幼馴染 3年夏

夏。昼ご飯も食べ終わり、俺はいつも通りベッドに寝転がりながら病院の窓越しに見える景色を楽しんでいる。


俺は生まれた時から重い心臓病を患っていて、この病院で入退院を繰り返している。病院のベッドでやることは何もなく暇なので、ボーッとしながらセミの鳴き声を聞く。本当につまらない。だけど、


「ヤッホー!りっくん!可愛い幼馴染のゆーちゃんがやってきたよー!」


この時間だけは特別な時間になるのだ。


「よお。」


と挨拶した後、少し沈黙の時間が続いてしまう。その沈黙に優菜は焦ったように


「…そ、そうだ!鎌谷くんなんだけど、

最近ねぇ、数学の点数が悪くて落ち込んでたんだよ!」


と話す。健也の近況は知りたかったから別にその話自体はいいのだが、


「どうしたの?なんかあった?」


「!!??」


聞くと麻友は分かりやすく動揺してくれた。


「そっ、そそそ、そんなことないし、こうやって元気だし、ほーらね!」


と力こぶを作る。そんな様子に俺は思わず、ため息をついて、


「ほんっとーに麻友ってウソつけないよね。」


と言う。思い返せば麻友との心理戦系ゲームにはほぼ負けたことがない。俺の嘘をつく前に間を空ける癖を持ってしても麻友が分かりやすすぎるため、ポーカーにせよババ抜きにせよ人狼にせよほぼ負けたことがない。というか、俺の癖自体よく聞かないとわからない物であるため、ウソついて焦っていると俺のウソがわからないらしい。(麻友談)


「…はぁ。まぁ隠し通せると思ってた訳じゃないけど、案の定無理だったね。」


「んで?何があったの?あ。言いたくなかったら言わなくてもいいよ。」


「いや。言うよ。実はね。」


と話してくれた。


「私たちのチーム、あっ。ソフトボール部ね。県大会の決勝で負けちゃったの。だから引退したって訳。」


「あぁ。そうなんだ。って?決勝?」


「うん。だから、私たちはこの県の準優勝。」


「って、え?十分すごいじゃないか?何落ち込んでるんだ?」


俺らの学校はそもそも部活にはあまり力を入れていない高校だったはずだ。それなのにどうやらソフトボール部はかなりの結果を残したらしい。


「私もここまでなら多分笑顔で引退できてたよ。

でも、最終回まで2点差で勝ってたのに、みんなのエラーが重なって、重なって、最終回に2点差を詰められちゃったの。…ふふっ、グラウンドの魔物って本当にいるんだね。」


グラウンドの魔物。簡単に言えば野球やソフトボールにおいて、緊張によって普段しないミスを連発すること。それを総称してグラウンドの魔物って言うんだっけ。


「キャッチャーの私はさ、みんながエラーしているところをホームの上で指くわえて見てることしかできなかったの。」


麻友の声が段々上ずってくる。


「私が、声を上げてもエラーが収まんなくて、一所懸命カバーしようとしたけど、私じゃ限界があって、私のすぐ近くででもう2人がホームを踏んでて、最後は、私の、パスボールで、エラーで、」


そこからは続かなかった。代わりに彼女の嗚咽が聞こえて、見ると麻友は泣きじゃくってた。

冬、嘘をつく俺に対して流した涙とは対照的に静かな涙だった。

俺には、生まれつき体が弱く、運動する部活に入った経験もないから励ましても焼け石に水だろう。だが、すこしでも、麻友を安心させたい。その一心で俺は労いの言葉を紡ぐ。


「胸を張れよ。キャプテン。お前はどんな悔しい負け方でも、キャプテンとして弱小高校を決勝まで導いて、しかも強豪相手に惜敗。ここまで誇れることはねぇよ。だから自信持って胸張って。」


最大限励ましたつもりだ。それが麻友には届いただろうか。


「ふふっ。そうだね。私はキャプテンとしてソフトボール部に尽くした。それは胸を張るべきことだよね。よーし。エッヘン!」


麻友は泣いてるような笑っているようなおかしな表情を僕に見せる。おそらく、まだ心にしこりが残っているのだろう。しかし、少なくともいつも通りの元気は取り戻せたらしい。


本当に良かった。


「よーし!屋上行こっか!」


もしまだ、心にしこりが残っているなら、少しでも麻友が元気を取り戻せるように僕はその手伝いをするだけだ。


「屋上!いいね!」


僕らは屋上に向かって歩く。いつもなら麻友が僕に歩調を合わせながら進んでくれる。しかし、今日は僕が彼女に歩調を合わせる。少し早い。


そうして屋上につく。真上に照りつける太陽は激しく僕らを照らす。


「ひゃー!暑っついねぇ。」


「そうだな。」


そして僕らは柵の方に近づいて、上に手を置く。こうすると、病院の外の景色が一望できる。


「ほら、あそこ!私の家が見える!」


「近いんだから当たり前だろ?あっ。僕の家も見える。」


景色を見ながらしばらく雑談してると、突然


「りっくんありがと。励ましてくれて。」


と言った。どういたしまして。とか言おうと思ったら、突然、視界がふらっと歪んで、床に伏してしまった。床はコンクリート製だから熱い。


「えっ!りっくん!?」


焦った麻友の声が聞こえる。


「大丈夫。大丈夫。」


ほら立てる。と立ってみせようとする、が再び床に伏してしまう。


「熱中症だよりっくん!日陰で休んで!」


「でも、」


「でもとか言わない!早く行く!」


「はぁい。」


麻友のの剣幕に押され、日陰で休むことになった。


「横になって!私ポカリ買ってくる!」


「...…」


素直に日陰で仰向けになり、走り去る麻友を横目で追う。


…特に深い意味は無いがこの時の麻友の服装はデニムのショートパンツであった。


…期待はしてなかったぞ。


すぐ帰ってきた麻友の手にはポカリと保冷剤が握られており、


「飲んで!これ首筋に当てて!」


と手渡された。麻友の指示に従い、ポカリを飲み、保冷剤を首筋に当てる。ひんやりとしていて気持ちよかった。


ドタバタが収まったあと、


「まさか、日光の下に立ってるだけで熱中症になるとはねぇ。」


としみじみ言うと、麻友は


「当たり前でしょ!夏の暑さあまり舐めない方がいいよ!」


と険しい顔をして言った。


「もしかして、怒ってらっしゃいます?」


「うん。嘘をつくのが苦手な私が演技出来るとでも?」


無理だね。その言葉は火に油を注ぐことになりそうだったので飲み込んだ。


「とにかく、もう1人で屋上に来るの禁止!また熱中症になったら今度は誰も助けてくれないよ!」


「えぇ!」


「えぇ!じゃないよ!私の許可ないと屋上来ちゃダメだからね!」


「はーい...。」


今日は自分の病弱さとか麻友の弱い一面とか怖い一面とか。色々なことが同時に見れたレアな日であった。

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