ごまかす俺と心配する幼馴染 2年冬

冬。夜ご飯も食べ終わり、俺はいつも通りベッドに寝転がりながら病院の窓越しに見える景色を楽しんでいる。


俺は生まれた時から重い心臓病を患っていて、この病院で入退院を繰り返している。病院のベッドでやることは何もなく暇なので、特に何も考えずにボーッと肌寒くなったなぁとベッドに籠りながら考える。本当につまらない。だけど、


「ヤッホー!りっくん!可愛い幼馴染のゆーちゃんがやってきたよー!」


この時間だけは特別な時間になるのだ。


「相変わらず元気だね。…本当に部活してきたの?サボったんじゃない?」


「むー。そんなことできないって。仮にもキャプテンだよ?ランニングで足がガタガタだよ。」


「ははっ。おつかれさん。」


それから俺らはいつも通り他愛のない話や麻友に勉強を教えたりして時間を過ごした。


「じゃ私そろそろ帰るね。」


「あぁ。…早く帰りなよ。」


「…ん。じゃあね。」


そう言って彼女は扉を閉めた。


「あの表情なんだったんだ?」


帰り際、心無しか彼女が悲しい顔をしてるように見えた。帰りたくなかったのか?

もしかして優菜は俺のこと…


「って何馬鹿なこと考えてるんだ。」


頭を振り払ってその考えを消す。とその時、


「ちょっといいかね?」


と扉をノックして医者が入ってきた。


「あ、先生。なんの用ですか?」


「あの…その…なんだ。単刀直入言うとだね──────」



今日も今日とて窓の景色を見るだけの時間を過ごす。珍しく雪が降ってるが、いつものように景色を楽しむ余裕はない。昨日の医者の言葉が脳裏によぎってしまうのだ。


「やっほー!今日も来たよー!」


あぁもうこんな時間か。


「よぉ。」


「ん?」


俺の顔をまじまじと見る麻友。


「な、なんだよ。」


「…ねぇ。なんか悩んでる?」


いきなりそんなことを言う麻友に思わず驚く。なぜわかった?だが、俺は本当のことを言い出す勇気もない。


「…どうしたの突然。」


なるべく自然に目をそらす。なるべく目を合わせたくなかった。


「なんか思い悩んでるように見えたから。」


「…気のせいだ。特になんともないよ。」


ウソをつく。いままでずっとこうやって逃げてきた。ウソで塗り固めて、だけど、今回は追撃の手は緩む様子はなかった。


「ウソだ。私の目を見て。」


「だから、…特になん・・・」


俺は麻友の方を向きながら同じ台詞を吐こうとした。が、それを寸前でやめた。言うことが出来なかった。いつもヘラヘラとしてる彼女からは想像ができないほど不安な顔をして目に涙が溜まっていた。焦った俺は


「な、なあ。なんで泣いてんだよ?」


「当たり前でしょ!いつも嘘をつくりっくんにも、絶対に大丈夫じゃないのに大丈夫だって苦しそうに嘘ついてるりっくんも、私はそれほどりっくんに信頼されてないんだって、自分の無力さも、今そんな大変なことになってるのに気づかなかったこれまでの鈍感な自分。全てが情けなくて、腹がたって…」


麻友の慟哭に驚き二の句を告げないでいる中、彼女は追撃をした。


「ねぇ。どうしてりっくんは嘘ばっかりつくの?」


幼馴染にここまでしてもらって、その甘さに甘えちゃって、最低だなと自分を戒める。


そして麻友をここまでさせている原因について話すため、ずっと悩み続けてきたこの悩みを初めて人に言う。曲解されないように慎重に重い口を開く。


「なんか人を信頼できないんだ。決して好きでウソついてるわけじゃないんだ。なんて言ったらいいんだろ。こいつは大丈夫。そう思ってるのに、あまのじゃくが無意識に出てくるんだ。なんて言ったらいいんだ。こんなこと言うのもおこがましいが、許してほしい。なかなか治らない癖みたいなものなんだ。」


なんだか言い訳っぽくなってしまったが、

これが俺、天野陸の嘘のない本当の気持ち。


俺は怖くて目をつぶる。幻滅されたらどうしよう。

いや、幻滅しかねないこともやっているが。

やっぱり、本当のことを言うことなんてろくなことじゃない。そう思い直すが


だが、


「...届いたよ。その言葉。」


これが幼馴染、井上麻友の答え。


俺の変な悩みを正面から受け止めてくれた。


その予想外の答えに思わず顔を上げる。


あぁ、ようやく見つけたんだ。親以外に心から信頼できる人。幼馴染。少し遅いかもしれないけど、それでも優菜が光のように見えた。


不思議と通じ合った気がして、二人で笑った。


はじめはクスクスと妖精のような小さな笑い声からだんだんと肩を振るわすような笑いになってきて最後には大男のように豪快に、二人で笑った。


しばらく笑いあった後、麻友が唐突に、


「ねぇ知ってる?りっくんってウソをつくとき少し間が空くんだよ。」


それは知らなかった。今後麻友に対して隠し事のようなウソをつく気はないが、こう返してみる。


「…今度ウソつくとき意識してみる。」


「今、間が空いた。」


はぁ、なんでもお見通しだってことですか。


「こりゃ、癖だなぁ。直せねぇ。」


この日はおしゃべりがよく弾んだ。よく弾んでしまったからか、帰るのが遅くなってしまい、麻友がこの日親にこってり絞られたことをここに記しておく。



麻友が慌てて帰ったそのあと、俺は医者の言葉を思い出していた。



「あの…その…なんだ。単刀直入言うとだね──────君はこの1年で死ぬ可能性がある。」


「えっ。」


「あくまで可能性の話だ。そして君の病気を治せる医者がアメリカで見つかった。」


「本当ですか?」


「あぁ。だが、かなり人気のある医師でな。今から1年位先まで予定が埋まっているとの事だ。」


「なるほど。その医者が来るのが先か俺がくたばるのが先かということですね。」


「…まったく、他人事みたいに言うんだな。まぁ、つまりそういうことだ。」


その様子なら大丈夫そうだなと先生がいい、そのまま頑張ってくれ。と部屋を後にしたのが昨日のこと。


もし俺の方が先にくたばったら、少なくともこの世に残るのはウソで塗り固めた俺である。


「麻友の話もあったし、これからもう少し素直に生きてみようかな。」


せめて少しでも本当の俺をこの世に残せるように。

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