僕の限界
真夏の風呂に行こうというその提案に全員が頷いた。僕もここの温泉はとても楽しみにしていた。だから立とうとした。立ってみんなについていこうとした。でも体が、足が動かなかった。
「………あれっ」
足が動かなかった。いや、動かせはするんだが、動かしずらい。感覚が薄くなっているような感じがした。そんな僕を見たみんなは苦笑した。そして真夏が言った。
「しょうがねぇからおぶってやるよ。」
「ハハッ。ありがとう。」
僕は少し気まずくなって乾いた笑いをこぼした。
着替えるのも苦労したが、なんとかして素っ裸になり、温泉につき、一息つく。なぜだろうか、温泉というものは温かいのじゃなかったのだろうか。なぜか僕は今ぬるま湯に浸かってるような感覚がした。
「生き返るなぁ。」
真夏が呟く。それに呼応して僕も相槌を打った。そうして真夏とは他愛もない話をする。今までの思い出話。今日の旅行の話。テストの話。色々と話した。その間、真夏は僕がそろそろ余命だという事に触れてこなかった。僕が頼んだとはいえ、真夏なりの優しさ、というやつかもしれない。
しばらくすると真夏はのぼせるから上がると言った。
「お前も上がった方が良いんじゃねぇの?」
僕は今さっき足が動かしづらくなってしまった。だからそんな僕を気遣ってるのだろう。だが、僕は違う答えを返した。
「悪い。まだここにいたい。なんとかするから先上がっててくれ。」
「お、おう。なんかあったら呼べよ。」
歯切れ悪くそう言い残し、真夏は出て行った。残された僕は思わず天井を見上げ、腕で目を拭った。そして、窓を開け、外の空気を感じる。
「露天風呂………行ってなかったなぁ。」
僕はなんとかして立ち上がる。手すりにつかまり、立ち上がる。そうして一歩。また一歩と進む。足が動かしづらいというだけで、ここまで苦労をするとは思わなかった。足を引きずってるせいで痛いし。
そうしてなんとかして露天風呂まで到着する。
「ふぅぅぅ…」
長い息を吐き、しばらく外の空気を堪能する。寒い夜の露天風呂というのは、空気が新鮮だし、なによりも空気の冷たさと露天風呂の暖かさがマッチして絶妙な気持ちよさを作り出すのだ。ここの空気を吸うことは、これから先の叶わないだろうから、意地汚くスーハースーハーと深呼吸していると
「秀先輩?」
と、女風呂の方から有栖の声がした。
「有栖?どうしたんだ?」
僕を呼ぶ声から、有栖が元気がないことがわかった。だから何を言われるのか分からず、思わず身構えてしまった。
「先輩……無理しないでくださいね。」
そんなことを言われるとは思わず、少し拍子抜けた?
「……わかってるよ。」
僕はそう言い、しばらく押し黙った。有栖は全てお見通しなのだろうか。この後、僕がする予定の行動も全てわかってるのだろうか。だとしたら、説明をするのが面倒臭い。
「ねぇ先輩。楽しかったですか?」
有栖が当然そんなことを聞いてきた。
「そりゃ、楽しかったぞ。本当に思い出になりそうだ。」
僕はこの先、今日の出来事を忘れたくない。だが、それも叶わないだろう。
「それは良かったです。………先輩。」
少し口籠もりながらも話しかけてくる有栖。
「今度はなんだ?」
「先輩、今日観光してる時ずっと汗かいてましたよね…。足も引きずってましたし、途中途中で息も切らしてました。」
僕はシラを切った。
「…………なんのことかわからないな。」
「惚けても無駄ですよ。言ったでしょ?私は先輩が大好きだから、よく見てるんです。先輩は心配させたくないだろうから、私は誰にも言いませんでした。さっきの部屋だってそうです。もう先輩の足は動かないんじゃないですか?」
その通りだった。みんなとの観光は楽しかったし、流れるように時が過ぎて行ったのも事実だ。でも、僕の体は限界に近づいていて、体は鉛がくっついてるかのように重くて、足は動かしづらくて、すぐに疲れる。正直ここから歩いて部屋に戻れるかもわからない。でも、問題はない。既に解決策は思いついているから。
「先輩の余命。今日ですよね?みんな忘れてました。いや、忘れてるふりをしてるんです。みんな、あなたの死を信じたくないから。あなたに死んでほしくないから。」
居心地が悪くなった僕はその場にいたくなくなった。
「………悪い。のぼせそうだから上がる。」
有栖はまだ何か言いたそうだったが、それ以上有栖の言葉を聞くとだめな気がしたから。心の弱い僕は立ち直れないから。だから僕は温泉から上がった。
更衣室で着替えるとも、そこから出るのも一苦労だったが、死ぬ気で踏ん張って外に出た。
そして、僕は部屋に戻らないである場所に行くのだった。
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