僕の決意 2

 僕は夜、病院の屋上にいた。星空が、月が綺麗な夜だった。だから僕は手で、夜空のような自由を掴み取ろうと手を伸ばす。が、届くはずもなく、その手はだらしなく垂れる。


「ハハッ。この世界で死んだらどうなるのかな。それとも、死ねないようにできてるのかな?」


 正直、死にたくなんて無かった。怖かった。けど、僕が今死なないとみんなは僕という存在の死を受け入れられないから。だから僕はここで死ななきゃいけない。みんなを夢から醒さなきゃいけない。だから僕は死のうとする。だって、夢から覚めるには死ぬのが1番だから。


 一歩。また一歩と足を進める。そして、あと一歩で落ちると言う寸前、後ろから1番聞きたくない声が響き渡った。


「なに……してるの?先輩…」


 有栖の声が響いた。やめてくれ。その声を聞いてしまうと躊躇してしまうから。だからそれ以上声を発しないでくれ。


 そう僕が願った途端、走り寄ってくる音。


「ダメです!先輩!死んだらダメです!」


 だめなんだ。有栖。僕はここで死ななきゃ、お前たちのためにもここで死ななきゃいけないんだ。だから止めないでくれ。僕は心が弱いから、覚悟がなくなってしまうから。


 だから僕は有栖を無視して飛び降りようとした…が、僕は飛び降りる事ができなかった。最後の一歩を踏み出せなかった。


「ハッ…怖いのかよ……現実じゃほぼ死んでるくせに…」


 僕は最後の一歩を踏み出せなかった。あの時、有栖を庇った時はなんの抵抗もなく命を投げ出すことができたのに、今は無理なんて、情けない。そう思っていると、また背後から声が聞こえた。


「ダメですよ。本当に。しかも先輩勇気なかったじゃないですか……」


 図星を突かれて、少しだけムッとする。


「……うるさいな。もう少ししたら飛び降りれるから。だから邪魔しないでくれ。」


「先輩。どうして先輩は、そんなにも死に急ぐんですか?」


 その問いに、僕は考えていることを全て言った。


「だって、僕がここで死ななきゃお前たちは僕の死を受け入れられないし、それに僕は結局のところ現実の僕の偽物でしかないんだ。現実の僕は脳が死んでる。だから僕は考えることなてできないはずなんだ。だから今ここにいる僕は、お前たちの理想な僕なだけであって…」


 早口で僕が言葉を捲し立てたその瞬間、有栖が僕の手を掴んだ。


「…………ぁ…」


 有栖の手はあったかくて、口から乾いた掠れ声が漏れる。そんな僕に向かって、彼女は優しく、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あなたは偽物なんかじゃないんです。あなたは唯一の存在で、柳沢秀本人なんですよ。」


 彼女のその言葉がトリガーとなり、僕の頬を涙が伝った。


「そんなわけがない…僕は死んで、ここは夢の世界で、僕の意識は偽物で…僕は結局のところ、柳沢秀の代わりで…」


 信じることができず、僕はぶつぶつと呟いていた。すると彼女は優しく微笑みながら僕に向けて諭すように言った。


「違います。あなたはあなたなんです。あなたは代わりなんかじゃないんですよ?」


 そうして彼女は呆然と立ち尽くす僕の背中に手を回し、優しく抱きしめた。すると微かに伝っていただけだった涙が、今度はダムが決壊するかの如く、止めなく溢れ出て、僕は泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けて、ようやく落ち着きを取り戻した頃、僕は聞いた。


「僕は、柳沢秀…なんだよな?」


 その問いに彼女は優しい声色で答えた。


「そうですよ。あなたは柳沢秀先輩です。」


 だったら僕は。それが本当なのだとしたら、僕は。


「だったら、僕はこの世界が終わるまで、僕と言う世界が消えるまで、幸せになっても良いのかな…。生きても良いのかな…。」


 すると有栖は微笑みながら


「幸せになっても、生きてもいいんです。だって、この世界は、私たちが望んだ、あなたのための、あなたが幸せになるための世界なんですから。」


 僕のための………僕の世界。みんなが、僕の大切な人たちが僕のために作ってくれた。望んでくれた世界。なら、僕が幸せにならなきゃどうしろって言うんだ。


 だから僕は、決意した。絶対に僕は幸せになるんだ。と。


 だから、この世界を作ってくれたみんな。この世界を望んでくれたみんな。ありがとう。僕は幸せになるよ。


 さっきまでは、僕自身が死んで夢から覚めることにより、みんなを現実を受け入れさせようと思った。だが、今では別の意味の決意をした。それは幸せになる決意。


 僕は静かにそう決意して、目には再び希望の火が灯るのだった。

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