僕の決意

「……………ん。」


 僕は目を覚ます。そうしてなにが起こったのかを思い出す。


「そう…か…」


 確か僕は、頭痛の原因を知らされて、余命宣告をされて、それで取り乱してしまって…そうして僕は、視界に移った黒い何かを見つける。それは、ベッドに突っ伏して寝ている音羽の頭だった。


 少し寝たおかげで落ち着きを取り戻した僕は、音羽の頭を撫でた。


「うにゅ…」


 頭を撫でると、謎の言語と共に音羽は起きた。時は夕暮れ。赤い夕日が、病室を照らしていた。


「兄…さん…」


 音羽は僕の顔を呆然と見ながら呟く。


「なぁ、音羽。僕、夢を見たんだ。」


「………夢?」


「あぁ。もしも僕が死んだら。って感じかな。死ぬ、と言うよりも脳死判定を食らってたな。夢の僕は。」


「っ!?」


 音羽はその僕の言葉になぜか動揺をした。違和感の正体。それは、僕の夢に原因がある。なぜかわからないが、僕は確信した。


「ゆ、夢の話でしょ?びっくりさせないでよ……で、兄さんが脳死になってみんなはどんな感じだったの?」


「そうだなぁ。僕は空から見てたんだけど、まぁ、みんな取り乱してたよ。特に音羽と後輩の有栖ちゃんとかやばかったなぁ。」


「…………どんなふうに?」


「お前は1週間くらい寝たきりになってたし、有栖ちゃんに至っては自殺しようとしてたし。見ててなぜかこっちまで苦しくなってきたんだよな。夢の話なのに。」


 その僕の話に、なぜか顔を俯かせる音羽。


「音羽?」


 僕がそう聞くと、音羽は急に顔を上げる。


「うぅん、大丈夫。…………兄さんはここではあと一ヶ月しか過ごせないの?」


「ここでは?ってどう言うことなんだ?……まぁいいや、そんだなぁ。医師に言われたからなぁ。あと一ヶ月だって。」


「そういえば確か、夢の中でも脳死の時に、あと一ヶ月で体も限界だって言われててさ。なんか似てるんだよね。全て。」


 僕は、自分の考えていることを音羽に告げる。音羽は目を少しだけ見開いて、僕の話を聞いていた。


 僕は音羽に対して違和感を感じた。だから今感じた違和感のことを尋ねた。というより、確信していることの答え合わせと言った方が正しいな。


「それに、夢だとお前はあんなに泣いたのに、今回お前は泣いてないんだ。お前は寂しがり屋だから、泣かないわけがないんだ。なぁ、正直に教えてくれ。」


 そうして僕は一拍置いて告げた。


「ここは夢の世界。なんだろ?僕が脳死判定を受けた向こうの世界が現実。そして、この世界は僕を幸せにしようと父さんが作った機械を使って作った世界だ。そうだろ?」


 僕のその言葉に押し黙る音羽。


「…………どうして…そう思うの?」


「全てが同じだからだよ。向こうの僕も、こっちの僕も。状況は違えど脳に異常があるし、余命だって向こうの体の限界だって同じ時間なんだ。それに、父さんが機会を作ってるのを見たからな。」


 しばらく、沈黙が場を支配した。そして、音羽は言葉を紡ぐ。


「そう……だよ。この世界は、作られた世界。兄さんの理想を叶える世界。でも、現実の兄さんの体の限界だってある。作られた世界とはいえ、現実で兄さんが力尽きちゃったらここでも死んじゃうよね。」


 その言葉を聞いたのにも関わらず、僕は冷静だった。いや、冷静というわけではないな。やるせない気持ちが、消える気配のない絶望が、僕を支配していた。


「そう…か。ハハッ。そりゃそうだよなぁ。夢なら理想通りに事が進むのも納得だよ。ありがとう。話してくれて。」


 僕の心に、深い深い闇が広がり始める。


 真実を知った今、僕がやることはひとつだ。それは、みんなに悲しい思いをなるべくさせないこと。でもどうやってやるのか。………いや、考えてみれば、僕の未練を無くすために作られた世界なんだから、僕が幸せになんかきゃ意味がないんだよな。でも、できるのか?一ヶ月後に死ぬという運命を控えた今、僕は幸せを感じる事ができるのか?現に今も僕は絶望している。


 そうして僕たちが各々考え込んでいると、ドタドタと聞こえる足音があった。病室のドアが勢いよく開く。


「先輩っ!!」


 西城有栖だった。


「なぁ音羽。さっきの話は秘密にしてくれ。」


「……わかった。」


 音羽は寂しそうな顔をしていた。有栖には僕が気付いたということを知られるわけにはいかないので、僕たちはすぐに表情を切り替えた。


「心配しましたよ〜。で、なにが起きたんですか?」


 無邪気な顔で聞いてくる有栖を、僕は今から騙さなければならない。そう思うと胸が苦しくなる。だが、止めるわけにはいかない。


「少し疲れてただけだよ。すぐに退院できるって。」


 僕のその言葉に有栖は心の底から安堵したような表情を見せた。が、僕と目が合い、その表情は消え失せた。


「有栖?」


 僕は聞く。だって、有栖の表情は百八十度変わってしまったのだから。


「先輩………気づいちゃいました?」


「…………え?」


 僕の口から素っ頓狂な声が漏れた。なんでバレたんだ?どこかで口を滑らせただろうか。


「恥ずかしいですけど…私先輩のこと、大好きなんです。だから、ずっと見てきました。先輩の顔を。だから少し隠し事をしていたりすると気づいちゃうんですよ。」


「…………そうか。」


「多分ですけど、先輩が心の底からこれから楽しもうって思わない限り、みんなに気づかれますよ?」


「そんなに顔に出てるか?」


「違いますよ。みんな、あなたのことが大好きだからですよ。あなたの表情の変化なんて、みんなわかってます。あなたが何を考えているのかなんて、お見通しなんですよ。」


「そりゃ、困ったな。でも、今更僕の気持ちは変わらないぞ?」


「なら、変わってください。みんな、あなたの幸せを望んでるんです。」


 僕の幸せ。それは一体なんなのか。考えたことすらも無かった。僕の幸せ。それは…


「お前らが、僕の友達がみんな幸せになること。なんだろうなぁ。」


 僕は呆然と、天井を見上げながら呟く。それしか思いつかなかった。だって、僕は死んでしまっているから。やりたいことなんて見つからなかったから。


「それはダメですよ。あなたが幸せにならないと、私たちも幸せになれませんから。」


「まぁ、最善を尽くすさ。僕としては、みんなに僕の死を受け入れて幸せになってほしいんだが…」


「みんなそれができないからここに来てるんです。」


「そうだよなぁ。…………じゃあ、思い出作りでもするか?」


「例えば何をするんですか?」


「そうだなぁ……温泉旅行……とか?」


 パッと思いついたものを言う。


「温泉旅館……良いですね!楽しみです!来週とかにどうですか?」


 いきなりテンションが変わった有栖に僕はついていけなかった。


「良いぞ。来週でも。僕はその間死なないように頑張れば良いんだな。」


「そうですね。頑張ってもらわないと困りますから。」


 そう言って微笑む有栖の顔には、優しい、けれど切ない表情が入り混ざっていた。その表情に僕は思わず目を背けた。罪悪感を感じてしまったから。だって、


 僕が、その旅行に行くことは絶対に無いんだから。







 

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