理想の世界
私はその世界に入った途端、驚いた。あまりにも現実に酷似していたから。いや、酷似どころではない。ここはもう一つの別の世界。そんな感じがした。
そして、ぐらりと視界が揺らいで、場所が変わった。そこは霊安室だった。見れば、秀先輩の父親がいた。まさか、秀先輩の父親も、この世界に入ることができたのかと思ったが、開発が間に合わなかったと言っていたから、この父親は夢の世界の偽物なのだろう。だが、本物かと思ってしまうほどに、本人だった。思わず、私は先輩の父親の技術をすごいと思ってしまった。
辺りを見回すと、いきなり変なところに連れてこられて困惑している音羽さんと真夏先輩と汐恩先輩がいた。そして、真ん中には白い布をかぶせられている秀先輩がいた。そこで私はガッカリした気持ちに支配された。だって、幸せにするためにこの世界に入ったとはいえ、当の本人が死んでしまっていたから。やはり脳死というのは難しい症状で、例え先輩の父親の技術が素晴らしくても、もう生きて秀先輩と会うことはできないのだと思ってしまった。
やっぱり理想の世界とか言いつつも、秀先輩と生きて合うことはできないのだと、その時は確信した。次第に頰を涙が伝い、みんなも釣られるように泣き始めた。嗚咽が混じり始めた時、いきなり真ん中に動きが生じた。
みんなはギョッとして目を見開いた。すると、秀先輩がモゾモゾと動きながら、あくびをしながら起き上がったのだ。
「……あれ、ここどこだっけ…」
そんな能天気な発言をする秀先輩を見て、私たちは瞠目した。しばらく口を開けてボケっとしてしまった。空いた口が塞がらないとはこのことかと身にもって実感した。しばらく呆けて、私たちは我に帰った。そして、全員で抱きついた。会いたかったから。その声を聞きたかったから。そして、いくら夢とは言えど、生きた秀先輩に会えたことが、1番嬉しかったから。
「おわっ!ど、どうしたんだよ………って、ここ霊安室!?」
秀先輩はかなり驚いている様子だった。まぁ、この世界では秀先輩は脳死ではなく、生き返ったことになっていたのだ。まさか自分が霊安室にいるとなんて思わないだろう。
「しゅ、秀なのか?」
後ろから父親の声が聞こえた。
「父さん?何でこんなところにいるんだ?って、もしかして僕死んだの?」
ケラケラと能天気に笑う秀先輩を見て、先輩の父親は秀先輩を抱きしめた。
「ちょちょちょ、どうしたんだよみんな…」
秀先輩は困惑していた。無理もない。いきなり霊安室で目覚めたと思ったらみんなが抱きついてきたのだから。
「あれ?何でみんな泣いてるの?」
秀先輩は、全員が泣いている様子に気がついたようだった。
「心配させるんじゃないわよ…ばかっ!」
汐恩先輩が少し怒りながらも言葉を発す。
すると、秀先輩の視線が私に向いた。
「あれ?僕確か…………あっ!そうだ!」
何かを思い出したかのようなそぶりをする秀先輩。
「良かったぁ!無事だったんな有栖!」
その瞬間、涙腺が崩壊した。だから私は誰よりも力強く秀先輩を抱きしめた。
「痛い痛い…ほんとどうしたんだよ…」
「お前死んでたんだぞ?これから火葬されるところだっだんなぞ?」
この世界が夢の世界であることを悟られてはいけないため、真夏先輩が、柳沢秀は一度死んで、火葬されかけているという設定をそのまま言った。
「え、マジ?僕これから火葬されるところだったの?」
急激に青ざめた顔になる秀先輩。
「そうだぞ。それにしても能天気に起きやがって。空気を読んでもう少し感動的に生き返れよ。」
真夏先輩の言葉に、少しだけ空気が和んだ。
「何だそれひどくない?なんか目が覚めて起き上がったらこの状況だったのに。」
私たちはしばらくしてから、笑った。そして、信じて疑わなかった。これからしばらくは幸せな生活が続くのだと。
そうして、私たちの秀先輩を救うための、幸せにするための夢の世界での、理想の世界での生活が始まるのだった。
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