漣汐恩の叫び
秀が事故に遭った。その事実だけで私は目眩を起こし、倒れそうになった。なのに、結果は脳死判定。信じれるわけがなかった。なのに現実は無情で、私はそれを信じることができないまま日常を過ごした。
当然怒りは湧いた。だが、その怒りを誰にぶつければ良い。当然、ぶつける相手はいない。だって、今回の事件は誰も悪くないから。だから私は自分に当たった。
家の壁に頭を叩きつける。ゴツん、ゴツんと重い音が響く。そして、今度は拳を突きつける。痛かった。だが、やめなかった。何十回、何百回突きつけたかわからない。血が滲み出てきて、拳は血まみれになった。かなり痛かったが、秀はこの痛みを感じることも二度とできない。喜びも楽しみも、または負の感情も感じることができないのだ。だから、こんな痛み、秀を失った苦しみに比べればなんともなかった。
そうしてまた拳を壁に叩きつけようとしたその瞬間、玄関のドアが開き、使用人が入ってきた。使用人は私と目を合わせ、少し微笑んだが、私の今の状態を見て、血相を変えた。
「お嬢さまっ!!どうなさったのですか!?」
その使用人は私の血まみれの掌と腫れたおでこを見て驚愕する。
「……どうもしてないわよ……」
嘘だった。どうもしてないわけがない。だからこそこんな意味のない自分への八つ当たりと言う行動に出たのだ。もちろん、どうもしてないなんていうそんな私の言葉を信じるわけがなく
「とりあえず治療からです。少し待っててください。」
そう言い慌てて走り去ろうとする使用人に、私は言った。
「治療なんていらないわよ!!」
使用人は当然困惑していた。無理もないだろう。だって、これほどの大怪我をしているのに、治療を拒む人なんて普通はいない。だが、私は治療してもらいたくなかった。だって、これは何もできない自分への罰のようなものだから。だが、そんな私の言葉を、使用人は無視した。
「いいえ。それでも治療します。そのままだと後に残るかもしれません。処置をした後に病院に行きます。」
それだけ言い残して、使用人は去った。涙が頬を伝う。なぜ私たちが辛い思いをしなければならない。なぜ秀が悲劇に合わなければならない。そんな疑問が頭の中で繰り返し反芻される。
そして、使用人が戻ってきて、手を治療された。そして、病院に行くために、車に乗せられる。その間、涙と血は止まなかった。
病院につき、受付の女の人は私の拳とおでこを見た瞬間、慌てたように医師を呼んだ。なぜそんなに慌てるのだろうと思ったが、自分の拳を見てみて理解する。普通に生きていれば見ることがない程度までボロボロだった。いつもの私だったら目を背けていただろう。だが、生憎と何もなかった。
呆然とする私に、使用人は声をかけた。
「お願いしますお嬢様。お辛い気持ちはわかります。ですが、御自身の身をお大事にしてください。私はこれ以上お嬢様が傷つく姿を見たくありません。」
使用人の切実な訴えは、私の心に直接響いた。瞬間、視界が黒に染まった。数秒経ってから私は抱きしめられていることに気がついた。
「………あぁ…」
口からか細い声が漏れる。そして、暖かい温もりを感じて、私の涙腺は崩壊した。病院だと言うのに、私は泣きじゃくった。その声は、院内に響き渡った。まるで赤子のように。
レントゲンを撮った結果、一部が砕けていると言われた。直すには手術が必要なようで、私は手術を受けた。
術後、医師からは絶対に身を壊すようなことはするなと叱られた。確かに、身を壊すような行動は馬鹿かもしれない。だが、後輩を庇って身を壊すどころか、意識が回復しなくなった秀は、もっと馬鹿なのではないか?そう思い、私は切実に立場を逆にしたいと思った。だって、私は、秀のことが、この世の何よりも大好きだから。
学校に行くと、周りから驚かれた。まぁ、右の掌にグルグルに包帯が巻かれていたら誰だって驚くだろう。
「ど、どうしてそんな怪我してるの!?」
クラスの1人の女子に話しかけられた。だが、私は本当のことなんて答えなかった。言えるわけがなかった。悔しくて自壊したなんて。
「ただ転んだだけよ…」
私はそう答えた。だが、クラスの誰も信じなかった。まぁ、転ぶだけでこんな怪我はしないというのが固定概念だからだろう。実際に転んだわけじゃないし。
ちらりと後ろを見てみる。すると、机に突っ伏していて元気だった姿は見る影も無くなっていた真夏がいた。私は今あいつのことが好きじゃなかった。だって、あいつは有栖に死ねと言ったのだ。許せるわけがなかった。だが、嫌いにもなれなかった。だって、その怒りという気持ちはわかるから。おそらく葛藤しているのだろう。自信へ湧く怒りと、行き所のない怒りが。そんな真夏の姿を見て、私もまた悲しみと少しの怒りが湧いてきて、何もしたくないという無気力感に再び襲われるのだった。
授業は全く身にならなかった。指名されても答えられなかったし、問題も解けずに、何もできない1日が過ぎた。昼休み、作ってくれたお弁当も食べることができず、ずっと呆然としていた。話したことのある人たちは気を遣ってくれたが、私があまりにも無気力な対応をするせいか、しまいには話しかけられなくなっていた。だが、これでよかった。こんな私に話しかけても時間の無駄だから。
そうして学校が終わり、家に帰る。布団にすぐに潜り込み、考えるのを私は放棄した。何も思いたくない。何も考えたくない。そうして私は眠りについた。神様が許すのなら、最後に一度くらい、夢でも良いから秀に会いたいと、心の底から願った。
携帯の通知の音で私は目が覚めた。誰からだろうと思い、携帯を手に持ち、画面を見る。そして、瞠目。差出人の名前のところに、
『柳沢秀』
と書かれていたから。だから私はミスをしないように慎重にメールを開いた。そこには
『柳沢秀の父親です。最後に秀を幸せにしてやりませんか?この誘いを受けてくれるのなら、明日の夜に家で待ってます。』
こう書かれてあった。意味のわからない内容だった。だが、意味がわからなくても、私はすぐに決意した。本当に最後に秀を幸せにできるのなら、行くしか選択肢はなかった。秀の父さんのことだ。きっと新しい何かを作ったのだろう。
そうして私は明日の夜に家に行く心地決めるのだった。
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