森近真夏の叫び
「秀が……脳死?」
俺は呆然と呟く。その内容が信じれなかった。だって、昨日まで一緒に夜遅くまでゲームをしていたから。ついこの間まで一緒にバカをやって一緒に叱られたりして、充実した生活を送っていたから。
ゆえに、俺は信じることができず、目の前の秀の父親に聞き返す。
「秀が脳死って……どういうことですか?」
父親は悲しそうな顔をして、でも事実を淡々と述べてきた。
「そのまんまの意味だよ。秀はある後輩を庇ってトラックに衝突して、脳死判定を受けたんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、近くでピクリと体を震わせた人物がいた。そしてその人物はみんなの前に立ち
「す、すみません……秀先輩は、私を庇ったんです…」
と謝罪しだした。
「まて、有栖さん。言わなくても良いと言っただろう。」
秀の父親は有栖に対してそういう。が、
「…………は?」
口からは素っ頓狂な声が漏れた。そりゃ、信じられるわけがないだろう。秀のことだから、誰かを庇うというのは納得ができる。だが、その庇った人物がこんなにも近くにいたのだ。
瞬間、怒りが自分の中に湧いた。誰も悪くないのはわかっていた。誰にも当たってはいけないことも、理解していた。でも、この怒りを、秀を失ったこの怒りを誰にぶつければ良い。普通なら運転手に怒りをぶつけるのだろう。だが、今回の運転手は、心臓発作で死亡した状態で秀に衝突した。近くの川に突っ込み、周りに多大な被害をもたらし、やっと止まったらしいのだ。だったらこの怒りの矛先が、秀の庇った西城有栖に向いても仕方がないだろう。その瞬間、自分の中の理性が崩壊する音が聞こえた。ダメだと分かりつつも、もう止まらなかった。
ガタリと、俺が立ち上がると同時に椅子が倒れる。
「なぁ、何でこの瞬間まで黙ってたんだ?」
燃えるような怒りを感じている心とは真逆に、口からは冷静な怒号が迸る。
「す、すみません…」
有栖は俺の怒ってる様子に怯えていた。有栖は俺の一つ下の学年だ。それだけで恐れる対象には入るはずだ。だが、それに加えて運動を良くしているガタイの大きな男に怒りの矛先を向けられたら、誰だってビビる。
我慢すれば、この怒りは治まっていたのだろう。治るまでは行かなくとも、抑えることはできただろう。だが、一回口に出してしまうと、ダムが決壊するかのように、口からはボロボロと言葉は出てくる。そして、俺は絶対に、何があっても言ってはいけない一言を言ってしまった。それが俺の1番の罪になった。今回の事件で、1番の罪を背負うことになるきっかけだった。
「お前が死ねばよかったんじゃないか?」
瞬間、近くにいた柳沢音羽と漣汐恩が音を立てて勢いよく立ち上がり、俺の胸ぐらを掴み上げ、叫ぶ。
「何言ってんのよ!少しは言葉を選びなさい!」
汐恩が怒号を発する。そして、パシンと、何かを叩いた音が響き渡った。左頬が痛い。左を向くと、音羽が俺をビンタしたのが目に映った。そこで俺は自分がビンタをされたということを自覚した。
「兄さんがその言葉を許すと思ってるんですか?」
音羽は何とかして冷静さを保っているようだった。だが、その声は腹の底から出しているかのように、重低音のように頭に調節響いた。
俺は男だ。しかも、ガタイが良いと自分で言える。ゆえに、誰かに怯えるなんてことはなかった。だが、今この瞬間、汐恩の剣幕と音羽の剣幕に少しだけ驚き、恐怖を感じてしまった。
こんな言葉を吐いて、女のこいつらは我慢してるのに男の俺がこんなダセェこと言って、虚しいなぁ。俺は瞬間的にそう感じた。
だから
「悪い……これだけは絶対に言ってはいけない言葉だった…」
自分の罪を自覚し、謝った。
「いえ…私のせいで秀先輩が脳死になってしまったのは事実です…私が死ねばよかったんです…」
有栖は自分を責めていた。元々責任感が強く、よく自分を責めるやつだった。だが、今回の件のおおよその部分は、間違いなく俺のせいだろう。そして、音羽と汐恩は鋭い眼光で俺のことを睨みつけていた。俺は感じた。俺のせいで、柳沢秀が愛していた居場所が崩壊してしまうかもしれないと。
人生で1番と言って良いほどの罪を、俺は犯した。だから、その日から俺は感情を押し殺した。俺は短期だから、感情を押し殺さないとまた誰かを傷つけてしまうから。
感情を押し殺しながら生活をするのは、キツかったりきつくなかったりと矛盾していた。悲しかったりしたら無理やり押し殺し、怒りを感じても押し殺す。泣かなくて良い分、苛つく回数がかなり増えた。
感情を押し殺してから1週間ほどが経過して、俺はいつも通りを演じることができた。いつも通りを演じないとどうにかなってしまいそうだった。だからこそ、正門で有栖ちゃんを見かけた時、普通に話しかけた。が、自覚しないうちに言葉に棘が生まれてしまっていた。それが原因だった。その棘で、有栖を傷つけてしまった。ゆえに、有栖は怒号を発した。そして、大人がなく言い返してしまい、俺はまた、罪を犯してしまった。
有栖ちゃんに、何も感じていないのかと言われた時、自分の中の何かが崩壊する音が聞こえた。それは、押し殺してきた感情。1週間も怒りや悲しみを我慢し続けてきたのだ。限界だったのだろう。だから俺はまた言ってしまった。その、最大の罪の一言を。
「お前が死ねば秀は死ななくて済んだんだぞ!?」
俺の一言は辺りの空気を切り裂いて、有栖ちゃんだけではなく周りの生徒にまで伝播した。その一瞬で俺はしくじったと思った。
「わ、悪い。大人がなかった…」
俺はすぐに謝った。だが、そんなものでは許されないだろう。今回の事件は誰が悪いとかそういうわけじゃ良い。強いて言うなら、全員が悪いのだ。あの日俺らが全員で遊べばこんなことにはならなかったのかもしれない。だが、前と今放ってしまったこの一言で、俺は事件の中で1番の罪を背負ってしまった。
心の底から後悔する。そして、自分の我慢のできなささに腹が立つ。
どうして俺は我慢をすることができないのだろうか。女の汐恩と音羽は我慢をしている。有栖に至っては自分を責めてまでいる。なのに、男の俺が何故1番現実を受けいらない。なぜ悪くない人を責める。今の俺には答えが延々に出ない自問自答を繰り返し、疲れた俺は一回考えるのをやめた。
それからしばらく無気力になり、怠惰な学校生活を送っていた。
それから俺は授業を受けていた。だが、全く頭には入らなかった。少し斜め前の席を見る。すると、汐恩も全く身が入っていない様子で授業を受けていた。それゆえ、俺も汐恩も指されても全く答えることができなかったりして、クラス中から心配されたりした。秀がいなくなっても何も感じないこいつらから心配されると言う事実が、俺の怒りを増幅させた。だが、怒らなかった。だって、こいつらは何も悪くないから。秀と関わりがなかっただけだから。そして、俺の方がよっぽど罪深いから。
ある日の夜。メールが届いた。そして、差出人を見て瞠目する。だって、そこに書かれていたのは
『柳沢秀』
と言う文字だったから。だから俺は急いでメールを開いた。そこに書かれていたのは
『柳沢秀の父親です。最後に、秀を幸せにしてやりませんか?』
と言う意味のわからない文章だった。その文章の意味はわからなかった。だが、すぐに決意した。秀の父親のことだ。最後に秀に何かしてやれる機会でも作ったのだろう。だから、せめてもの罪滅ぼしとして、俺は秀を幸せにすることを俺は決意した。
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